第三十一話 暇と嫌いなヤツ
合宿三日目。
昨日と同じく白亜先輩と花園先輩とのランニングを終えて朝食を食べていたわたしたちの元に、全体グループから一通のメッセージが届いた。差出人は月城さん。内容は今日の練習メニューについてだった。
「んー、今日も体力作りとゲームだけかぁ。もっと楽しく特訓してぇなぁ」
そう呟いたのは白亜先輩。部活動としてこの場に合宿をしに来ているとはいえ、彼もまだ中学三年生なのだ。
しかし、気持ちがわからないわけでもない。わたしの場合は楽器だが、毎日同じ曲を同じように練習していると飽きが来る。前日にできなかった箇所を演奏できたときは確かに嬉しいが、成長を実感できるのは一日二日でできるものではない。
ただのお手伝いであるわたしにできることもなく、三人で朝食を食べ終えたあとはそれぞれ散っていった。
部屋に戻り昨日と同じようにタコ助を呼び出しエネルギーバーを食べさせ、集合時間の九時の少し前にはグラウンドへ向かう。
既に集まっていたのは朝食後のランニングをしていた白亜先輩と花園先輩。東と水森、星元がいた。
声をかければ全員言葉を返してくれるが、特に水森はこちらに駆け寄ってきて満面の笑みを浮かべて挨拶してくれた。
そのまま水森と会話をしていれば東と星元もやってきて、なぎさを除くサッカー部一年生が揃った。タイプの全く異なる三人の仲は良好で、『サッカーが好き』という共通点からか全体的に落ち着いているからなのか、和気藹々と話している様子を見ているとこちらまで楽しくなってくる。
突然背後から抱きついてきたなぎさを加えて五人で話せば、より一層賑やかになった。口数の多さに加えて喧しさを併せ持ったなぎさには、静かな三人との相性が良いのかもしれない。
そうこうしていれば部員が集まり、最後に昨日と同じく寝ぼけ眼の快野先輩を引き摺ってきた月城さんが全員に再度今日の予定を話す。解散のあとにみんなが散り散りとなり、わたしはなぎさと食堂へ向かった。
それからの流れは昨日と全く同じだ。
ドリンクを作り、タオルと一緒にグラウンドのベンチまで運ぶ。休憩になれば選手たちにドリンクとタオルを配り、それが終われば昼食の準備に向かう。
今日の昼食は旬のトマトを使った冷製パスタ。食材を切る係はわたし、パスタを茹でるのはレイン、ソースを作るのはなぎさ、と役割分担をして調理に取り組む。人数分以上の量の準備が終われば、丁度選手たちが食堂へやってきた。
いそいそとカウンターにトレイに皿、カトラリーと麺、ソースの入った鍋を並べて、わたしとなぎさも選手の列に混ざって昼食をよそいだ。
昼食が終わり全体が休憩に入ったら、わたしとなぎさで分担してタオルの洗濯とドリンクボトルの洗浄を行う。タオルを洗濯している間にキッチンに行ってボトルに付いた水を布巾で拭い、軽く乾かす。なぎさと協力して順番に新しくドリンクを作り終えたらクーラーボックスにしまい、あとをなぎさに任せてランドリーに向かい、洗濯を終えたタオルを乾燥機にぶち込む。
乾燥機の前に並べられたベンチに座り込み、スマホを使って『きらきら星』以外の簡単な楽譜を調べる。
「うーん……『カントリーロード』、『聖者の行進』、『アメイジング・グレイス』、『ハッピー・バースデー・トゥ・ユー』……簡単そうなのはこれくらいかしら」
四曲の楽譜をダウンロードして、動画サイトで実際の演奏を聞いてみる。そうこうしているうちに乾燥機の稼働が終わり、スマホを閉じてタオルを回収・畳んで丁寧にカゴに入れてからグラウンドへ運んだ。
グラウンドでは昨日と同じく白亜先輩と花園先輩がおり、クーラーボックスを持ってきてくれたなぎさが混ざって会話をしていた。花園先輩がわたしに気がついたのか、小さく手を振ってくれたので振り返す。すると他二人も気付いたのか、仲良く声を合わせて名前を呼んでくれた。……相変わらず、白亜先輩は呼び方が間違っているけれど。
「何をお話されてたんですか?」
「サッカーの話! 昨日、あやめがすっごいシュート決めたでしょ? どうにか成長させて、なんとかサッカー部に引き入れられないかなーって!」
「……本人の前で言う?」
まぁまぁまぁ! となぎさに窘められ、いつの間にか持っていたボールを渡される。
まさか、と思いながらなぎさを見つめれば、サムズアップを返された。
「だいじょーぶ! 今日は二人共見てくれるって!」
「……そういう問題じゃないんだけど」
とにかく、三人共やる気らしい。
逃げられないことを悟ったわたしは溜め息をついて、とりあえず準備運動を始めた。
昨日はシュート。今日は相手からボールを奪う練習らしい。相手はDF専門の花園先輩だ。正直奪える気がしない。
なぎさの応援と白亜先輩のアドバイスを聞きながら足を動かす。しかし流石のボールキープ力で、一切奪える気配がしない。
「そこだ蟹﨑! 花園の重心が左に寄ってるからその隙にっ……あー! 惜しい!」
最早名前の訂正をする余裕もなく、必死にボールを追いかけて足を動かす。花園先輩の足元でくるくると回るボールに見事に翻弄されている。
「くっ……そ……!」
「あやめー! 手ぇ出しちゃダメだからねー!」
「わかってるわよ!」
なぎさの言葉に噛み付くように叫び返し、再び足元に集中する。……実は既に拳を握り締めていたなんて、誰にも言えるわけがない。
白亜先輩曰くこれでも手加減してくださっているらしいが、全くそんな気配を感じない。
「……相手に怪我をさせることを恐れてるね」
不意に花園先輩がそう言った。
「そりゃ、怖いですよっ! 自分のせいで、相手に怪我をさせたら、どうしようっ、てっ!」
「俺はそんなヤワじゃない。本気で来い」
花園先輩の力強い言葉と目に一瞬狼狽えてしまうが、そんなに言うならお言葉に甘えて……と、今度は遠慮せずに足を動かした。
攻めて、攻めて、攻めて。
「もっと近付いて」
「っ、こう、ですかッ!」
トン、と足先がボールに触れた。
しかしすぐに花園先輩の足元へ戻っていく。
もうわたしにやりあう体力はなかった。
膝に手をついて肩で息をする。
「ッ、もー、無理っ!」
その場に座り込みそうになるのを何とか我慢していると、首筋に冷たいものが当てられた。
「ひぎゃッ⁉︎」
「あははっ! 動物みたいな声だな!」
「は、白亜先輩!」
「ほら、飲め」
渡されたのは橙色のリボンが巻かれた、白亜先輩のドリンクボトル。飲めと言われたが、飲んでしまえば白亜先輩の分が少なくなってしまう。それに他人のボトルだし、口を付けるのはちょっと……。
不安を感じているわたしに気がついたのか、白亜先輩は持っていたタオルでわたしの汗を拭いながら笑顔で言った。
「気にするな! こんな暑い中で後輩に倒られたりしたら先輩の面子が台ナシだからな!」
夏の太陽よりも眩しい笑顔を向けてきた白亜先輩の顔を細目で見つめ返しながら、お言葉に甘えてドリンクを一口、二口いただく。飲み口に口を付けないように少し離して流し込む。甘塩っぱい冷たい液体が喉を伝う度に生き返っていく気がした。
「っはぁ……ドリンク、ありがとうございました」
「おう!」
ふとスマホを宿舎に目を向ければ出入口から数人の部員が現れ始めていた。ベンチに戻りスマホを確認すれば、午後の練習開始まで残り五分ほど。
再び額に滲んできた汗を手の甲で拭い、今日もゲームの観戦でもしていようかと思っていれば、隣にやってきた皇先輩に声をかけられる。
「おい、柿﨑。管理人のジジイが呼んでた」
ちらりと宿舎に目を向ければ、笑顔で手招きをするレインの姿が。
「教えてくれてありがとうございます」
そう言ってお辞儀をし、なぎさにグラウンドから離れることを伝えてレインの元へ向かった。
「Hey ライヤ! You アヤメのこと hate?」
「神風、その変な喋り方やめろっつったろ」
「Sorry! コレ中々直らない! で、どしてアヤメを嫌う? Me わからない。Team 仲良し! コレ最高!」
「……お前にはわかんねーだろうな。海外で期待の小学生選手って持ち上げられてたお前には。……目の前で今まで信じてきたものを奪われる屈辱なんて」
皇の瞳に宿る憎悪を横目で見た神風は、やれやれといった様子で肩を竦めた。




