第四十一話 花火と記憶
着いた先は、グラウンドの隅。各々で花火を始めている部員たちの光景を一望できる場所だ。
チャッカマンを受け取った月城さんは慣れたようにロックを外すと、わたしの花火に火をつけてくれる。
ボッと燃え始めたススキ花火に驚いて体を跳ねさせれば、月城さんは隣で面白そうに笑った。
「……そんなに笑うことないじゃないですか」
「あはは、うん、そうだね。ふふ、ごめんよ」
「手持ち花火、これで二回目なんです。しかも線香花火しかやったことないので」
「え、そうなのかい?」
「はい。うちがやる花火は基本、打ち上げ花火ですから」
「……ああ、夏の日に急に声がかけられて、花火が打ち上がるあれか。柿﨑さんの家が主犯だったんだね」
「主犯って……」
その言い方はないだろう、と言いたいが、突然「花火をしよう!」と思い立っては繋がりのある花火職人や町長に連絡をし始める父の姿を思い出すと、主犯と呼んでも差し支えない気がしてきた。
そういえばわたしも散々振り回されてきたな、なんて過去回想に入るより早く、月城さんも自分のススキ花火に火をつける。
シャラシャラと音を立てて火花が散る。
あっという間に火種は消え、燃えカスだけが手の中に戻った。
それをバケツに入れ、別の花火を持ち出す――ところで、ふと思い立った。
「タコ助、花火やってみる?」
「いいんですか!」
想像以上に元気よく返事をしたタコ助はするりと指輪から現れて、わたしの持っている花火を吟味している。
「柿﨑さんは優しいね」
「別に優しいとかじゃないですよ。たださっきからタコ助のアピールが凄かったので」
これは事実だ。この場所に着いたときから、指輪がチカチカと点滅したり熱を持ったりと、アピールが凄まじかったのだ。
タコ助は一本の花火を触手で絡め取ると、火をつけてくれと催促してきた。
手が空いたわたしがチャッカマンで火をつけてやれば、それは変色花火だったようで、少し時間が経つ度に色がころころと変わる様子にタコ助は目を見開いて喜んだ。
「はは、タコ助も花火を気に入ってくれたようでよかったよ」
そう言った月城さんは、また花火に手を伸ばした。
ふと、その右手に視線が引き寄せられた。
「その指輪をしてるってことは、月城さんも誰かと契約してるんですよね。呼んだりしないんですか?」
聞くと、月城さんは一瞬だけ動きを止めた。しかしすぐいつもの笑顔を浮かべる。
「俺が契約してる奴は恥ずかしがり屋でね。あまり人前に出たがらないんだ」
その顔は嘘をついているようには見えなかったが、何かを隠しているようにも見えた。
けれどそこに言及することはなく、わたしは目を逸らす。
「そうですか」
「ところで」
明らかに話を逸らしてきた。余程触れられたくない話題だったのだろう。
「無理言って合宿について来てもらったけど、どうだったかな」
「……最初は大変でしたけど、楽しかったですよ。楽しいって言っていいのかわからないくらい、色々ありましたけど」
「ああ、そうだね。色々あった」
思い出すのは、二日目にレインが仕掛けた錬金物騒動。わたしに対する友愛が膨らんで、それはもう大変なことになったっけ。
三日目には管理人室の地下で不思議な人形たちを見つけたし、四日目は……星元と花園先輩と水森と、色々あった。
五日目は月城さんの下の名前――天照を知ってしまったし、六日目はそれの罰として召喚術をさせられた。うち一体であるカーバンクルを外に放ってしまったりなど、本当に色々あったが。
それでも。
「本当に、楽しかったです。誘ってくれてありがとうございました」
「……柿﨑さん」
楽しかった。とても、とても。
例え彼ら、サッカー部に関わるのがこれきりだとしても、この合宿の思い出は、ずっとわたしの心に残り続けるだろう。
それほどまでに濃く、愛おしい日々だったのだ。
「きみ、笑えたんだね」
「失礼じゃないですか?」
思ってもみなかったことを言われて即答してしまった。
確かに表情筋が硬い自覚はあるが、そうも言われると少しショックだ。
「師匠はよく笑いますよ! 怒るし、泣きますもん!」
「タコ助……」
「特に怒った時なんてすぐに手が出るからわかりやす――いだぁッ!」
ゴンッ。と音を立てて頭頂部に大きめのたんこぶを作ってあげた。
「あ、あはは……そうみたいだね」
「月城さんも必要なら言ってくださいね。今ならサービスで二段にしてあげます」
「俺は遠慮しておこうかな」
そんなやり取りをしていると、ヒュゥー……っとどこか空気が抜けるような音がした。
「あ、空!」
叫んだのは誰だっただろうか。
つられるように空を見上げれば、ドォンと音がして、花火が打ち上がった。
一輪目を皮切りに、次から次へと。
「これ、仕込んでたんですか?」
「打ち上げ花火は予定してなかったんだけどな……でも、みんな喜んでいるみたいだ」
月城さんの視線は空ではなく、部員たちに向けられている。
余程仲間が大切なのだろう。その表情は慈愛に満ちていた。
偶然花火大会が近くであったのか。それとも、誰かしらが仕込んでいたのか。
真偽は不明のまま、楽しくも寂しい花火パーティは終わった。
「おい、柿﨑」
「はい? ……皇先輩?」
花火の後片付けをしているわたしに声をかけたのは皇先輩だった。
彼はじっとわたしの顔を見つめたあと、口を開く。
「俺の顔に、見覚えないのか」
「え? はい。ないです」
そう答えれば、皇先輩の眉間に皺が寄っていく。
どうやらわたしは、彼の地雷を踏んでしまったらしい。
「どこかで会ったことがある、とかですか? すみません、覚えてなくて」
「五年前のピアノコンクール」
「え」
その言葉に目を見開いた。
「開催日程は、五年前の今日」
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
その日はいつも通りにわたしがピアノのコンクールで最優秀賞を取り、そして――。
「俺はそのコンクールに参加してた。毎日必死に練習して、最優秀賞も間違いなしって講師に言われてた」
「けど本番では、お前が全部持ってった。『なんでもない』って顔をして、死んだ目で、俺が取るはずだったトロフィーを手に持ってた」
「その日から、俺はピアノを辞めた」
「お前のせいで」
――そしてその日は、奇しくも、わたしもピアノを、音楽を辞めた日だった。
これにて第一部完です。
第二部でお会いしましょう。




