第五十二話 文化祭
工房に来客がある。これ自体は特段珍しい光景でもない。というのも、僕がウンタラカンタラ色々理由をつけて、あやめちゃんを呼び出しているからだ。
今日もウンタラカンタラして召喚術を終えたあとなのだが……どうやら、あやめちゃんは何かに悩んでいるらしい。タコ助も一緒に。
一緒にああでもないこうでもない、と頭を悩ませている様子はまるで姉弟のよう。
僕はいつものティーポットとカップをお盆に乗せ、二人の元へ歩み寄った。
「あーやめちゃん。何をそんなに悩んでいるんだい?」
「はい紅茶。角砂糖三つ分ね」と言ってカップを渡せば、彼女は「ありがとう」と言って受け取ってくれる。うーん素直。いい子。
タコ助にもいつものオレンジジュース。タコ助もタコ助で「ありがとうございます!」と言ってにぱーっと笑ってくれた。タコなのにかわいい。僕はある意味タコ界の革命じゃないかと思ってる。
「僕に話せることなら話してみてよ」
そう言えば二人は顔を見合わせて頷いた。
「実は、来月に文化祭があるんだけど」
あやめちゃんが語ったのは、文化祭があること。そして、文化祭の演し物を明日までに各々考えてくるように、と今日のホームルームで担任から言われたと。
うーん、素直。というか真面目。生真面目。バカ真面目。それでこんなに頭を悩ませてるんだ?
半年付き合ってきて、こうして真面目すぎるところがあるとは思っていたけれど、こっちが安心するほどに真面目だ。昔からの性質だろうから、指摘はしないけれど。
僕は文化祭と聞いて、パッと頭の中に浮かんだ意見を言ってみる。
「メイド喫茶とかどうかな?」
呆れた目で僕を見るあやめちゃんだったが、暫くすると今まで悩んでいたのが嘘のようにスッキリした顔をしていた。
まさか。
「あ、あやめちゃん?」
「話、聞いてくれてありがとうね。じゃあ帰るわ。タコ助」
「あっはーい!」
「あっちょっと⁉︎」
ちょっとした冗談だったんだけど……。
そう否定する暇もなく、あやめちゃんとタコ助は帰って行った。うーん、切り替えが早い。美点であるのは確かだが、困った部分もある。こういうときに。
僕からあやめちゃんに対する評価はこうだ。
変に真面目で、思い切りがいい。一度決めたことは曲げずに突っ込んでいく暴走列車。
魔法の腕は元々の素質もあったおかげか、本人も知らないうちに徐々に上達している。その証拠として、最初は一体召喚するだけでも疲れ切っていたというのに、最近では余裕が出てきてお茶をして雑談するほどになった。
とにかく、あの子は僕の手に負える代物じゃない、ということが最終評価だ。
「あーもう……どうにかなれ、だよね……桃子……」
今はもういない、彼女の曾祖母に想いを馳せる。
桃色の目に、桃色の髪を持つ、美しい魔女。
……そういえばあやめちゃんは、自分が魔法を使う時に、桃子と同じ色の目と髪が、毛先から伸びて長くなることを知っているのだろうか。
「……ま、それはどうでもいいか」
残された僕は仕事の山を尻目に、カップに入れた無糖の紅茶を一口飲んだ。
時は経ち、文化祭当日。
僕はルンルンで身支度を終えて、家(というか店)を出た。ちゃんと『CLOSE』の看板も入り口に掛けて。
商店街を通り、住宅街に出る。そこから少し歩けば、あやめちゃんたちの通う『六之江中学校』だ。
学校そのものに足を運ぶのは初めてだが、携帯のマップアプリに従って進めばすぐだった。
……マップの見方がわからず、何度も道を間違えたのは内緒だ。決して僕が方向音痴だというわけではない。ただこの機械の使い方が未だによくわからないのだ。
そもそも携帯なんて電話とメッセージくらいしか基本的に使わないのだから、変な機能なんていらないのに。まぁ、今日に限ってはマップアプリに感謝してあげてもいいけれど。
兎にも角にも、遂に到着。目の前にそびえ立つのは六之江中学校だ。
うーん、綺麗……ではないが、古くもない。程々に使われた校舎、という印象。
しかし文化祭ということもあり随分賑わっている様子で、校門には『六之江中第六十一回文化祭』という看板も出ていた。
「そこのぼくー! たこ焼き食べていかなーい?」
「ごめんね、友達に呼ばれてるんだ」
「ぼく、焼きそば興味ない?」
「友達のところに行ったあとなら行こうかなぁ」
ちょこちょこ掛けられる声をのらりくらりと交わし、目的の一年二組へ向かう。あやめちゃんと禍都くんが所属しているクラスだ。
結局演し物は何になったんだろう。本当にメイド喫茶だったら、あやめちゃんのメイド姿が見られるのかな。
ワクワクしながら廊下を歩く。一年生の教室は二階だ。
階段を登り、入り口で貰ったマップを見ながら進んでいく。……と、そこで思わぬ人物に出会った。
「おや、なぎさちゃんじゃないか」
「あっレインくんだー! こんにちは!」
「うんこんにちは。二組は隣だよね?」
「ってことはあやめのとこだよね? なら最後に行くのがオススメだよ! ってことで、まずはうちに来てよ!」
最後がオススメってことは、やはり面白いことになっているのではないだろうか。
ふふふ、と笑っているといつの間にか片手をなぎさちゃんに取られており、引き摺られるように一年一組に連れていかれた。
まぁ多少の寄り道くらい許されるか。ということで、お邪魔することにした。
一年一組は占い屋をしているようだ。
案内されるまま、ひとつの席に腰掛ける。
向こう側とは一枚の黒いベールのようなもので仕切られており、座っている人が特定できるようなできないような、絶妙な作りだった。
「――迷える子羊よ。あなたの何を占いましょうか」
おや、どこかで聞いたことのある声だ。
しかし印象にはあまり残らない、特徴のない声。はて、誰だったか。
「子羊? 聞いているのです?」
「ああ、ごめんよ。占い、占いか……うん。なら、仕事運を占ってもらおうかな」
仕事とは、切っても切れない関係にある。
特に僕の仕事は顧客との定期的なやり取りが重要だから、なにか占ってもらう、としたらコレだろう。
「仕事運……。かしこまりましたわ」
向こうの誰かさんはブツブツと呪文らしきものを呟く。「エロイムエッサイム」やら「臨兵闘者皆陣烈在前」やら、どこかで聞いたことのある言葉も聞こえてきた。
はたして魔法的な何かに噛んでいる人間か、それとも神職の関係者か。……いや、どちらも言っている以上、どちらとも関係がない、が正しい答えだろう。
ようやく答えが出たのか、向こうの彼女はぽつりと呟いた。
「あなたの仕事運は……可もなく不可もなく、ですわね。腕を振るえば大々的な結果が残せるものの、面倒くさがりな性格のため、その機会は中々訪れない……」
「うッ……!」
ふ、ふーん。中々痛いところを突いてくる“占い師”じゃないか。
偽物ではないが、本物でもない……独特な立ち位置。
中学生の演し物にするには勿体ない。
……ところで。
「その声と喋り方、もしかしてるりちゃん?」
「……? どこかでお会いしましたか?」
「僕だよ、僕。駄菓子屋のレイン」
「まあ、レインさん! お久しぶりですわ」
やっぱり、席の向こうに座っていたのは、るりちゃんだった。
出雲るり。自称黒魔術師を名乗る、ちょっとアレな子。
はじめてあやめちゃんが彼女をうちの店に連れてきてから、意外と高頻度で店に通ってくれる、所謂常連さんだ。
学校終わりが多いからかあやめちゃんと一緒に来ることが多いが、どうやらあやめちゃんのことをライバル視しているらしい。
この間は楽曲の才能があることに嫉妬して、黒いレースのハンカチを口に咥えていた。アニメみたいに感情表現する子だなぁ、なんて思ったっけ。
「とにかく、占いしてくれてありがとう。またお店に来てね」
「はい、また時間ができたら伺わせていただきますわ」
そうしてにこやかに見送ってくれたるりちゃん。
さて、なぎさちゃんの言葉に従って、あやめちゃんのいる一年二組は最後にしようかな。




