第四十七話 校外学習
今日は一年生全体で校外学習に行くことになっている。
行き先は、バスに揺られて一時間ほどの場所にある『哀子山』。半日もすれば登って下りてこられると、登山初心者にも優しい山だ。
特に心配はないと、母からは快く見送られたのだが……。
「お嬢様。こちらもお持ちください」
「お嬢様〜! こっちも持って行ってください! 山は危ないですからね!」
「……武蔵、伊織。そんなに持たされたら荷物で動けなくなるわ」
呼び止めてきたのはメイドの武蔵と、執事の伊織。二人ともわたしが幼い頃から世話をしてくれている古参の双子の使用人なのだが、如何せん心配性すぎる。
姉の武蔵は厳格な性格でわたしのやることなすことの全てに口を出してくる。イメージとしては創作物であるような口うるさい姑だ。
対して弟の伊織は所謂ドジっ子。一日に一回は誰かしらに怒られているし、武蔵ですらたまにそのドジぶりに引っ張られている。
それでいてわたしへの過保護ぶりはお揃いというものだから、当人としては困ったものだ。
「じゃあせめてこのお守りを持って行ってください〜!」
「伊織、数が足りない。学業成就と縁結びのものも必要だろう」
「いやその二つは絶対いらない。特に後者。あとそれ入れなくても、もう信じられないくらいお守りがジャラついてるんだけど」
「これでも足りないくらいです!」
「こんなときばかり息を合わせないで。はぁ、とりあえず……交通安全のだけ貰っていくわ」
声を重ねて言ってきた心配性の使用人二人から、一つのお守りを預かる。
二人は同じ顔で揃って不服そうな顔をしていたが、こちらこそその顔をさせてほしい。
リュックサックに交通安全のお守りだけを括り付けて、ようやく家を出た。ああもう、予定よりも少し遅れての出発となってしまった。
だからだろう。偶然、見知った後ろ姿が見えたのだ。
「おはよう、禍都」
「うおっ⁉︎ ……ンだよ、柿﨑か」
「驚かせるつもりはなかったんだけど」
「別にビビってねーし!」
ギャン! と騒ぐ禍都の声を塞ぐように両指を耳に突っ込む。
更に声が大きくなった気がするが、気の所為だろう。
禍都と雑談しながら学校に着けば、既に大半の生徒が校庭に集まっていた。
並んで自分のクラスの列に並んで集合時間まで待てば、担任たちから出発の声掛けがされた。
それぞれのクラスに分けられたバスに乗り込み、ぼーっと窓の外を眺める。
見慣れた通学路から普段あまり通らない道に変わって、次には見たことのない景色に変わっていく。
哀子山には片道一時間ほどで到着する。
誰かと喋ることもなく、わたしは静かに目を閉じた。
山の麓に着き、ぞろぞろとバスを降りた。
そして今度は班員でまとまる、のだが……。
「あやめー! 禍都くーん! こっちこっち!」
わたしと禍都は同じクラスで同じ班になった。
が、本来三人組であるはずなのに何故か二人余ってしまったおかげで、別のクラスであるなぎさ・出雲と同じ班としてくっ付けられてしまったのだ。
担任曰く、「俺はお前らがしっかり者だってのはよーく知ってる。だが学校外、ましてや自然の中となると話は別だ。つーことで、一組の余りとくっ付けることにした」と。
我が担任ながら、性格が適当すぎやしないだろうか?
とにかく、四人で哀子山を登ることになったのだ。
……その前に。
「なぎさ、何してんの」
何故か山に向かって拝んでいたあやめに声をかける。
なぎさは目を開けると、組んでいた手を解いてこちらを見た。
「んーとね、校外学習で哀子山に行くってお父さんに言ったら、『山に登る前に祈りの言葉をあげなさい』って口酸っぱく言われてさー。私も理由は知らないんだけど」
それは知らなきゃダメじゃないのか。
なんて口を滑らせでもしたら、また修行の大変さをくどくどと語られてしまう。それは避けたい。
だからここは、流す。
「そう」
ふいとそっぽを向けば、視線の先に禍都と出雲がいた。
二人は会話もせずにじっとこちらを待っているようで、どうやらお互いに距離感を測りかねているようだった。
禍都は受動的な人間であるし、予想だが出雲もそうなのだろう。
その気まずい空気を見て、思わず失笑が口から漏れてしまった。
哀子山を登り始めて二十分ほど。
序盤も序盤で、わたしたちは荷物を背負いながら突っ立っていた。
というのも。
「もう、もう……歩けませんわーっ!」
出雲の体力が、想像以上にカスだったのだ。
比較的綺麗な岩場に腰かけた出雲は足を揉みながら、校外学習に対する恨みつらみを呟いている。
「るりちゃん体力ないねー」
ぽけっと呟いたのはなぎさ。
私はまだまだ行けるのに、とその場で足踏みをさせていると、出雲から鋭い目が向けられた。
体力がないことが嫌なのだろう。
「走り込みでもしてみたら? あやめみたいに」
「わたし?」
「そうそう。だってほら、合宿のときもみんなより一時間早く起きて、起床時間までずーっとグラウンド走ってたじゃん」
月城先輩から聞いたよー。
なんて言葉を聞いた出雲に、今度はわたしが睨まれる羽目になった。
というか、どうして月城さんがそのことを知っているんだ。せめて情報源は、一緒の時間帯に走り込みをしていた白亜先輩か花園先輩であってほしかった。
「体力だけなら禍都くんよりあるんじゃない?」
「はぁ? ンなわけねーだろ。コイツには負けねぇよ」
「なんですって?」
「またまたー! 負けないんじゃなくて、負けたくないんでしょ! 好きな子だか、むぐっ⁉︎」
「もー黙れ! ペチャクチャうるせぇんだよ!」
突然顔を真っ赤にした禍都が、なぎさの口元を塞いでしまった。
残念ながら最後に何を言おうとしていたのかまでは聞き取れなかった。少しだけ気になるが、それよりも、だ。
「出雲さん、どう? そろそろ行けそう?」
「えぇ……これ以上、ライバルに負けるわけにはいきませんもの……!」
「ライバルて……」
変な方向で炎を燃やし始めた出雲。まぁ、先に進めるなら理由はなんでもいいか。




