第四十二話 対の人形
第二章開始です。
翌日、帰りのバスは六之江中に着いた。
午前での帰りだったこともあり、数人はそのままお昼ご飯を食べに行くらしい。
わたしも誘われたが丁重に断った。その中に皇先輩がいたことも要因のひとつではあるが、何よりお腹が空いていなかったのだ。
それをなぎさに言えば「朝も全然食べてなかったじゃん!」と怒られてしまったが、胸がいっぱいで食欲が湧かなかった。
サッカー部とはそこで別れ、トボトボと帰り道を歩く――はずだった。
くいっと服の裾を引かれ、振り返れば水森がいた。
「柿﨑さん」
「……どうしたの?」
「連絡先、交換してください!」
そう言って頭を下げる水森。
彼の背後にいるサッカー部の一部はこちらに気付いているようで生温かい目で見つめられていた。
慌てて頭を上げさせ、携帯を取り出す。
犬の耳と尻尾が見えそうなほどにブンブンと腕を振って見送ってくれる水森。手元の携帯には、“水森玲”という友達が増えていた。
今度こそ帰ろうといつもの曲がり角を曲がろうとすると、今度はレインが立っていた。
「うわっびっくりした」
「えへへ。ドッキリ大成功〜! それより、水森くんと連絡先交換してたね? ね⁉︎」
目をキラキラさせてこちらを見上げてくるレイン。
今はそれすらもうっとおしくて、シッシッと手で追い払った。
「悪いけど、今はあんたに構ってる余裕がないの」
「そうなのかい? でも残念ながら、これから僕の店まで来てもらうよ!」
「うげ」
最悪だ。その言葉を口にするよりも早く、レインはわたしの手を取って走り出した。
彼の片手には茶色のボストンバッグが握られており、その中に管理人の変装としての付け髭やら何やらが入っているのだろう。
連れられるままやってきた『駄菓子屋しゑる』。
一週間以上も来ていなかったからか、どこか懐かしさすら感じる。どうやら、この店すらわたしの日常の一部に入り込んでいたらしい。
全く嬉しくない。
休業中の貼り紙を取り外すよりも先に店の中に連れられ、いつもの工房に通される。
レインがうきうきと荷物を整理している間に、仕方なく、本当に仕方なく事務所に入ってティーポットと三人分のカップを用意する。
机にカップを置き、レインのものには無糖の紅茶。わたしのものには角砂糖を三つ入れた紅茶。タコ助のものにはオレンジジュースを注いだ。
指輪から出たタコ助は余程喉が乾いていたのか、ゴクゴクと一気飲みしてしまい、わたしはまたそこに同じ分量のオレンジジュースを注ぐ。
「ありがとうございます、師匠!」
毒気が抜けてしまうような、朗らかな笑顔を浮かべたタコ助の頭を滅茶苦茶に撫でてやって、自分も席に着いた。
タコ助は目を白黒させているが、許して欲しい。疲れている上にここまで連れて来られたのだ。
喉の上まで出かかっている溜め息を何とか飲み込むと同時に、コトン、と机の上に何かが置かれた。
それは合宿先の管理人室の地下で見つけた、宝石の埋め込まれたアンティーク調の箱だった。
「ふっふっふ〜。お待ちかねの再会の時間だよ!」
何との?
その疑問は口に出さなかった。と言っても、当てはまるのはアレしかない。そう、この中に入っていた対の人形だ。
レインが鍵を差し込み、蓋を開く。
案の定、中にはあの人形が二体。方や黒と青を基調とした短パンスタイルの少年姿。方や黒と赤を基調としたスカートスタイルの少女の姿。最初に見た時と変わらず、お揃いのゴシック調ロリータ服を着ていた。
こうしてよく見てみると、虫食いなどもなく、本当に丁寧に保管されていたことがわかる。
「うひゃ〜! ほんっとに綺麗〜! さてさてあやめちゃん、仕事だよ!」
「また仕事……」
「残念ながら今回は拒否権がないよ!」
「今回も、の間違いでしょ」
「ん? 最初に僕の仕事道具たちを滅茶苦茶にしてくれたのはどこの誰だったかな?」
「はいはいやればいいんでしょ、やれば!」
激情に任せて立ち上がる。
「で、わたしはどうしたらいいのよ」
「この子たちに魔力を込めてほしいんだ!」
「……魔力を込める? どうやって?」
「え? そりゃぐぅーってやってぱぁ〜って……あそっか、あやめちゃんはまだ自分の意思で魔力を使ったことなかったっけ? いやでも、じいさんの地下室に繋がる扉にかかってた認識阻害魔法を解除してるしな……使えないわけじゃないんだろうけど、本人はそれを理解してないのか……感覚派なのかな」
「何をボソボソ言ってるのよ」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ……この子たちに手をかざして、ぐぅーって力を込めるみたいに集中してみてよ!」
どこか様子の可笑しいレインに蔑みの目を向けながら、言われた通りに手をかざしてみる。……ぐぅーって力を込めるって、どうやって?
とりあえず力を込めてみる。……。
「……どう? 上手くいってる?」
「聞かれてもわかんないわよ」
認識阻害魔法とやらを解いたときと違い、今回は意識して魔力とやらを込めなければならない。
そもそも、十二年間生きてきて魔力やら魔法やらの“ま”の字も信じてきていなかったというのに、どうやって魔法を使ったらいいのやら。
レインだって錬金術師。少し魔法に詳しいだけで、魔法を使えるわけではない。彼曰く、実際に魔法を使ってる様子を見たのはわたしの祖母――この世界では『桃子』と名乗っていた百花仙子だけなのだから、他人に魔法の使い方を伝授するのは無謀に等しい――。
「あ、あやめちゃん! あやめちゃん⁉︎ やりすぎやりすぎ!」
「え?」
思考に没頭していたからか、現状を見ていなかった。
「やりすぎ」の言葉に反応して手を引っ込めれば、目の前に転がっていた二体の人形は、淡い薄桃色の光をまとっていた。
「えっなにこれ⁉︎」
「なにって、あやめちゃんがやったんだよ? 成功だよ、成功!」
成功?
すごいすごーい! と大喜びのレインと、目をキラキラさせているタコ助に、置いてけぼりのわたし。
まさか本当に、あれだけで魔法が使えたというのだろうか。
……そんな馬鹿な。
ある意味現実逃避しようと思えど、起こった事実に変化はない。
人形は光ったままで、わたしが魔法を使ったらしい、という事実は覆されなかった。
――そして更に、あり得ないことが起こる。
二体の人形が、目を開けたのだ。
「ひっ」
赤と青のオッドアイが、わたしを見た。
対の人形らしく、色が逆になった虹彩を持つ双子の陶磁器人形。
そして、口を開いた。
「ボクはヨウ」
「アタシはイン」
「どうぞよろしく」
「してくれなくてもいいわ」
少年と少女が交互に喋る。
同じ声だけど、性差か、声の高さが違うように聞こえる。
人形たちの片方、少女の方が、キッと眉を吊り上げた。
「そもそもだけど」
「注ぐ魔力が多すぎるのよ」
「魔女として生まれたばかり?」
「半人前どころじゃないわ」
「イン、キミはいつも」
「言葉がキツいのよね」
「わかってる」
「けど、直すつもりはないわ」
まるでお互いの言葉を補足するように話す人形たち。
彼らはまたこちらを見ると、目をぱちりと瞬かせる。
「あれ、キミもしかして」
「魔女じゃないわね」
「もしかして人間?」
「そのくせアタシたちを起こしたの?」
「大した魔力量だね」
「褒めてあげないこともないわ」
「はぁ、それはどうも……?」
そうこう会話(と言っていいのか)をしていると、レインはもう我慢ならない! といった様子で双子の人形を抱き上げた。
「すごい、すごいすごいすごい! きみたち、本当に意思があるんだ⁉︎ じいさんったら、本当にすごいものを創り出したなぁ!」
「待ってよ、キミ」
「突然何するのよ」
「ボクたち、意識はあっても」
「自分で動くことはできないんだから」
「なるべく早く」
「降ろしなさいよ!」
「まあまあそう言わずに! じゃ、早速きみたちの力を試そうか! あ、あやめちゃんありがとうね! もう帰っていいよ!」
「は?」
そう言って事務所に入ってしまうレイン。
人形たちの声も聞こえなくなり、わたしとタコ助は二人残された。
「レインさん、すごく嬉しそうでしたね!」
「わたしは働くだけ働かされたけどね。……まぁいいわ、帰ってお昼ご飯を食べましょ」
タコ助が指輪に戻ったのを確認して、荷物を持つ。
店の入り口から出ようと閉まっていたシャッターを開けようと腰を曲げた時、一枚の新聞が隙間から入り込んできていたのを見つけた。
何となくそれを手に取り、目を滑らせていく。
「『怪盗ルシッド、宵ヶ峰に登場! 美術館の宝石が盗まれる』――へぇ。久しぶりに聞いたわね、この名前」
宵ヶ峰。わたしたちが今朝までいた合宿先の地名。
まさか“あの”時代遅れ怪盗まで来ていたなんて、思ってもいなかった。
「次はどこに現れるのかしら」
怪盗ルシッドは神出鬼没。
けれど彼には、わたしの大切なものを返してもらわなければいけない。
そんなことを考えながら新聞を元の場所に落とし、今度こそシャッターを開けた。




