第五十四話 メイド喫茶
さてさて、待ちに待った一年二組! 到着! じゃじゃんっ!
おや、あそこで制服姿のまま客引きをしているのは……。
「やっ、禍都くん!」
「うおっ⁉︎ お、お前、柿﨑と雷電の誕生日パーティに来てた……」
「覚えててくれたんだ? そうだよ、僕はレイン。はい名刺」
懐から常備している名刺を取り出し、禍都くんに渡す。
『駄菓子屋しゑる』店主 レイン・カエルレウム。そう書かれた名刺の裏には住所が書かれている。これでお客さんが増えてくれたら嬉しいな〜。
なんて考えていると、禍都くんは苦々しい顔で僕を見てきた。
「……つーことは、お前も柿﨑のこと見に来たのか」
「僕はあやめちゃんの保護者みたいなものだからね! って、お前もってことは」
「別のクラス……綿津見を筆頭に、水森とか東とか、別の学年だと月城センパイとか雷電の野郎とか……」
うーん、あやめちゃんの交友関係が広がって嬉しいけど、僕としては心配だよ。ほとんど男の子じゃないか。
いや嬉しいけどね! あやめちゃん曰く恋愛脳らしい僕にとってはどれもワクワクする出来事だけど!
でもねぇ。
ちらりと禍都くんの持っている看板に目をやる。
そこには『メイド喫茶』と書かれていた。あやめちゃん、本当に提案したんだ。というか本当に採用されたんだ。
つまりみんな、あやめちゃんのメイド姿を見たってことだろう? それは、こう、胸の奥がずくずくするような、モヤモヤするような……。
……嫉妬?
「……親として心配だな。あやめちゃんのところに案内してくれ」
「なんなんだお前。とりあえず入店でいいんだよな?」
「僕は冷静さを欠こうとしてる。なるべく早くあやめちゃんに会わせるんだ」
「……多分お前が思ってるようなことにはならねーと思うけどな。こっちだ」
禍都くんについて行くと、そこは天国だった。
かわいい女の子たちがメイド服で接客をしており、客側もデレデレしながら注文している。
しかしあやめちゃんの姿は見当たらない。
まさか、休憩時間?
しまった。先にシフトを共有してもらうべきだったか。
そう思いながらじっと悩み込んでいると、ゴンッといつも感じる質量が頭に乗っかった。
「いつまで突っ立ってんのよ。邪魔」
「あ! あやめちゃ――ん?」
振り返ればそこにメイド服姿のあやめちゃんが――いなかった。
みんなメイド服の中、何故かあやめちゃんだけ執事服だった。本当に何故?
「メイド……あれ? あやめちゃんのメイド服は……?」
肩に付くか付かないか程度の切り揃えられた黒髪をハーフアップにして、掻き上げた形をワックスで固められた前髪。
――そこには、イケメン(♀)がいた。
「……じゃなくて! なんでメイドさんじゃないの! ここメイド喫茶だよね⁉︎」
「わたしはメイドじゃなくて執事の方が似合うってクラス一致の意見だったの。文句なら他に言いなさい。あと邪魔だからさっさと座りなさい、お嬢様」
「おじょっ……僕は男だよ! 旦那様! ほら、リピートアフターミー!」
「座れ」
「はい」
本格的な調理は流石にできないらしく、出てくるのは飲み物と軽食のみだ。
僕はプレーンクッキーと紅茶を注文して、あやめちゃんが来るのをウキウキと待っている。
遠くでクラスメイトとやり取りをしているあやめちゃん。きっと僕の接客を僕にやらせてくれとか言ってるんだろうなぁ。「あいつの相手なんて絶対イヤ!」とか聞こえるけど、きっと幻聴だろうなぁ。歳かなぁ。
待つこと数分。
紙皿に乗せられたクッキーと湯気を立ち上らせる紅茶が僕の前に置かれた。
「ありがとう、あやめちゃん」
「それ食べて飲んで、さっさと帰りなさいよ」
「やだよー。閉店まで居座ってやるもんね」
「隣のクラスにでも行けばいいじゃない。胡散臭い占いやってるわよ」
「最初に行ってきたもーん」
「何を占って貰ったの?」
「仕事運」
「結果は?」
「……やればできるけど、面倒くさがりだから結果が出ないって」
「ふっ」
「あー! 今、鼻で笑ったね⁉︎」
「気の所為よ。歳じゃない? お嬢様」
「お嬢様じゃなくて旦那様! もう!」
そんなやり取りをしていると、あやめちゃんはクラスメイトに呼ばれてしまった。
少し残念な気持ちを抱きながら、紅茶を一口。スティックシュガーも付いていないところに、あやめちゃんの気遣いを感じる。
あの子ったら行動は素直なのに、口は素直じゃないんだよなぁ。体の素直さを口に少し移してほしいほどに。特に拳の素直さだけは控えてほしい。多分そろそろ頭蓋骨が湾曲しちゃう。
時間が過ぎるのは早かった。
客は入れ替わり立ち替わりで、時々メイドさんや、中で軽食や飲み物を入れているであろう男の子も出たり入ったり。
それをぼーっと眺めながら仕事のメッセージを返していると、目の前の席に誰かが腰掛けた。
「おや、あやめちゃんじゃないか。仕事はどうしたんだい?」
「あんたがずーっと居座るから、様子見て来いって言われたのよ。で、何してるの」
大した用がないなら追い返すわよ。
そんな目で見つめてくるあやめちゃんに笑いかけながら、ふりふりと携帯を振った。
「仕事だよ。相手とメッセージをしていてね」
「……それって、裏の?」
「言い方が悪いなぁ。でもそっちじゃない。表の、駄菓子屋の方だよ」
「そう」
興味を失ったのか、あやめちゃんは立ち上がってしまった。
「もう行っちゃうのかい?」
「ここにいる理由を聞きに来ただけだから、もういいの。……まあ、仕事が終わるまではゆっくりしていけばいいわ」
「素直じゃないなぁ」
くすくす笑えば、あやめちゃんの絶対零度の視線が僕を射抜いた。
……ああそうだ。
「あやめちゃん」
「もう、何よ」
「――格好、似合ってるよ」
そう言えば鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ぱちりと目を瞬かせる。
こういう顔は年相応なんだけどなぁ。
また変なこと言って、とか怒られるかな。
そんなことを思っていたが、現実は違った。
あやめちゃんは、ふっと笑ったのだ。
「みんなから散々言われたわよ」
そう言って、今度こそ去っていった。
「ああ、どうしよう、桃子……」
「……あの子の笑い方、きみに、そっくりだ」
僕は重なった桃子の姿を追い払うように流れる涙を、携帯で隠した。
「はい、閉店よ。さっさと出ていきなさい」
そう言って、ぽいっと放り出された。
全く、人の扱い方が荒いんだから……。
ぺっと唾を吐きながら――当然吐くフリだけど――帰り道を歩く。
日はすっかり沈んでおり、空は紺色に染まっていた。
綺麗な色だ。
桃色とは、真逆の色。
……ああ、今日は桃子のことをよく思い出すなぁ。
桃子、桃子。
「――僕を助けてくれた、僕の初恋」
……本人に言えなかったことを、今更になって言うなんて。
僕も弱くなったなぁ。
「ね、あやめちゃん」
桃子の血を引いた、まだまだ幼い女の子。
あーあ。
「僕も学校、通ってみたかったなぁ」
それなら、あやめちゃんと学校生活を送れたのかもしれないのに。
それなら、桃子と出会わなかったのかもしれないのに。
それなら――。
「きみを桃子と重ねずに見ることができたのかなぁ」
なんて言葉、本人には言えないけれど。




