第二十五話 ドリンク作りと花嫁さん
「じゃあ今日は早速ドリンクを作ってみよー!」
勢いよく腕を振り上げたなぎさの真似をして、小さく腕を突き上げた。
「えぇっと……ボトルに水とスポドリの粉を入れて、一気に振るっ」
ジャカジャカと音を立てて中身を必死に混ぜ合わせる。三十秒ほど振り続けて、ようやくなぎさから「よし」の言葉が出た。
「はぁっはぁっ……こ、これ……腕、すっごく疲れる……」
「ね〜。おかげで私も前より筋肉ついたよ」
涼しい顔で両手それぞれにボトルを持って振っているなぎさ。こんな大変なことをひとりでずっとやってきたのか……。
「なぎさ……わたし、あんたのこと見直したわ……」
「え? ありがとう?」
完成したボトルをなぎさに渡せば、一本のリボンを飲み口に括り付ける。昨日もやっていたそれは渡す相手を間違えないようにするための、なぎさなりの工夫だった。
「じゃあもう一個、普通の濃度のスポドリ作ってー」
「……はーい」
言われるがままに腕を振りスポドリを作ること数回。十本全てにそれぞれのリボンを括り付け終えたなぎさは、何かに気が付いたようにキョロキョロと辺りを見渡した。
「どうしたの?」
「ないの! クーラーボックスが! 昨日ここに置いておいたのに!」
ここ、つまり食堂だ。そういえば今朝も見なかった気がする。
クーラーボックスを食堂に置いたことと、レインに置く許可を得ていた場面は確かにわたしも見ている。とすると、誰かが勝手に動かしたのだろうか?
「とりあえず、冷蔵庫借りて入れておく?」
そう提案した時だった。
「ふぉふぉふぉ。捜し物はこれかの?」
またあの顎髭を付けて管理人に扮したレインが自分の足元に置いてあるクーラーボックスを指差した。
「あーっそれ! おじいちゃん見つけてくれたの⁉︎」
「おお、昨日少し動かしてしまってのぉ。すまんな」
どこか怪しさを醸し出しているレインの様子を伺うが、顎髭がもふもふすぎるせいで口元まで見えず表情がしっかりと読み取れない。
「ふぉふぉ。今日のお昼はうどんにするからの。二人共、手伝い頼むぞい」
「はーい! おじいちゃんありがとー!」
去っていくレインの後ろ姿を睨みつけて、早速クーラーボックスを開ける。
……? クーラーボックスの中ってこんなに冷たかったっけ?
引っかかることはあったが、気にせず中にドリンクを詰め込んでいく。
「よし、じゃあ運ぼ!」
「待ってなぎさ。今日はわたしがクーラーボックスの方持つから」
「え? でも重いよ?」
「昨日はなぎさが持ってくれたでしょ? だから交代」
「うーん……わかった! じゃあ午後は私が持つね!」
「うん、お願い」
ドリンクがいっぱいに詰められたクーラーボックスをふらつきながらも何とか運び終え、グラウンドのベンチに置いた。
どうやら丁度リレーが終わったところらしく、運良くこれから休憩に入るらしい。
「よし! じゃあ今日は手分けして渡していこうね! 誰がどの色のリボンかは都度教えるから!」
「わかった」
まずやってきたのは水森。なんなら駆け足でやってきた。
「はぁっ、はぁっ……お、お疲れ様ですっ、柿﨑さんっ!」
「お疲れ様。わざわざ走って来なくてもいいのに……」
「へへ……一番に柿﨑さんからドリンクが欲しくて」
うーん、かわいい。
なぎさに耳打ちされた通り、水色のリボンがついたドリンクとタオルを手渡す。
「今日はわたしも作ってみたよ。水森くんのも作ったかな……味、どうかしら」
いそいそとキャップを開けて口に含む水森。
相当喉が乾いていたのかごくごくと何度か喉を上下させて飲むと、ぷはぁ、と飲み口から口を離した。
「濃さも丁度良くて、とても美味しいです! ありがとうございます!」
また耳と尻尾の幻覚が見える。もう少し話していたいが、他にも待っている選手がいるので申し訳ないが退いてもらった。
しょんぼりとしていた水森だったが、またあとで話そうと声をかけるとパッと顔を明るくして大きく頷いてくれた。
次にやってきたのは花園先輩。紫色のリボンがついたボトルとタオルを手渡す。
「……話聞こえた。ドリンク作ったんだって」
「仕事ですから」
「……ありがと」
花園先輩は物静かな人だ。隣でなぎさからドリンクを貰った白亜先輩とすぐに合流したが、あそこの相性が良い理由が未だにわからない。
でもぺらぺらと話し続ける白亜先輩に、ストレートに言葉をぶつけることができる、という点ではペアとして成り立っているのかも?
次にやってきたのは星元。赤いリボンのついたドリンクとタオルを手渡す。
「ありがとうございます」
早速タオルで首元の汗を拭った星元は、そのまま列を抜けていった。ああしてよく見てみると、首筋や肩の骨格はしっかり男子なのだ。確かにピンク髪のツインテールは珍しいが、それも彼の特徴なのだろう。
次にやってきたのは快野先輩。茶色のリボンのついたドリンクとタオルを手渡す。そういえばこの人と直接会話を交わしたことはまだなかったっけ。
「柿﨑あやめちゃんだよね? 自己紹介がまだだったよね。俺は快野透哉。一週間、つーかもうあと六日か、よろしくね。あ、そういえば昨日の肉じゃがって柿﨑ちゃんが作ったんだって? 俺料理できる子好きなんだよ〜味も超うまかった! 今日の昼飯と夕飯も楽しみにしてるからってあぁ〜〜〜まだ話したかったのに〜〜〜」
「邪魔だよ」
月城さんの手によってベリッと音がするほどに勢いよく引っぺがされていった快野先輩は、押し出されるように列からはみ出していった。
「ごめんね、快野が喧しくて」
「い、いえ。気にしてません」
何とか笑顔を作ったが、恐らく頬が引き攣っているだろう。とりあえず空気を変えるため、白いリボンの付けられたドリンクとタオルを月城さんに手渡す。
月城さんは「ありがとう」と受け取ると、その場で一口含んだ。
「……うん。俺好みの濃い味だ。ありがとうね」
「いえ、仕事ですから」
そう答えれば月城さんは困ったように笑い、スマホで時間を確認してから全体へ休憩の終了時間を周知させた。
わたしとなぎさは一先ず仕事が終わったので、クーラーボックスはそのままに、昼食の準備のため宿舎に戻って食堂へ向かう。
「おじいちゃん来たよー!」
「ふぉふぉ。待っておったぞ」
背中で手を組んだレインがわたしたちを出迎える。
「今日の昼食は具材たっぷりの肉うどんじゃ」
「わーい! 肉うどんっ!」
役割分担を行い、それぞれ作業を行っていく。
レインはひたすらに麺を茹で、わたしはひたすらに具材を切る。肝心の味付けは料理慣れしているなぎさに任せ、三人一組で十三人分以上の料理を作っていく。兄弟のいないわたしたちにはわからなかったが、レイン曰く「中学生男子の食欲を舐めてはいけない」とのことで。
「なぎさ……」
「はーい」
特に料理慣れしていないわたしは滅法玉ねぎに弱く、その度になぎさに目元を拭ってもらっていた。恥ずかしい気持ちはあるが、それ以上に痛くて痛くて堪らない。
「うー……」
「これじゃあ素敵な花嫁さんになるのも夢のまた夢だね」
「なる予定ないわよ……」
何とか食事の用意を終え、わたしとなぎさは一足先に昼食を食べていた。
「まだ目痛む?」
「少しだけ……なんでなぎさは大丈夫なのよ……」
「んー、私だって痛むけど、結局は慣れかなぁ」
「わたしは一生慣れる気がしないわ……」
冬に食べるアイスと同じように、夏に食べる温かい肉うどんはまた特別感のある美味しさだった。
これならエネルギーも確保できる上に、男子中学生たちも満足してくれるだろう。
もしおかわりされるとしても麺は茹でればあるらしいし、一先ずわたしたちが次にするべきことはタオルの洗濯とスポドリの補充だ。
さっさと食べて仕事を終わらせてしまおう。
半分ほど食べ進めると、次第に選手たちが食堂へやってくる。
「綿付き〜! 今日の昼飯なに!」
「今日は肉うどんですよー! あと私は綿津見です!」
例の如く名前を間違えながら一番乗りでやってきたのは白亜先輩。なぎさは「綿付き」と呼ばれるのが気に食わないらしく、「私、一切綿なんて付いてないんだけど」と全身を確認しながらぷんぷんしている。
白亜先輩は人の名前を覚えるのが相当苦手……というか、強く印象に残った相手でないとしっかり覚えられないのだとか。なんとも失礼な特性持ちである。
花園先輩と――一方的に――話しながらカウンターに並んだ白亜先輩は、わたしたちが食べている量の二倍の麺をよそって肉汁を注いでいた。次いで花園先輩も、同じくらいの量を。……確かにレインの言った通り、彼らの食欲は侮れない。
わたしとなぎさは食堂の扉から一番奥の、カウンター寄りの席に座っていた。白亜先輩と花園先輩は中央列の真ん中寄りに座り、また駄弁りながら勢いよく麺を啜っていく。食べる量も多ければ速度も早いらしい。
続々と食堂へ集まってくる部員の中でも、水森と東は目が合うとパッと顔を明るくして手を振ってくれた。片や大振りに、片や小さく。それぞれに振り返して食べ進めると、部員全員が席に座る頃にはわたしたちは食べ終えていた。
「ごちそうさま! んじゃ、お皿洗ってタオルの回収とドリンク作りに行こ!」
なぎさの言葉に頷き、何か話したそうにしていた水森にはごめんとジェスチャーをして食堂を出る。外に出ようと思えば空っぽのボトルが入ったクーラーボックスとまとめられたタオルがエントランスに置いてあった。誰かしらがここまで運んでくれたのだろう。
なぎさにはボトルの洗浄を任せ、わたしはタオルの洗濯へ向かう。ランドリーに備え付けられた洗濯機に十二枚のタオルをポイポイと投げ入れ、スイッチを押す。その間に何かできることがないかとなぎさにメッセージを送れば、午後に使うサッカーボールをグラウンドに出しておいてほしい、との返信が来たため、ボールが置いてある外の倉庫へ向かう。
倉庫には昨日サッカーゴールを取り出して以来入っていないが、ボールは案外すぐに見つかった。カートに入っているボールをそのまま転がし、グラウンドへと運ぶ。
タオルの洗濯は確か五十分ほどだったから、またしばらく暇になってしまった。
ちらりとサッカーボールを見る。……小学校で一、二度触れた程度だが、興味がないわけでもない。何せ、この合宿ではサッカー好きな少年たちが楽しそうにサッカーの話題を話しながら生活しているのだから。
少し埃っぽいサッカーボールを雑巾で磨いていると、あっという間に三十分経っていた。
バイブレーションしたスマホに目をやれば、なぎさの方も洗い物が終わったらしく、今何をしているのかと聞かれた。正直に洗濯物待ちでグラウンドにてボールを磨いていることを伝えれば、すぐになぎさがやってきた。
「お疲れーあやめ! 何かやることある?」
「ううん、特には。ボールもこれで終わりだから」
そう言って綺麗になったサッカーボールをなぎさに渡せば、嬉しそうに笑ってくれた。




