第四十八話 登頂
ようやく山の中腹に差し掛かった頃。
「そろそろ休憩しようか」と声をかければ出雲は崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
出雲の覚悟は相当だったもので、あれから休憩なしでここまで登れてこられた。
リュックサックから取り出した塩タブレットを出雲に渡し、自分の口にも放り込む。それからなぎさにも……と、渡そうとしたのだが。
「なぎさ?」
「……え、あ、な、なに?」
どこか顔を青くしたなぎさがこちらを振り向いた。
どうやら山道から外れた場所を見ていたらしい。
「塩タブレット。あげる」
「わ、やったー! 塩分ほしかったんだよねー!」
しかし次の瞬間にはいつもの様子に戻った。気の所為、だったのだろうか。
じゃあ最後に禍都……と思ったが、彼もなぎさが見ていたのと同じ場所を見ている。しかも、なぎさより重症だ。
声をかけてもこちらを向かない。
仕方なくその肩を勢いよく掴んだ。
「禍都! 聞いてる⁉︎」
「ッあ、あぁ、なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ。もう、二人して何見てんのよ。ただの茂みでしょ?」
「そう、だよな。ただの……茂みだ」
しかしその目はどこか虚ろで、次の瞬間にはまたすぐにあちらを見てしまう。
――仕方ない。
バチンッ!
「いッ……てぇ!」
「ぼーっとしてんじゃないわよ! わたしたちの目的は登頂! わかってる⁉︎」
「わ、わーってるよ……悪かったな」
「ふん。わかってるならいいのよ」
今度こそこちらに戻ってきた禍都に対してついでのデコピンをして、聞こえてくる呻き声を背後に、わたしは自分のリュックサックを下ろして口を開けた。
「あやめ、何してんの?」
「ん……わたしのじゃちょっと厳しいかも。なぎさ、まだリュックに余裕ある?」
「え? うん。そうだなぁ。お弁当くらいのサイズなら入るかも」
「出雲さん、荷物貸して。わたしたち三人で手分けして持つから」
そう言えば、出雲は目を丸くして固まった。
まるで信じられないものを見るように。
「あなた……正気ですの? わたくしたちはライバルで……」
「滅茶苦茶正気だよ。出雲さんだって、持つ荷物は少ない方がいいでしょ」
「それは、そうですけれど」
「途中で何度も立ち止まれるよりよっぽどいい」
「それは悪かったですわね! では任せますわ、わたくしの荷物!」
そうしてリュックサックを預けてきた出雲は、やはり荷物が結構な重荷になっていたらしく、ふぅ、と息を吐いていた。
三人で出雲の荷物を分け合って持つ。筆箱や校外学習のしおり、バインダーやレジャーシート、お弁当……。
……そして何故かゴロゴロ出てくる、用途不明のものたち。
「るりちゃん、これなに……?」
「黒魔術の媒体ですわ」
バッサリと言い切った。
わたしはもう何も反応せず、詰め込めるだけ自分のリュックサックに詰めた。
禍都は『なんだコイツ』みたいな顔で眉を顰めたが、深く触れることはせず、わたしと同じく淡々と荷物を詰め始めた。
最終的に空っぽになった出雲もフリフリレースたっぷりのリュックサックは、禍都が持つことになった。
出雲はご機嫌だし、禍都は特に苦とも感じていないようで、お互いが納得するならいいか。と、触れないようにした。
一応禍都に、「途中で苦しくなったら言いなさいよ」と囁きながら。
「あの、師匠」
突然タコ助から声をかけられ、前方の三人から少し距離を取る。
「どうしたの、タコ助」
「その……この山、なんか変です。気を付けてくださいね」
「変って、どういう……」
その問いにタコ助が返事をするよりも早く、振り返ったなぎさから声が掛かった。
「登頂ですわーっ!!」
両手を上げてダバァと涙を流しながら両手を広げる出雲。
荷物がなくても彼女にとっては随分な苦行だったようで、もう膝が笑っている。
わたしはリュックサックから出雲のレジャーシートを取り出し、適当にその場に敷いてやった。
「出雲さん、こっち座りなよ」
「助かりますわ、柿﨑さん……」
先程の大声で体力尽きたのか、へにゃへにゃとレジャーシートに座り込む出雲。その前になぎさが出雲の弁当を置き、禍都がバインダーと筆箱、しおりを取り出す――至れり尽くせりだ。
出雲はそれに感謝の言葉を伝え、それぞれから自分のものを受け取っていた。
……こうしていれば、どこぞのお嬢様かと勘違いするほどのかわいらしい女の子なんだけど。
ちなみに、黒魔術に使うらしい媒体たちは禍都のリュックサックに入ったままだ。禍都自身はどこか嫌そうな顔をしている。
あとはそれぞれがレジャーシートを敷いて、しおりを見て今後の予定を確認。それからお弁当を取り出し、昼食の時間に入った。
圧倒的な自然の景色を眺めながら食べるお弁当。普段の給食とも、家で食べる食事とも違う、また別の特別感を感じながら食べるお弁当は格別だった。
「あやめ、からあげちょーだい!」
「いいわよ」
「わーい!」
「……柿﨑さんのお弁当、随分と大きいのね」
「……アイツの家、デカいんだよ」
「ま! 家の大きさでも負けてる……⁉︎」
向こうの二人も少しずつ、会話ができるようになってきたようだ。……彼女たちの親でもないのに、嬉しくなってしまう。何故だろう。
そうして三人がお弁当を食べ終え、あとはわたしのお弁当のみが残っていた。
あろうことかうちの使用人が重箱を持たせてきたおかげで、消費に時間がかかる。
なぎさと出雲は既に箸を止めており、禍都もちょこちょこと摘むだけになってきた頃だった。
「――あっ、柿﨑さーん!」
声の方を向けば、そこには水森・星元・東の三人がいた。
一年一組のサッカープレイヤー組だ。三人は同じグループらしく、山の頂上にある小さな神社に参拝してから昼食を取ることにしたようで、食事はまだなのだとか。
当然のようにグループに加わってきた三人は、それぞれ思い思いにレジャーシートを広げている。
どことなく禍都が苦い顔をしているのは気の所為だろうか。
「へへっ。ここで会えるなんて思いませんでした!」
「わたしもよ。水森は元気そうね」
「俺たち運動部ですからね! こんな山、チョチョイのちょいですよ!」
えへん! と胸を張る水森と、無表情の星元。苦笑いの東と三者三様の言葉を見せてくれたところで、それぞれの弁当を出し終えた三人のところに、わたしの余っていた弁当――重箱の一番下の段と二段目を持っていく。
三人の目がキラリと輝いた。
「こ、これ……」
「うちの弁当なんだけど、全然食べ終えなくて……三人がよければ、可能なところまで食べてくれない?」
そう言えば、三人は嬉しそうに声を揃えて「はい!」と返事をした。
……それからは早かった。流石運動部といったところか、吸い込むように自分たちの弁当、並びにわたしの弁当たちが食べられていく。
特に食べたのは星元だ。目をキラキラさせて掃除機のように食べ進めていくその様子には、思わずこちらが気持ちよくなってしまうほどだ。
きっとうちの料理人が見たら感動で涙すら流すんだろうな……などと考えていると、三人の声が合わさって「ごちそうさまでした!」と聞こえた。
「すごい美味かったです」
そう言ってくれたのは星元。まだ目がキラキラしてる。
「うちの作ってくれた人に言っておくよ」
機会があればうちに招待してあげよう。
それほど三人の食べっぷりは気持ちよかった。
三人を加えた七人でそのあとは少し雑談をして、わたしたちは先に下山することにした。理由は言わずもがな、出雲の体力のなさだ。
太陽が少し傾いてきた午後三時。
塩タブレットをそれぞれに配り、下山を開始した。




