第四十三話 クセの強い転校生
新学期が始まった。中学一年生、初の二学期。……まぁ、人生で中一なんて一度しかないのだけど。
そんなことは置いといて、初日から転校生が二人も来たらしい。一人は隣の一年一組――なぎさを筆頭に、六之江中サッカー部の一年生が勢揃いしているクラスに。もう一人は三年生らしく、詳しくは知らない。
まだどちらの顔も見たことはないが、同学年の転校生に関しては今日の放課後辺りでなぎさが連れて来そうだ。なんたって、あの『機関銃のなぎさ』。どうせ新入生にピッタリとくっ付いて根掘り葉掘り聞いているだろう。
しかしわたしとしては、面倒事は御免こうむりたい。
そのため、今日は帰りのホームルームが終わり次第、荷物をまとめて颯爽と教室を出ることにした――はずだった。
「ということで、もう暫くサッカー部のマネージャーを頼みたいんだけど」
「お断りします」
月城さんが来るまでは。
この人、驚くほど早かった。何がって、教室に来るまでの速度が。
だってわたしのクラスのホームルームが終わった直後には廊下に立っていたんだもの。教室から出た担任が「うおっびっくりした月城か」なんて言っていたのだから。
しかも用事はわたしにあるらしい。内容はさっきの会話の通り、マネージャー業務をもう少しだけしてほしい、とのことだ。
というのも、二学期に入ってすぐに新入部員が二人も増えたらしい。そいつらも早すぎるでしょ、なんて考えながら月城さんと押し問答を続ける。
「活動日は水曜以外の平日の放課後だから。じゃあ、よろしく頼むよ」
「……ハイ」
負けた。
それはもう綺麗な惨敗だった。
兎にも角にも、わたしはもう暫くサッカー部のマネージャー業務をすることになったらしい。部活動に所属はしていない。流石にそこまでは勧誘されなかった。
はぁ。と溜め息を吐きながら月城さんを見送る。
月城さんの体が廊下に差し掛かったところで、今度は別の影が突っ込んできた。
「あやめー! 見て見て! 転校生の子だよー!」
影の正体は予想通りなぎさだった。
そして彼女が手を繋いで突っ込んできたのが、噂の転校生だろう。――って。
「危ない!」
ドンっ。と音を立ててぶつかった、転校生と月城さん。
勢いを殺しきれず、転校生はよろけて後ろに倒れそうになってしまう。
それを助けたのは、月城さんだった。
「っと、大丈夫かい?」
どこぞの王子様のように、前屈みになるように転校生を抱きとめる月城さん。
見目麗しいだけに、そこだけ世界から浮いた絵画のようだ。
転校生は目を白黒させて、それでも頬は紅潮させて、小さく「はい」と呟いていた。
転校生を立たせ、「怪我がなくてよかったよ」と去って行く様は本当に王子様。教室だけでなく、廊下からもキャーキャーと黄色い悲鳴が聞こえる。
「あ、あやめ、見た⁉︎ す、すごかったね⁉︎」
「あーはいはい、すごかったすごかった。で、あんたは騒ぐ前に新入生に謝りなさいよ」
「そうだった! ごめんねるりちゃん、大丈夫―⁉︎」
るり、と呼ばれた転校生はぽーっと惚けた顔で月城さんの去って行った方を見ながら、心ここに在らず、といった具合に返事をした。
転校生は黒いセミロングの髪に黒レースのカチューシャをしており、どこか気品を思わせる風貌だ。
その茶色の目には未だに月城さんを映している。惚れたのが丸わかりだ。
「るりちゃん、るりちゃん! この子! この子が私が言ってたあやめ!」
「え? ああ……それより、あのお方の名前は何といいますの?」
「月城先輩のこと?」
「つきしろ……月城、様……ああ、なんて美しい響き……」
ダメだこりゃ。
流石のなぎさもそう思ったのか、苦笑いを浮かべている。
「る、るりちゃーん! 帰ってきてー!」
「……ハッ! わたくしは一体……」
ようやく帰ってきたのか、“るりちゃん”は今度こそこちらを向いた。
「この子、私の親友の柿﨑あやめ! 頭もよくて運動もできる、すっごい子なんだよ!」
「そうですの。初めまして、柿﨑さん。わたくしは――コホン」
ひとつ咳払いをすると、“るりちゃん”は左手で片目を隠すような変なポーズを決めた。
「わたくしは、この帳の降りた日ノ本に舞い降りた一羽の鴉――漆黒の翼を身に宿した、天下の……いえ、月下の黒魔術師。出雲るりですわ!」
「……あ、うん」
それしか声が出なかった。
この子、アレだ。所謂、アレだ。
厨二病ってやつだ。
……いやでも、実際魔法に触れてる身からすると、黒魔術っていうのも、嘘とは言いきれない、のか?
魔法があるんだから魔術もあるかもしれない。
もしそんな人物が増えたら、どうするのが正解だろう。
――レインに聞けば、わかるかな。
「えっと、よろしくね。出雲さん」
「ええ。よろしくして差し上げますわ」
面倒なタイプかもしれない。
初めて言葉を交わしたのに、何となくわかってしまった。
と、とにかく。
「ねぇ二人とも、今週の土曜日って予定ある?」
「わたくしはなくってよ」
「んー、内容に寄るかなぁ」
神社での修行があるなぎさはそうだと思ってた。
でも可能なら、なぎさにも来てほしい。……なるべく出雲さん二人きりにしないでほしい。会話が持たない。
意外と沈黙を気にするタイプなんだ、わたしは。
「よかったら、近くの駄菓子屋に行かない? 出雲さんの街案内も兼ねてさ」
「えっ駄菓子屋⁉︎ レインくんがいるとこ⁉︎」
「そうそう」
「行く行く! 適当に理由つけてお父さんに言っとく!」
「その……レインさん? とはどのような方なのです?」
「ちょー美形の年齢不詳な美少年だよ! えっと、金髪碧眼の!」
「そうですか……少し、興味があります」
「なら決まり! 今週の土曜は、あやめとるりちゃんと駄菓子屋ね!」
うきうきといった様子のなぎさは、早速携帯を取り出して予定を入れている。
倣うように出雲さんも携帯を取り出して予定を入れていると、そこに二つ分の嵐が。
「柿﨑!」
「あやめちゃん!」
「あ、禍都と雷電」
同時にわたしの名前を呼んだかと思えば、ズカズカとこっちに歩み寄ってくる。反射的に後退るが、すぐに距離は縮まった。
「お前サッカー部のマネージャーじゃねぇのか⁉︎」
「え、うん」
「うわーっ騙された! 月城に散々自慢されたからてっきりマネージャーになったかと思ったのに!」
「……もしかして、新入部員の二人って」
そこまで言って、結論に至った。
どうして二人がわたしがマネージャーになったからって部活に入ったかは不明だ。けれど、その理由はようやく判明した。
そして月城さんがわたしにマネージャー業務をもう少し続けてほしいと願ってきた理由も。
項垂れている二人を横目に、わたしはまた溜め息をついた。




