第二十六話 お遊びサッカー
「じゃあさ、洗濯終わるまでちょっと遊んじゃおうよ!」
「えっ、そんなことして良いの?」
「良いの良いの! 他のみんなはまだご飯食べてる人もいるし、どちらにせよ午後の練習まで一時間くらい休憩挟むらしいからさ!」
準備体操を始めたなぎさを見て、わたしも立ち上がって同じく体操を始める。なぎさの掛け声と共に体を伸ばしていたのだが、前屈になると、わたしのあまりの体の硬さに物凄い笑われてしまった。
「あははははっ! あやめ、ほんっとーに体硬いよね!」
「う、うるさいっ……これでも必死に……いたたたッ! 背中押さないで!」
「まだ膝までしか手が伸びてないじゃん! もう少しいけるって!」
「無理無理無理無理! 折れる! 折れるー!」
人の体で散々遊んでくれたなぎさにお返しとして同じように前屈で背中を押してみたが、すぐにぺたりと地面に手がついてしまい、驚愕で体が固まった。
「な、なんでそんな……軟体生物みたいに……」
「失礼な! れっきとした人間ですー!」
「それは見ればわかるけど……なんでそんなに軟らかいのよ」
「んー……強いて言うなら、お風呂上がりに毎回ストレッチしてるからかなぁ」
「なるほど……ストレッチ……」
寝る前に少しやってみようかな……。
いつの間にかなぎさは自分の足の間から顔を出して遊んでいた。……ここまで軟らかくはならなくていいけど。
ケラケラと笑いながら体勢を戻したなぎさの髪についた砂を軽く叩き落とし、準備運動を再開させる。
手首や足首もしっかり回し、早速サッカーボールを手にしたなぎさはゴールの前まで駆けていった。
「見ててよー! 私のさいきょーシュート! とりゃ!」
足を大きく引いて勢いよく振り上げたなぎさの蹴りを受けたボールは――見事にスカッて全く動かなかった。
「さすが、体育の成績万年オール一……」
「あれー?」と首を傾げているなぎさ。なんと言ってもなぎさは類い稀なる運動音痴。やる気だけはあると体育教師にも評価されるほどなのだが、肝心の実技が最低以下のため通知表で二以上の数字を見たことがない。
可哀想なことに、運動面では酷いほどに空回りしている子なのだ。そしてその運動音痴に気付いていない、というほどの天然ぶり。
考え事をしている内に三回ほど振りかぶったようだったが、全てスカッていた。
「ねー、あやめもやってみてよー! このボール当たんないよー!」
腕を引かれてボールの前まで連れていかれる。蹴るように言われたので軽く蹴ってみれば、いとも容易くボールはコロコロと転がっていった。
「わ! 当たった! なんで当たったの⁉︎ すごいすごい!」
物凄く持ち上げてくれるが本当に軽く蹴っただけだし、当然だがサッカー部のみんなには敵わないだろう。
なぎさは目をキラキラとさせて「もう一回やって!」とボールを差し出してくるものだから、従ってまたゴールネットに向けて蹴ってみる。今度は先程より強く、自分なりの最高速度で。
パシュッと程々の勢いでゴールを揺らしたボールは、ネットに跳ね返ってコロコロと転がって帰ってきた。
「すっごーい! すごいよあやめ! 選手もいけるんじゃない⁉︎」
「あはは……さすがにそれは無理じゃないかしら……」
「いや、磨けば光ると思うぜ?」
第三者の声に振り向く。そこには白亜先輩と花園先輩がいた。いつものペアだ。休憩時間だし、またランニングでもしに来たのだろうか。
「蟹﨑は体力もあるし、周りを見る目もある。脚力さえ鍛えりゃけっこー活躍できるんじゃね? なぁ花園」
「……可能性はある」
二人の言葉に少しだけ心が浮き上がる思いをする反面、実際の選手たちに遊んでいるところを見られた羞恥心も湧き上がってくる。
「い、いつから居たんですか……」
「ちょーど蟹﨑がシュートするとこだな!」
「だから、柿﨑です……」
まさか見られていたとは思ってもみなかった。選手以外にボールを触っていけない、なんてルールはないが、それはそれとして、だ。
「脚力を鍛えりゃいいストライカーになるんじゃないか? なぁ花園!」
「……いや、観察眼を鍛えて司令塔にするのがいいだろう」
「お前、DFの後輩が欲しいだけだろ〜」
白亜先輩はFW。花園先輩はDF。
腕を買ってくれるのは嬉しいが、わたしは選手になる気は毛頭ない。そもそも正式な部員ですらないのだ。わたしにはレインに借金返済という名目の魔女としての技術を磨く必要が――そういえば初日の会話以来、全くレインと話した覚えがない。別に話したいとかそういう意味ではないが、何も触れてこないのはそれはそれで不安なのだ。主に裏でなにかしないか、という面で。
「――つーことでやるぞ蟹﨑! 俺らが手とり足とり教えてやるからな!」
「えっ、はっ? 何がどうなったんですか? ちょ、引っ張らないでください白亜先輩!」
あと柿﨑です! と、白亜先輩との毎度恒例のやり取りも行い、何故かサッカーの練習をさせられることになった。
足首の角度や向き、体勢など細かいところをしっかり指摘され、ひたすらボールをゴールに蹴り込むように指示される。
……どうしてマネージャーお手伝いのわたしがこんなことをしているのか、全く理解が追いつかない。まぁいいか……と、わたしは考えることを放棄した。
「すげぇよ蟹﨑! お前マジで磨けば光る! やればやるほどパワー上がってんじゃん!」
「はぁッ……はぁッ……お、おかげさまで……けほっ……はぁ……ッ……」
ちらりとなぎさと花園先輩ペアの方を見れば、何故か馬跳びをしていた。何故?
あの二人もシュート練習をしていたはずだが……あぁ、なぎさの運動神経を見てしまったのか……。
それで遊びに発展した、と。
「おー! 向こうもやってんな! な、俺らもやるか、馬跳び!」
「む、無理です……もう足が……動かな……」
「そうかー? じゃあ俺向こうに混ざってこよーっと! おーい花園! 綿付きー!」
「綿付きじゃないですー!」となぎさの大声を聞きながらその場に座り込んだ。なんなら大の字になりたかったが、そこまで服を汚す勇気はない。
ぽけーっと空を見ながら考える。花園先輩は、どうやって白亜先輩に名前を覚えさせたのだろうかと……。
ああ、疲れていると頭が回らない。本当にどうでも良いことを考えてしまう。いや毎回名前を間違えられるのは不快ではあるのだが、何故だか白亜先輩相手だと仕方ないで済ませてしまう。
何故だろう、何故だろう。
……そういえば、何か忘れているような。
「…………あっ!」
突然声を上げたわたしに三人の視線が集まる。
「な、なぎさ、ごめん! 洗濯物! 忘れてた!」
叫ぶように伝えればなぎさもハッとした顔をして、ダッシュでランドリーまで走っていった。わたしもあとを追おうとして立ち上がるが、生まれたての小鹿のように膝がぷるぷると震えてまともに歩けやしない。
そんなわたしを可哀想に思ったのか手を差し出してくれた花園先輩の手を握り、なんとかベンチまで辿り着く。
「すみません……助かりました」
「気にすることはない」
そう言って白亜先輩の元へ行こうと踵を返した花園先輩を呼び止める。
「……どうした?」
「すみません花園先輩、一度後ろを向いてしゃがんでいただけますか」
花園先輩は首を傾げながらも従ってくれる。先程馬跳びで馬の役をしていたからか、花園先輩の綺麗な白髪に大量の砂がついていたのだ。
失礼を承知の上で髪束を持たせていただき、優しく砂を落としていく。うわっ……髪の毛サラサラ……こんなに長いのに一切絡まってない……。
「先輩、今日は髪ゴムお使いにならないんですか?」
「……部屋に忘れた」
「なるほど……少し失礼します」
わたしは右手首につけていた髪ゴムを使い、花園先輩の髪を高い位置でひとつに纏める。あまりにサラサラすぎるおかげで何回か失敗しそうになったが、なんとか纏まった。
「落ちませんか?」
「……ああ、落ちない。ありがと」
「いえ。またあとで返していただければ結構ですので」
今度こそ花園先輩は白亜先輩の元へ戻って行った。
わたしの足もようやく言うことを聞くようになったので、一先ずエントランスに戻る。道中でスマホを開けばなぎさから「乾燥機入れといた!」との連絡があった。
とりあえず午後のゲームには間に合いそうだと胸を撫で下ろす。次からはしっかりしないと……。
残り十分ほどで休憩が終わるとのことで、上の階からバタバタと足音が聞こえてくる。わたしは食堂へ向かい、ドリンクの準備を始めた。
「ええっと、濃いめが月城さん、白亜先輩、静島先輩……薄めが東、皇先輩……あとの人は普通の配分、と」
初日に取ったメモに従ってドリンクを作っていく。まだなぎさのように両手で二本を振ることはできないため、地道に一本ずつだ。
誰のかわからなくならないように、しっかり飲み口の首にリボンを巻き付けて……と。
半分ほどドリンクを作り終えたところで、なぎさがやってきた。
「ドリンクやってくれてるの! ありがと〜!」
「こちらこそ、タオルの方やってくれてありがとうね」
「元はと言えば私が遊ぼって誘っちゃったせいだしね〜」
既にできあがっているドリンクを確認してから、例のボトル二本持ちで素早く中身を混ぜていくなぎさ。
あっという間に全員分のドリンクが完成し、クーラーボックスに詰めていく。
「……?」
クーラーボックスを閉めようとしたその瞬間だった。妙に甘い香りが鼻腔をくすぐったが、気のせいだろうと考えてそのまま閉めてしまった。
――今朝クーラーボックスを持ってきた奴の性格を考えれば、こんな格好の餌に何も細工をしていないわけがないのに。




