第四十九話 哀しき子
途中までは順調だった。
身軽な出雲は変わらず、わたしを含めた他三人は弁当の中身が空になったことで、本当に羽が生えたような気持ちだった。
本当に。
ありがとう、食べ盛りのサッカー部員たち。
そうして歩くこと数十分、例の中腹まで戻ってきた。
もうそろそろ休憩しようか、と声をかけようとして、先導していたわたしは振り向いた――。
「……禍都はどこ⁉︎」
「えっ?」
最後尾を歩いていたであろう、禍都がいなくなっていたのだ。
なぎさと出雲は声を合わせて驚き、一緒にキョロキョロと周りを見ている。
「さっきまで一緒に話してたのに……」
「突然静かになったのは、いなくなったからでしたのね」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょ! わたし、上まで戻って探してみるから、二人は先に下りて先生に禍都がいなくなったこと話して!」
「一人じゃ危険だよ!」
「大丈夫! 戻るだけなら別の班ともすれ違うだろうし、とにかく早く!」
急かせば、二人は慌てて山を下りて行った。
登山中の禍都の様子を見ると、本人の意思でどこかに行ったとは考えにくい。そもそも、彼は人ならざる者に好かれやすい体質だ。こうなるなら禍都に先頭を任せるんだった……!
そうして、とにかく元の道に戻って手がかりを探そうとするわたしを、タコ助が呼び止めた。
「師匠、待ってください! ぼく多分、禍都さんの行った方向わかります!」
「本当⁉︎」
タコ助は指輪から出ると、わたしの頭の上に陣取る。
そして「こっちです!」と触手を使って道案内を始めた。
……それは、なぎさと禍都が見ていた、茂みの先だった。
茂みを掻き分けて進んでいく。
陽の光が当たっていて舗装されていた山道とは違い、暗く道のない道を進んでいく。
徐々に、より一層暗くなっていく景色に一抹の不安を覚えた頃、タコ助が声を上げた。
「あそこです!」
触手の先を見れば、そこには禍都が立っていた。
二つのリュックサックを背負ったまま、ぬぼーっと立って、何かを見つめている。
ゆっくり近付いていけば、彼の見ていた物が見えてきた。
それは、何かの祠だった。……否、『祠だったもの』が正しいだろう。
石造りのそれは上から重たい物を乗せられたように崩れており、中に入っていたのであろうコケシがころんと転がっている。
「ま、禍都」
声の震えを抑えながら、声をかける。
すると禍都はこちらを振り向き、虚ろな目で言った。
「おうち、こわれちゃった」
途端、大きな負の感情がわたしを襲った。
悲しい、悲しい、怖い、怒り、悲しい、悲しい、哀しい……。
押し潰されそうなほどの感情の吐露に自分自身で怯えていると、タコ助は何でもない様子でわたしの顔を覗き込んでくる。
そして顔を見ると、サァッと顔を青くして、二本の触手でわたしの耳を塞いだ。
「し、師匠、聞いちゃダメです!」
“人でない者”同士だからだろうか。タコ助は平気らしかった。
ザワザワと鬱蒼とした木々が揺れる。
まるで目の前の禍都の姿をしたナニカと、わたしの中に溢れた感情に呼応するように。
タコ助のおかげでアレの声は聞こえないが、禍都の口は未だに動いており、何かしらの呪詛か何かを吐いているのであろうことが察せられる。
一体どうしたら、アレから禍都を取り戻せるだろう。
木々が揺れるように、ザワつく胸中を抑えるように、胸元の服をギュッと握った。
「タコ助、アイツがなんて言ってるかわかる?」
そう聞けばタコ助は肩に降りてきて、そっち側の触手をほんの少し離した。
「ずっと祠が、祠がって言ってます」
「祠、ね」
最初に顔を合わせたとき、アレは祠が壊れた、と言っていた。
もしかしたら、祠を直せばどうにかなるのかも……しれない。根拠はないが、やるだけタダだろう。
タコ助に再び耳を塞がせ、禍都の側に一歩、一歩近付いて行く。
近付くにつれて、森のザワめきが酷くなっていく。
ただ葉が揺れるだけだったのが、最早木の幹から揺れているようにすら見えてきた。
幻覚の可能性もある。が、今のわたしには本当に揺れているようにしか見えない。
もしかしたらこちらに倒れてくるかもしれない。何かしらの方法で攻撃してくるかもしれない。
初めて触れる、こちらの世界の“異形”。
レインの店で召喚するときとは全く異なる、強い嫌悪感と恐怖。
震える足を動かして、祠の元まで辿り着いた。
側に立つ禍都がゆらりと体を動かして、上から覗き込むように体を折り畳んだ。
……何を言ってるかはわからないが、わからないからこそ、よかった。
ソレが聞こえていたらきっと、わたしは正気でいられなかっただろうから。
祠に手を伸ばし、軽く触れる。
――ダメだ、動きはするけど完全に崩れている。
元の形に戻すのは無理だろう。
なら……。
わたしはいくつかの祠だった石を手に取り、祠の横に穴を下にしたコの字型の家を作る。上にはいい感じに三角形になっていた石を乗せ、屋根のようにした。
そしてその中に転がっていたコケシを置き、目を瞑って手を合わせる。
どうかコレを、新しい祠だと認識してくれますように。
暫くすると、心の中のザワつきが治まっていくように感じる。
そっと目を開けば、木々は落ち着きを取り戻し、さっきまであった嫌な気配もなくなっていた。
バッと背後を振り向けば、ぼーっと突っ立っていた禍都と目が合う。途端、ハッとしたように目が見開かれた。
「か、柿﨑っ⁉︎ っつーか、ここ……どこだ」
どうやら禍都の中にいたナニカは帰って行ったらしい。
全く、人じゃない者に好かれるのも、程々にしてほしいわ。
「いくわよ、禍都。迷子になったあんたを、みんなが待ってるんだから」
「は、迷子? 俺が? ンなわけ……」
「つべこべ言わない! 行くわよ!」
突然の大声にビックリしている禍都の手を取り、さっさと元の道に戻る。
もちろん、肩にいるタコ助に道案内をさせながら。
元の道に出たあとはタコ助を指輪に帰し、急いで山を下る。
空はもう、暗紅色に染まっていた。
麓まで下りたあと、わたしたちは担任にこっ酷く叱られた。
叱られるのはわかっていたが、途中から何故か生まれたばかりの自分の子供の話に移り変わり、わたしたちは揃って冷たい目をしながら担任の説教(という名の自慢話)を聞く羽目になったのだった。
「おとうさーん」
「何だ」
「今日行ってきた校外学習の哀子山って、結局どんなとこだったの? 山の中腹辺りですっごいヤバそうな気配感じたんだけど」
「……昨日散々説明しただろう」
「えへっ」
「全く……よく聞け、なぎさ」
父は箸を膳に置き、私に目を合わせた。
「あの山ではかつて、子供が遭難したことがあった。その子供は行方不明届が出されたが、結局見つかることはなかった。そしてそれ以降、何人もの子供があの山で行方不明となり、帰らずの者となっていく。……そうして旧い時代、ある陰陽師が山を訪れたところ、最初に行方不明となった子供が寂しさ故、他の子供を呼び寄せていたことが判明した。そこでその陰陽師は山に祠を建て、そこを子供たちの家とした。しかし月日が経つごとに、その事実を忘れていく者は増える。結果壊れた祠からは子供たちの霊――最早怨霊と化したそれらが飛び出た、ということだ。特に大切なのはこの陰陽師が我々の……聞いてるのか、なぎさ」
「むにゃ……うーん……ハッ! き、聞いてるよ! 山……そう、哀子山の話だよね!」
どうやら話が長すぎて寝てしまっていたらしい。どこまで聞いていたかも覚えてないが、目を彷徨わせれば、父は呆れたように溜め息を吐いた。
「……まぁ、いい。とにかくあの山にはなるべく近付くな」
「はぁーい」
「それから、この飯が終わったら修行の続きだからな」
「ゲッ……はぁーい……」
「はいを伸ばすな」
「はぁい」
「……お前という奴は……」




