第三十二話 地下室に秘められたもの
レインに連れられたわたしは、管理人室まで来ていた。想像していた管理人室とはかけ離れており、完全に寝泊まりをするためだけの部屋と化していた。ある物は客室と同じベッドと、二メートルほどの高さがあるくせに殆ど空っぽの本棚。
この合宿所の本来の持ち主である――レイン曰くギックリ腰で入院中の――おじいさんは、こんな質素な部屋で過ごしていたのだろうか?
「ねぇレイン、こんなところに連れて来て……何か用があるんでしょうね?」
「もちろん。大事な用事だよ」
ふと、レインが懐から取り出した青縁の眼鏡をかける。彼、視力は良い方だったはずだが……老眼か、もしくは何かしらの錬金物だろうか。どうせ後者なんだろうが、前者だったら少し面白いのに。
眼鏡をかけたレインがある一箇所の壁をコツコツと叩く。そしてわたしに「ここ、よく見てみて」と言った。
近寄ってじぃっと見てみると、なんだか壁が揺らいでいるように見える。まるで陽炎のように。何故だろうと思い触れてみようと手をかざすと、壁はそのまま揺らぎが強くなり、最終的にはなくなってしまった。
「……へっ?」
何が起きたかわからず呆然としていると、背後から拍手が聞こえてくる。
「流石あやめちゃん! 認識阻害のかけられた扉の魔法を一瞬で解いちゃうなんて!」
「認識阻害……?」
興奮した様子でレインは話し出す。曰く、この扉には魔力を持つ者にしか見えない認識阻害魔法がかけられており、更にその上から掛けられた魔法使い以外に触れられない封印を解かないと魔力を持たない者――つまりレインは開けるためにわたしを呼んだ?――には開けられないらしいのだが……。
「すごい! すごいよあやめちゃん! 認識補助眼鏡がなくても見える! 触れる! 手をかざしただけで魔法を解くなんて!」
きゃっきゃとはしゃぐレインはいつの間にか眼鏡を外していた。軽く咳払いをしてレインを止めさせると、視線でこのあとを促す。
レインはようやく落ち着くと、褐色の扉の錆びたノブに手をかけてゆっくりと扉を開いた。
扉の奥は暗く、地下へ続く階段が辛うじて見える。
「まさか、降りるの?」
「もちろん! じいさん……ここの本来の管理人に頼まれたんだ」
スマホの灯りを頼りにさっさと先を降りていくレインを慌てて追いかける。
スリッパと石の階段が擦れる音が響く。二十段ほど降りたところだろうか。前を歩いていたレインが横に避けた。
「僕は魔力がないからここが壁に見えるんだけど、あやめちゃんにはどう見える?」
そう指を差されたのは突き当たりの壁。先程と同じようによく見てみれば、壁が陽炎のように揺らいで見えた。
「揺らいで……見える。さっきの扉と一緒、かしら」
「じゃあここの認識阻害魔法も解いてみようか」
促されるまま、陽炎に手をかざす。すると更に揺らぎが強くなり、気が付けば入口と同じ扉がそこにあった。
「おおー! 流石!」
横で拍手をしているレインを無視して、扉の錆びたノブに手をかける。引っ掛かりを感じながら手首を捻れば、扉が自然と開いた。自動的に奥に開いていく扉の向こうには、どこかで見たことのあるような真っ暗な空間。わたしの脳裏には最初にレインの工房に訪れた時に起きた惨状が過ぎっていた。
「れ、レイン。先に入って」
「え? ああ、うん」
不思議そうに首を傾げたレインが開いた扉の奥に入っていく。……しっかりスマホのライトで足元を照らしながら。
そうか……ライトの存在を忘れていた。
少しばかりショックを受けながらレインの後をついていく。ほんのりと光を浴びた部屋の中は、やはりレインの工房と似ていた。
何となく察してはいたが、ここの管理人も錬金術師らしい。
レインは目的のものがあるのか、部屋の奥にある棚に一直線に向かう。棚から取り出したのは、色とりどりの宝石で彩られたアンティークな木箱。それを机に置き、懐から取り出した鍵を鍵穴に差し込み、蓋を開いた。
――中には、二体の人形が入っていた。
お揃いのゴシック調のロリータ服を着ており、片方は黒と青を基調とした短パンスタイルの少年のような姿。もう片方は黒と赤を基調としたスカートスタイルの少女の姿をしていた。
「本当にあった……あのじいさん、こんなとんでもない物を保管してたなんて」
「これ、何なの?」
レインはキラキラと輝かせた目を二体の人形に向けながら答える。
「これは、魔界のありとあらゆる希少な素材から造られた“錬金物”の一つさ。全世界の錬金術師が喉から手が出るほど欲しがる、物凄い代物なんだ」
「へぇ……」
わたしにはただの人形にしか見えないが、レインにとってはそうでないのだろう。再び蓋と鍵を閉めたかと思えば、箱を優しくぎゅっと抱き締める。
「それ、どうするのよ」
「貰っていくんだ。……じいさん、あまり先が長くないらしくてね。コレを使う機会がないから譲ってくれるって」
「……そう」
レインと管理人の関係は知らないが、きっとレインにとってこの箱と二体の人形が管理人の遺品になるだろう。そしてその価値は、同じ錬金術師にしかわからない、と。
「ありがとう、あやめちゃん。きみがいなかったらこの子たちを回収することができなかったよ」
「わ、わたしは別に……何もしてないけど……」
突然の感謝に反応できず、口から出たのは照れ隠しの言葉。しかしそれすらも見通しているのか、レインは外見年齢に似合わず大人っぽく優しい笑みを浮かべていた。
地上に戻ってきたわたしたちは本棚で扉を隠す。流石のレインでも認識阻害魔法を再度かけることはできないようだ。そもそもレインは魔法使いではないのだから当然なのだが。
ふと時計を見たレインが「あ!」と声をあげる。つられて壁にかけられていた時計に目をやれば、既に夕食の準備に入らなければならない時間だった。
「いけないいけない! とりあえずこれは机に置いておいて、急いで食堂に行こう!」
いそいそと顎髭を着けたレインのあとを追って、管理人室をあとにする。
残されたアンティークの箱に埋め込まれた宝石に、当たる日差しが煌びやかに反射していた。




