第三十四話 休息日
合宿四日目。今日は練習せず、休息日にするらしい。食事の時間が決められているくらいで、あとは好き勝手にしていいのだとか。
確かに毎日練習ばかりだと疲れるだろうし、何より今は夏休みだ。部活動の合宿といえど、一日くらい休みはあった方がいいだろう。
みんな思い思いの休日を過ごしている。なぎさは東と食堂で女子会なるものを開いており――何故か月城さんと花園先輩がいたが、美の暴力すぎて性別なんて関係ないのだと理解させられた――、白亜先輩は太陽の下で一人、筋トレに勤しんでいる。神風先輩は休憩スペースでお笑い番組を観ていたし、皇先輩や静島先輩、快野先輩は自室でゆっくりしているそうだ。
……そういえば昨日の快野先輩が外にいた件だが、朝食を同席した時に軽く聞けば、ギョッとした顔をした後に「エッあっあぁ〜〜〜ランニングだよ、ランニング。ほら、昨日ちょっと涼しかったからさ。ねっ?」と明らかに誤魔化されてしまった。ちなみに昨日は暑くもなく涼しくもなく、といった普通の気温だった。
さて、わたしはというと――。
「柿﨑さーん! こっち! こっち来てください!」
「やめろ水森。柿﨑さんはカブトムシなんて好きじゃないだろ」
水森・星元と共に、宿舎の裏にある小道を散歩しに来ていた。……いや、何故?
ギャイギャイとはしゃぐ同い年の男子二人を遠目に考える。数秒考えても頭は真っ白だった。
わたしの前ではどこか可愛らしさを残した水森も、わたしに対しては未だに丁寧口調な星元も。こうして傍から見れば年相応に幼い子供なのだ。……って、わたしも同い年だろう。何を言ってるんだわたしは。
「柿﨑さん、どうしました?」
「うわっ! びっくりした!」
「すみません、驚かせるつもりはなくて……」
突如目の前に現れたのは可愛らしい顔立ちをしたピンクのツインテール。星元だった。
「こ、こっちこそごめん。ぼーっとしてて」
「それでも女性を驚かせてしまったので」
「いや、それはこっちの責任だから……あまり気にしないで。なんなら忘れてくれると嬉しい」
「……わかりました。忘れます」
野太い悲鳴を聞かれて良い気分になる女子はいない。それをわかってくれているのか、星元は相変わらずの無表情で頷いてくれた。いい子だ。
遠くではカブトムシにキャッキャと喜ぶ水森が平らな石の上に二匹の虫を置いて戦わせていた。一人虫相撲だろうか。
あそこまでいくと中学生どころか小学生だ。
そんなことを思いながら、ちらりと星元の方へ視線を向ける。星元も丁度こちらを見ていたようで、ばちりと視線が交わってしまった。
慌てて視線を逸らしたが、言及はされなかった。
――わたしは、星元に対して言いようのない違和感がある。
女の子のように可憐な見た目をしているのに、その行動は女子を尊重したような紳士的なもの。口調もわたしには丁寧だが、水森のように同い年の同性に対してはぶっきらぼうで男の子のようなものに変わる。
見た目と中身が、チグハグなのだ。
「柿﨑さん」
そんな彼から、声がかけられた。
再び視線を向ければ、星元は少し困ったような顔をしていた。初めて見る顔だ。
「なに?」
返事をしたが、星元は口元をもごつかせて中々口を開かない。
何か言いたいことがあるのは明らかだが、待たされる側となると随分時間が長く感じる。
一体何分が経っただろう。実際には数十秒しか経っていなくても、わたしにとっては本当に長い時間だった。
はぁ。溜め息をついて星元から顔を逸らす。
「言えないなら言わなくていいわよ」
呆れ混じりに言い放ってしまえば早かった。わたしの足は勝手に水森の元へ向かい出す。
そうして数歩、離れた時だった。
「……柿﨑さんは、水森のことを助けたって聞きました」
「? まぁ、間接的にはそうなるのかしら。それが何?」
考えてもいなかった言葉に思わず振り返る。
そこには、真剣で、どこか追い詰められたような顔をする星元がいた。
「柿﨑さんは――俺のことも、救ってくれますか」
「……は?」
言うだけ言うと満足したのか、それともこの空気に耐えられなくなったか。星元はわたしを追い越してさっさと水森の元へ向かってしまった。
取り残されたわたしは頭の中でさっきの言葉を反芻する。
救う? 何を? いや、星元のことをだ。けれど、何から?
星元は、彼は、何に怯えている?
疑問が頭を埋め尽くす。思考を晴らしたのは、遠くから呼びかけてきた水森の声。
星元はもう何でもない顔をしていて、それがまたイラついた。
――人に相談するなら、責任くらい持ちなさいよ。
そんな酷い言葉を何とか飲み込んで、わたしは二人の元を目指して足を動かした。
散歩の後は昼食。昼食の後は食堂でなぎさと東と夏休みの宿題をしながら、ちょっとした女子会もどきをした。時々顔を覗かせてきたサッカー部員たちとも軽く会話を交わしたりして。少し小腹が空いたらしい皇先輩には明らかに嫌そうな顔をされて顔を逸らされた。わたしはあの人に何かしたのだろうか?
勉強も夕方には一区切りついて、それからは自室にこもってタコ助と音楽の勉強。次は『ハッピーバースデー』を覚えようと躍起になっているタコ助を指導しながら、自分もフルートと向き合う。
楽器と向き合うのは、簡単に見えて意外と大変なのだ。
そうしているうちに夜になる。
夕食の手伝いに行った時、妙にニヤついているレインがいたが、どうせ昼間の女子会もどきの時に明かりに集る虫のように集まってくる部員たちとのラブストーリーを勝手に想像していたのだろう。キモくて堪らない。
どうしてレインといいなぎさといい、恋愛脳な人間がわたしの周りに多いのだろうか。
夕食を食べ終えてお風呂に入って、今夜も外でタコ助と音楽の練習。室内でやるのとはまた違う開放感が気持ちいい。
「師匠〜、これってソですか? ラですか?」
「……線の上にあるのがソ、線に挟まれてるのがラよ」
「なるほどぉ! また一つ詳しくなりました!」
「今朝も教えた気がするけど?」
「あうっ……」
「……まぁいいわ。少なくともドとミの位置はわかるようになったし」
「えへへ」
照れたように笑うタコ助の額に軽くデコピンをして、自分もフルートを持ち直す。
……するとそこに、人影が現れた。




