幕間 師弟
夜になればいつもと同じ場所でタコ助と楽器の練習を始める。
けれどどうも、タコ助の様子がおかしい。
集中できていない、のが正しいだろうか。
隣に座り込んで、楽譜を追いながら、タコ助の演奏に耳を傾ける。
……まただ。また音を飛ばした。
まだ完璧に楽譜が読めるわけではないタコ助。音を間違えるのはあるが、音自体を飛ばすのは初めてだ。
「あ、また……すみません、師匠……」
「……あんた、何を考えてるの?」
「え?」
タコ助の丸い目がわたしを見上げる。
その中には、少しの困惑と寂しさがあった。
「練習に身が入らないなら、今日は終わりにしましょう」
「え、でも……まだ始めたばかりで」
「そんな調子でまともな音が出ると思ってるの?」
「う……」
「……話せるなら、話してみなさいよ。あんたが悩んでること」
「師匠……」
トランペットを置いたタコ助は、ぽつりと呟いた。
「自分……ほんとは、あのとき……師匠に本当に捨てられるんじゃないかって思って、すごく不安になったんです」
あの時とは、昼間の出来事のことだろう。
わたしたちが仲違いをしてしまった、小さな時間の、大きな出来事。
「自分みたいな変な生き物より、あっちの方が何倍も師匠にお似合いで……最初にお二人が揃った姿を見たとき、『あ、いいな』って思ったんです」
「羨ましかった……あのへんなのが。かわいくて、賢くて、師匠にお似合いなのが、すごく、すごく、羨ましかったんです」
そこまで話したタコ助は、そのまま黙り込んでしまった。
わたしは目をぱちくりとさせて、タコ助の沈んだ顔を見る。
「あんた、そんなことで悩んでたの?」
「そ、そんなことって」
「言ったでしょ。わたしが音楽を教えたいのはあんた。一緒に成長したいのもあんた。もうわたしの唯一無二になってるってのに、これ以上を望むわけ?」
言葉を紡ぐのに小っ恥ずかしさなんてなかった。
だって事実だから。
いくらクサい台詞だろうが、そんなのこの気持ちを隠す理由にはならない。
「ゆいいつ、むに……」
「そうよ。唯一無二。一度音楽を辞めたわたしを、また音楽の道に引き戻した、大馬鹿者」
ていっ、と丸い額にデコピンをしてやれば、タコ助は「あうっ」と声を上げてそこを押さえる。
「あんたって謙遜してるように見えて、意外と欲深いわよね」
「よ、欲深いっ⁉︎」
「違う?」
「ち、ちが……わない、かも、しれないです……」
「でしょう?」
ふん、と鼻を鳴らしてやれば、タコ助はどこか照れたように視線を彷徨かせながら頬を染めた。
全く。本当にどうしようもない弟子。
「ほら、まだやりたいんでしょ? トランペット持ちなさい」
「は、はい!」
タコ助がトランペットを構える。
演奏するのは『ハッピーバースデー』。
また音を飛ばさないか少し緊張して見守っていたが……どうやら心配はいらないようだ。




