第六話 いけ好かない転校生
翌日、教室に行けば転校生の噂で持ち切りだった。
どうやらクラスメイトの誰かが職員室に見慣れない制服を着た少年を見たのだとかなんとか。
うちの学校はそこまで大きいわけではない。東京の中学校にしては小さなではないだろうか。……他の中学校なんて知らないのだけれど。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。その隣には噂の転校生とやらが居た……って。
「あーッ! あんた! 昨日の!」
思わず立ち上がって指差して叫んでしまう。そこに居たのは昨日わたしにぶつかっておきながらブスと言いのけたクソガキだった。
「うわ、昨日のブス」
「聞こえてるわよ!」
反射的に立ち上がって叫んでしまったせいで、周囲からの視線が突き刺さっていることに気が付かなかった。状況を理解して静かに席に着く。くすくすと周りから押し殺した笑い声を聞きながら、わたしは羞恥で赤くなった顔を隠すように下を向いていた。
「お、柿﨑の知り合いか?」
「い、いや、そんなんじゃ……」
なんとか弁明しようとするが、マイペースで楽観的なうちの担任には届いていないようだ。いつも通り緩い笑顔を浮かべて例のクソガキに自己紹介を促す。
「……禍津黒斗」
うちのではないブレザーの制服のポケットに手を突っ込んだまま、自己紹介をするクソガキ、基、禍津。針のようにツンツンと尖った黒髪には白のメッシュが入っている。随分と奇抜な髪型だなと思いながら、どうか近くの席にはなりませんようにと心の中で神に祈る。というのも、担任の采配で入学早々席替えをさせられてしまったせいでわたしは窓際の一番後ろの席にいる。そして、隣は空席。
嫌な予感が頭の中を占めていくのを振り払うように頭を振れば、そこに担任の一声が。
「柿﨑の知り合いなら隣の席がいいよな。じゃ、禍津はあそこの空席に座ってくれ」
このクソ担任――!
禍津は明らかに不機嫌に舌打ちをしてズカズカと隣までやってくる。わざとらしく大きな音を立てて座った禍津はちらりとこちらを見ると、また大きな舌打ちをした。
クソ担任にクソガキ。最悪な一年が始まった。
一時間目は数学。他の教師も転校生の存在は流石に認知しているのか、隣の席――つまりわたし――に教科書を見せるように指示を出してきた。
精一杯の笑顔を浮かべて、禍津に話しかける。
「ま、禍津くん? 机くっつけていいかな? 教科書見せなきゃだから」
しかし禍津はこちらを見ることもせず舌打ちをひとつして「いらねぇよブス」と一言。
頬が引き攣るのを感じながら、なんとか交渉を続ける。
「そ、そんなこと言わずに。ね? ほら、先生も見てるから……」
「いらねぇつってんだろクソブス。耳腐ってンのか」
「あ?」
そんな攻防を経て、見事に全授業の教科書を拒否されたわたしのムカつきは最高潮に達していた。
待ちに待った放課後。カバンを持ってそそくさと教室を出て行く禍津を見送り、思わずギリリと歯を食いしばる。ふと頭上から可愛らしい顔が覗き込んできた。
「うわっ! 驚かせないでよ!」
「あははっ! ごめんごめん。暗い顔してたからさぁ。どうしたの?」
この子は綿津見なぎさ。小学校からの付き合いで、隣のクラスの所謂親友である。可愛らしい顔立ちからファンクラブもあるのではと噂されているが、真偽は不明。どちらにせよ、わたしの最も大切な友人であることには変わりない。
なぎさは明るい茶色の髪を青色のリボンでひとつに括っており、彼女が動くたびに髪と一緒にゆらりと揺れるのを見るのが、実は割と好きだったりする。
「昨日は休んじゃってごめんね〜」
「いいよいいよ、気にしないで。家の用事でしょ?」
彼女はこの辺でも有名な神社の末裔である。末裔といっても本人曰く巫女服を着て手伝いをしている程度だと言うが、それでも少しだけうらやましい。だって巫女服なんて女の子の憧れじゃないか。
「ところでさ、今日転校生来たんでしょ? どんな子だった? イケメン?」
「知らないわよあんなヤツ。初対面でブスとかクソブスとか言われて……全く、腹が立って仕方ないわ」
「えー、口悪い系のイケメン?」
「なぎさ、ほんと面食いよね……イケメンかどうかは知らないけど、クラスの女子たちはキャーキャー言ってたわよ」
「いいなぁ。もう帰っちゃったかなぁ」
「とっくにね。最悪なことにわたしの隣の席だから」
「え〜ッ! そんなのもう恋に発展するしかないじゃん! 最初は最悪な印象でも徐々にお互いのことを知っていって、次第に恋に落ちていく……きゃーっ! 女の子の憧れじゃん!」
「あんなクソガキと恋愛なんて心底ごめんだわ!」
こうなったなぎさは止めるのに苦労する。自分のことは一切語らないのに、他人の恋愛事情とか平気で首突っ込んで来るんだから……。
「ほら、さっさと帰ろう」
「え〜? 転校生くんの話、もっと聞かせてよー」
「いやよあんなクソガキの話なんて。顔すら思い出したくない」
カバンを持って立ち上がったところで、廊下から声をかけられた。
「ここに柿﨑あやめさんはいるかな」
聞き惚れてしまうような甘いハスキーボイス。声の先を見れば、昨日ぶつかった――というか助けてもらった――銀髪の男性が立っていた。
「えッあれ月城先輩じゃない⁉︎ あ、あやめ知り合いなの⁉︎」
「知り合いというか……昨日助けてもらったというか……」
「な、なにその運命の出会いみたいな……!」
「というか月城って誰?」
「知らないの⁉︎ うちの学校の生徒会長! 入学式のときに祝辞読んでたじゃん!」
「あー、聞いてなかった」
「あやめ、ほんっとにイケメンに興味ないよね……」
心底信じられない、といった顔をするなぎさを無視して、渋々手を挙げる。
「わたしが柿﨑です」
すると月城さんはわたしを呼ぶように手招きをする。後ろでキャーキャー喚いているなぎさを無視して彼の元まで歩み寄れば、生徒会室まで来て欲しいと告げられた。
生徒会長の権力に逆らうこともできず、なぎさにごめんのジェスチャーをすれば、彼女は興奮したように頬を赤らめて、大きく手を振り見送ってくれた。おそらく彼女の思った通りの展開にはならないだろうけれど。
肩より少し長い銀髪が歩くたびにゆらゆらと揺れるのを見ながらついていくと、あっという間に生徒会室に辿り着いてしまった。促されるまま部屋に入り、来客用と思しき革張りのソファに腰掛けるように言われる。
「紅茶を持ってくるから待っていてくれ」
そう言って席を外した月城さんを目で追ったあと、キョロキョロと周りを見渡す。生徒会室は手前が応接室、奥に生徒会長用の高級そうな机が置かれている。机にはたくさんの書類があり、月城さんが学校側からどれほどこき使われ……げふん。信頼されているかが見てわかる。
「無糖で飲めるかい?」
「えッ、あっ、えと……砂糖かミルクを、ください……」
突然話しかけられて声が裏返ってしまった。それを面白く思ったのか、月城さんはくすりと笑って隣接しているであろう給湯室へ戻っていく。どことなくデジャヴを感じながら、月城さんを待った。
再び戻ってきた月城さんの手には銀トレイに乗せられたティーカップとシュガーポットがあった。音もなく目の前に置かれ、感謝の言葉を伝えれば、これまた綺麗な笑顔で大したことないと答えられる。
こりゃモテるわ……。なんて考えながら、シュガーポットから角砂糖を三つティーカップへ落とした。
ソーサーを持ち上げ膝元に寄せたあと、白い湯気の立ち上る紅茶を一口飲み、ソーサーと共に机の上に戻す。
「マナーがなっているね」
まさかそこを突つかれるとは思っていなかった。
「最低限のマナーですから……」
「それでも、中学生で持ち手に指を入れない子は初めて見たよ」
そういう月城さんも同じだ。言葉を借りるなら、マナーがなっている。もしかしたら良いお家の出身なのだろうか。
――ふと、月城さんの右薬指にある指輪が目に入った。中央に向けて深い緋色になっていく、赤石。と同時に月城さんからの視線を感じて、ぞくりと背筋が粟立つ。
「これが気になるかい?」
「え、あ、いや」
月城さんは指輪を外し、ローテーブルの真ん中に置く。名状し難い、違和感。いや、この場合は……。
「恐ろしい。そんな顔をしているね」
「ッ!」
顔を上げる。月城さんは先程とは打って変わって、妖しい笑みを浮かべていた。
「なに、気にすることはない。きみに危害を加えることは決してないよ」
そう言い聞かせるような口調だった。
どこか噛み合わない会話に眉を顰める。言い聞かせるってなに? 危害を加えるって、一体どうやって。
「今日君をここに呼んだのは他でもない。これを渡そうと思ってね」
赤石の嵌められた指輪の隣に置かれたのは、無色透明の石が嵌められた同じ形状の指輪。
ここになぎさがいたら、「指輪をプレゼントするなんてプロポーズじゃん!」とか言うのだろう。けれど、“これ”はそんな簡単な話ではない。そう、本能で感じ取った。
「いつか君にも必要になるだろう。ぜひ持っていてくれ」
震える手で指輪を手に取る。冷たい、ただの指輪だ。
「使い方は自ずとわかるだろう。君が僕の思う通りの“才能”を持つ人物であればね」
そう言って優雅に紅茶を飲む月城さんを前に、わたしは指輪を左の中指に嵌めた。窓から差し込む夕日に当てられキラリと光るそれは、どこかわたしの胸をざわつかせるのであった。
他愛のない会話を交わし、紅茶を飲み干し、カバンを持って立ち上がる。生徒会室を後にしようとしたところ、背後から思い出したように月城さんの声が聞こえた。
「転校生の彼、君の隣の席のようだね。どうか彼のことをよく見てあげてくれ」
その言葉を最後に、扉は隔たれた。
転校生、禍津黒斗には、なにか秘密でもあるのだろうか。だとしても、どうしてそれを月城さんが知っている?
決して結果が出るわけでもない考えを頭の中で巡らせながら、わたしは廊下を歩き始めた。
「……いいのか」
「何がだい?」
月城は二人分のティーカップを洗浄しながら答える。その場には月城、一人の姿しかない。
「人間界では『敵に塩を送る』と言うのだろう」
「あはは、それは違うよ。俺は俺の信念に従って動いている」
水切りラックにティーカップを置いた月城は、赤石の指輪を眺めながら言う。夕日に照らされた銀髪と指輪が神秘的に輝いている。
「彼女はいつか役に立つ。きっとね」
愉快に言う月城に、姿のない者は呆れたように溜め息をついた。




