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第五十五話 中間テスト

 迫ってきた二学期の中間テスト。

 遂に二週間前まで差し掛かり、以前と同じようになぎさに一緒に勉強しないかと誘われた。

 メンツは以前の月城さん・雷電・禍都に加えて、出雲とサッカー部の面々もいるらしい。

 人数の多さもそうだが、そもそも前回のテストの結果が芳しくなかったため、わたしはお断りした。


 そうして、一人で勉強することに決めたのだが……。




 机に向かって早三十分。


「……集中、できない」


 ずっとペンを回したり、教科書を捲ったりして時間を潰してしまっていた。


「はぁ、ダメだ」


 少し気分転換をしよう、と……流れるようにフルートに手を伸ばした。伸ばして、しまった。


「っ……」


 しかし、その途中で手が止まる。

 そして脳裏によぎる、夏休みの合宿最終日に皇先輩に言われた「お前のせいでピアノを辞めた」の言葉。


 ……そうだ。今のわたしには、音楽に向き合う資格がないのだ。

 こんな、悩み、迷っている状態では。


「……楽器、やらないんですか?」


 指輪の中にいるタコ助が問うてくる。

 が、わたしは首を振った。


 あれ以来、わたしはスランプに陥っていた。

 タコ助への指導は続けているが、自分では楽器が持てていない。


「……あー、もう」


 椅子から立ち上がり、教科書とペンをトートバッグに詰め込む。それを持って部屋を出た。


「お嬢様? どこかへ行かれるのですか?」


 メイドである武蔵に呼び止められたが、軽く「気分的に散歩に行ってくる」と答え、そのまま家を出てきた。




 近くの公園に辿り着き、ベンチに腰掛けて膝の上に教科書を広げた。

 気分転換に来たのに、こんなときまで勉強なんて。

 自分に対して嘲笑して、それでも教科書を捲る手は止めない。


 特に苦手な数学の教科書を見下ろすこと、およそ十数分。

 聞き慣れた声が耳に届いた。


「あれっ? 柿﨑さん!」


 声のした方を向けば、水森が手を振っていた。その後ろには星元と皇先輩がいる。

 タタタッと駆けてきた水森はわたしの膝にある教科書を見ると、ゲッと嫌そうな顔をした。


「外でも勉強してるんですか? 優等生、すごい……」

「これは気分転換よ。家じゃちょっと、集中できなくて」

「それでも教科書持ち歩くのすごいですよ。本当に……俺なんて勉強嫌いなんで、尊敬します」


 そうこうやり取りをしていれば、あとから歩いて来た二人も合流した。


 聞けば、雷電の家で例の勉強会をしているらしく、お菓子やら何やらの買い出しをしに来たのだとか。

 雷電ほど大きな家なら何かしら出してくれそうだけど、そうではなく、ジャンキーなものが食べたいのだとか。


「柿﨑さんも一緒にどうですか? 俺、柿﨑くらい賢い人に教わるなら勉強も頑張れそうです!」

「それどういう意味だ水森。俺じゃ力不足だって言うのか?」

「いいえ? ただ俺はキツーく厳しーく教えてくれる皇先輩より、柿﨑さんの方が優しく、丁寧に、教えてくれるかなーって思っただけなので。別に皇先輩だからダメってわけじゃないですよ?」

「よく回る口だな。その語彙力を勉強に回したらどうだ?」

「お二人共、そこまでにしてください。恥ずかしいです」


 星元の言葉で二人の口がピタリと閉じる。

 相変わらず、ここの力関係は変わっていないらしい。


 それと、一緒に勉強しないか、だったか。


「残念だけど、水森のお誘いは断るわ。一学期の期末テストの結果が前回より悪かったから、今回は集中したいのよ」

「えっ、学年順位三位で満足してないんですか?」

「当然でしょ。一番じゃないと意味がないわ」


 そう言えば、無言が辺りを包んだ。

 わたしは何か、変なことを言っただろうか?


「す、ストイックなんですね、柿﨑さん……」

「順位って存在があるのなら、上を目指すのは当然じゃない?」

「そ、そう……ですかね? 俺は赤点じゃなきゃいいかなーって考えで……」


 あはは……、と乾いた笑いを浮かべる水森。そうか、そういう考えもあるのか。


「――俺も、柿﨑の意見に同意だ。一番以外認められない」

「はぁ? 皇先輩、便乗しただけじゃないですか?」

「だからなんだ? お前、戻ったらより厳しく教えてやるからな」

「うげぇッ! 星元、助けてよー!」

「……俺には無理。あと水森はもう少し厳しくした方がいいだろ。あれじゃ赤点回避は無理だ」

「そんなぁ!」


 始まった茶番を前に、わたしはどうすることもできず静かに手元に視線を落とす。


 すると、水森が突然言い出した。


「う……俺、ちょっとトイレ行ってきます」


 そう言うが早く、水森は公園を飛び出して行った。

 この公園にもトイレはあるが、お世辞にも綺麗には言えないのだ。

 大方、近くのコンビニにでも駆け込んだのだろう。帰ってくるには暫くかかりそうだ。


 ……と、そこで。


「俺、飲み物買ってきます」


 言ったのは星元。

 ちょっと待って、と声をかけようとしたが、それよりも早く星元は近くの自販機を目指して歩き出していた。




 また、無言がわたしたちを包む。

 よりによって、皇先輩と二人きりなんて。

 向こうはわたしを嫌っている様子だし。かといってこの無言の状況も辛い。


 お願いだから、どっちか早く戻ってきて……!


 そう心の中で願っていると、皇先輩が口を開いた。




「柿﨑。お前、何悩んでるんだ」

「えっ」


 皇先輩から話題を振られた。しかも「何を悩んでいる」のか、と。

 わたし、皇先輩には何も言っていないのに。


 どうしてわかったのかと聞けば、「顔を見ればわかる」と……。


「……お前、合宿で部員でもないのにマネージャーの仕事してくれただろ。だから、これは……借りを返すだけだ」


 皇先輩はそう言って、そっぽを向いた。

 ……彼になら、話してもいいかもしれない。

 わたしを嫌っている、彼になら。


 そう思って、わたしは合宿以降、スランプに陥って楽器に触れられなくなったことを話した。

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