第五十七話 お誘い
「――魔女あやめが告げる」
魔法陣が淡く光る。
「天翔ける死神。八の脚を持つ生きる棺桶よ。最も速く空を奔る灰色の駿馬。我は死を待つ者ではない。死を持つ者ではない。但し、其方を待たぬ者でもない。何時か訪れる死の化身へ申し上げる」
風が吹き、スカートをはためかせる。
「異界の生命よ。我が声に応えよ。今ここに顕現せん。スレイプニル――!」
友好度星二、危険度星五のトンデモ危険な魔物を喚び出す羽目になり、わたしは疲労困憊で工房の机に突っ伏した。
「一回で疲れちゃった」
「なんて根性がないのかしら」
「根性とかいう話じゃないのよ……スレイプニルを召喚してから、もう、いつ死んでもおかしくないくらいの……威圧感がすごかったんだから」
「なら一回で疲れてしまうのも」
「仕方ないわけないでしょ。体力がないんじゃない?」
「だから、体力とかそういう話じゃ……もういいわ、好きに言って……本当に疲れてるから……」
ヨウとインの声を聞きながら、スレイプニルから受け取った尾を紐でまとめ、適当に机の上に置く。
レインはわたしのあまりの疲れ具合を見て流石に罪悪感を覚えたのか、事務所で軽食を作ってくれている。
ほんのり香る甘い香りを嗅ぎながら、首に巻いたストールに触れた。
「――娘。それは、どんな神器だ」
「え、じ、神器?」
「首のソレだ」
スレイプニルの言葉に、首に巻いていたストールの存在を思い出す。
これは以前、アラクネに織ってもらったものだ。
「娘、こちらへ寄れ」
言われるまま魔法陣のギリギリまでスレイプニルの元へ寄る。
するとスレイプニルの体が密かに光り、その粒子がストールに吸い込まれていった。
何が起きたかわからないまま困惑しているわたしを見て、スレイプニルは言う。
「ソレは我ら魔物の魔力を吸って保管する、貯蔵庫のようなものだ。そして契約印の証でもある」
「我の魔力をソレに練り込ませた。貴様が喚べば、どこへでも駆け付けよう」
そう言って、スレイプニルは消えた。
「はぁ……こんな意味わかんないこと、レインに伝えなきゃいけないのが何よりダルいわ」
「なーにがダルいって?」
「うわっレイン!」
「うわってなんだい、うわって!」
いつの間にか席に着いていたレインが、怪訝そうに眉を顰める。
「それで、意味わかんないことって何のことだい?」
わたしはスレイプニルとの一部始終を話した。
すると案の定と言うべきか、レインの目がキラキラと輝く。
「つまり、これからはそのストールに魔力を込めた魔物が、好きな時に喚び出せるってわけだろう⁉︎ すごい代物じゃないか!」
「そうね。凄い代物――ちょっと待って、なに、その顔は。まるでとんでもない面倒事を押し付けてきそうな顔して」
「あはは、面倒事なんてとんでもない! これからはたっくさん召喚して、そのストールにいっぱい魔力を込めてもらおうなんて考えてないからね!」
「口にしてるじゃない! もう……」
ここでやりたくない、と言っても結局やらされるのだろう。流石にもうわかってきた。
また一つ仕事が増えたことに落胆していると、ふと、伝えなければいけないことを思い出した。
「そうだ、レイン」
「なんだい?」
紅茶を飲みながらこちらを見るレイン。
わたしは携帯でカレンダーを表示させながら、レインにその画面を見せた。
「今週の土曜日、十一月五日、空いてる?」
「空いてるけど……それがどうかしたかい?」
「わたしの誕生日会があるの。来る?」
「え、行く行く! もう、それならそうと事前に言ってよ〜! 仕事休むからさぁ!」
「それって駄菓子屋の方? それとも錬金術師としての方?」
「両方!」
「後者は今のうちにやりなさい! どうせまた溜めてわたしが呼び出されるんだから!」
「あ、あれは悪かったって〜! だから拳やめてッ! そろそろ本当に頭が歪んじゃうからぁッ!」
余程拳が嫌なのか、レインは慌てて作業に入った。
ヨウは苦笑いを浮かべているし、インは呆れた目を向けている。
わたしも溜め息をついて、携帯の画面を見た。
「あ、なぎさからメッセージ来てる」
メッセージ欄を開けば『るりちゃんもサッカー部のみんなも、誕生日会行くって!』と。
わたしはそれに『了解』と返し、呼ぶ人数をお母さんに連絡した。
それからレインの作ったクッキーを咥える。
相変わらず、料理だけはできるんだけどなぁ。




