第二十三話 事情と『きらきら星』
あっという間に時は流れ、管理人、基、レインと共に夕食の準備をしていたところに白亜先輩がやってきた。
「よう、マネージャー組! 練習終わったからボトル持ってきてやったぜ!」
「わー! ありがとうございます! もしかしてタオルも?」
「今洗濯中! 今日の練習は軽かったからな!」
「さっすが白亜先輩!」
なぎさに褒められて嬉しいのか、歯を見せて笑う白亜先輩。
「丁度良かった。白亜先輩、せっかくなので夕飯の味見お願いしてもいいですか?」
「マジ? よっしゃ!」
軽く冷ました肉じゃがを乗せたスプーンを白亜先輩の口元まで運べば、ぱくり、と食べてくれる。
普段料理をしないわたしはなぎさの指導の元作ってみたが、どうだろうか。
「……うん! 俺好みの味!」
「本当ですか、良かった……」
ほっと胸を撫で下ろし、洗い物に戻る。
「あやめ。このあとみんなはお風呂行っちゃうから、その間にもう一品作っちゃお!」
「え、もう肉じゃがも味噌汁も作ったのに?」
「いけるいける! なぎさ様に任せなさーいっ!」
ドンッと胸を勢いよく叩いたなぎさが咳き込むので、仕方なくその背中をさする。せっかくかっこよかったのに台無しだ。
なぎさはお父さんと二人暮らしだ。学校がある日はお父さんが料理を担当しているが、世話ばっかかけられない! と土日は進んで自分で料理をしているらしい。
この子は本当に強い子だ。
「あやめ、疲れてるでしょ? 部屋で休憩してきてもいいよ」
「そんな。悪いわよ」
「いいって! 今日は本当にありがとうね、あやめ!」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
手を振って見送ってくれるなぎさの視界から外れたところで、こっそりと連れ出してきていたレインに早速コブラツイストを食らわせる。
「いだだだだだッ! まっ、待って! 話せばっ、話せばわかるから!」
「なんであんたがここにいるの」
「月城くんから聞いたんじゃないの⁉︎ いだだッ! とりあえずこれ解いて! 死ぬ! 死ぬ!」
渋々コブラツイストを解いてやれば、レインは床に手をついて呼吸を整えていた。
「な、なんで……プロレス技つかえるの、あやめちゃん……」
「護身用に」
「どういうことなの……」
困惑しているレインの前にしゃがみ込み、ふさふさの顎髭に触れながら聞く。
「これが他の人の目を眩ませている錬金物?」
「うん……そうだよ。これを付けてる間は、魔力を持った子以外からは老人に見えてるはずだ」
「そう。最早あんたの交友関係には口出ししないわ」
「あははは……」
乾いた笑いを零すレインを立ち上がらせ、膝についた埃を払ってやる。
「とりあえず、今回は管理人としているならあまり干渉して来ないでよね」
「え〜? また恋愛フラグが立ちそうな予感がして楽しみなんだけどなぁ」
「……はぁ」
部屋に戻ったわたしはフルートのケースを持ち、グラウンドへ出る。
「出てきていいわよ、タコ助」
「はいっ」
指輪から出てきたタコ助は既にトランペットを構えていて、準備万端といった感じだ。わたしもそれに倣ってフルートのケースを開ける。
「こうして自然の中で吹くのもきっと刺激になるわ。気負わず、いつも通りやりましょう」
「わかりました!」
そうしてわたしたちは日課の練習を始めた。
タコ助の腕も徐々に上達しており、今では稀に不協和音が出てしまう程度の段階にまできた。この調子でいけば、綺麗な音色で曲を演奏できることも近いだろう。
大浴場からうっすらと聞こえてくる笑い声に混ざって、フルートとトランペットの音色が夜空に響く。
とても心地の良い時間だった。
部員が風呂から上がり、夕食になったとなぎさから電話があった。すぐに向かうと伝えて、急ぎ足で楽器を部屋に戻しに行く。一度三階まで上がってまた降りて来なくてはならないが、致し方ない。
食堂についた頃には、すでに全員が座って各々で食べ始めていた。
わたしもカウンターに並べられたプラスチックのトレイを持って、お皿に自分が食べられる量のおかずを盛り付けていく。
なぎさはあれからレタスと海苔を使った和風サラダを作ったようで、白米・肉じゃが・味噌汁・サラダと、非常にバランスの良い夕食となった。
さてどこに座ろうか、と見回すと、部員たちはそれぞれ仲の良いグループに分かれて食べているらしいことが見て取れた。その中に入っていく勇気はないので隅の方で一人食べようかと決めて足を進めたが、通り過ぎた席の一人から声をかけられた。
「柿﨑さん! よければ一緒に食べませんか?」
声をかけてきたのは水森だった。水森のグループは他に皇先輩と星元がいた。
皇といえば、わたしの名前を聞いてそのまま去った謎の二年生。星元はピンクのツインテールをした一年生の少年。
「あー……えっと、ご一緒して、良いですか?」
「私は構いませんよ」
答えたのは星元。皇先輩はといえば、どこか険しい顔をしているが無言は肯定と取っていいだろう。
水森の向かい、星元の隣に腰掛けてトレイを机に置く。「いただきます」と呟いて、サラダへ手を伸ばした。
「この肉じゃが、柿﨑さんが作ったんですよね?」
「ええ、まぁ……なぎさの指導の元、だけれどね」
「でも作ったのは柿﨑さんですもんね! 美味しくて、俺おかわりしちゃいました!」
ひょこひょこと犬の耳と尻尾でも見えるくらいにはしゃぐ水森。ここまで喜んでくれると、こちらまで嬉しくなってしまう。
「ふん。料理ごときで一喜一憂しやがって」
そう言ったのは皇先輩だった。思わずむっとするが、噛み付くように言い返したのはまた水森。
「美味しいものを美味しいって言って何が悪いんだよ」
「普通の肉じゃがだろ」
「作ってくれた人に感想と感謝を伝えるのは当たり前のことだろ」
「ハッ。“憧れの柿﨑サン”が作ってくれたから取り繕ってるだけじゃないのか?」
「なんだと?」
「お二人は落ち着いて食べることもできないのですか?」
星元の鶴の一声で二人は押し黙ってしまう。後輩に怒られる先輩と同期の一言で静かになる一年生の姿に驚いた。ここ二人の手綱を握っているのは星元らしい。
「すみません、柿﨑さん。めんどくさい席に呼んでしまって」
「い、いやいや、星元くんが謝ることじゃないから」
顔を見合わせ、同時に背ける皇先輩と水森の姿に思わず苦笑いを浮かべてしまう。確かにめんどくさそうなペアだ……と思ったのは内緒だ。
「あと水森、俺先輩な」
「ああ……すみません、忘れてました。小さくて」
「んだと」
「ゴホン」
言い争いを始めるかと思えば、星元の咳払いひとつでまた静かになる。随分と躾られている……というか、星元を怒らせてはいけない、みたいな暗黙の了解でもあるのだろうか。……怖くて聞く勇気はないけれど。
それからは(主に水森と)会話を交わしながら食事を終え、各々部屋へ戻ることになった。水森から夜の散歩に誘われたが、申し訳ないと思いながら断る。一時間だけの練習じゃわたしにもタコ助にも足りないから。
部屋に戻る前になぎさからお風呂に行こうと誘われたが、これも断った。入るなら外から戻ってきてからが良いし、それまでなぎさを待たせるわけにもいかない。
自室に戻ってフルートを持ち、再びグラウンドへ。
時刻は二十時過ぎ。就寝時間は二十二時らしいが、皇曰く、日付が変わる前に部屋に居れば怒られることはないんだとか。去年も合宿に参加したからこその情報だが、去年と部長が変わったため事実かは不明。
一先ず二十二時までは練習できるだろう。
「タコ助、出てきていいわよ」
夜空の下、フルートとトランペットの音色だけが響いている。そういえば、魔力のない人間からすればトランペットの音は聞こえないのだろうか。今まで気にしたことがなかった。
……まぁ、気にしても仕方がない。わたしにできることはフルートの練習と、タコ助の指導だけだ。
「うん、殆ど不協和音も出なくなってきたわね」
「師匠のご指示のおかげです!」
「あんたの努力の結果でもあるのよ」
「えへへ」
照れているタコ助の頭を撫で、ふと考える。そろそろ音出しから脱しても良いのではないか、と。
「タコ助、なにか演奏してみる?」
「えっ良いんですか!」
「ちゃんと音が出るようになってから、わたしが最初に演奏した曲なんだけど……」
拙いながらも、しっかりと奏でられているメロディに頬が緩むのがわかる。最初に聞いた時はあんなにも酷い音だったのが、いつの間にかこんなに成長していたことが自分事のように嬉しくて堪らない。
学校指定のジャージが汚れることも気にせず、グラウンドに座り込んでタコ助の演奏を聞く。
都会では見られない、星々の海を見上げながらの『きらきら星』は、どこか幻想的だった。
「どっ、どうでしたか、師匠!」
「……うん。ちゃんと吹けてた。上手くなったね、タコ助」
キラキラした目で見上げてくるタコ助の丸くて柔らかい頭を撫でる。
子の成長を見守る親はこんな気持ちなのだろうと、中学生ながらに思った。
ちらりとスマホを見る。時刻は二十一時半。あと三十分なら練習できるが……。
「もう少し練習する?」
「はい! 『きらきら星』はきれいに吹けるようになりたいです!」
「よし、じゃあ決まりね! 時間まで徹底的に『きらきら星』の練習するわよ!」
「がんばります!」
びしっと敬礼をしたタコ助にもう一度最初から奏でるように指示を出す。ゆっくりで良いから間違えずに吹くこと。それが最初の課題だ。
そうして吹かせること二十分強。そろそろ時間も近付いてきたところで、タコ助が言った。
「師匠! 自分、師匠の『きらきら星』も聞きたいです!」
確かに、一度聞かせるのも悪くないか。
立ち上がり軽くお尻についた砂を叩いて、フルートを持ち直す。
リッププレートに下唇を乗せて、歌口に息を吹きかけた。
夜空に響く『きらきら星』。タコ助にもわかりやすいように、ゆっくりと吹く。
「すごい……さすが師匠です! ほんとうにお星さまが目の前にあるみたいで!」
「ふふ、なにそれ。さ、そろそろ部屋に戻るわよ」
「はい!」
タコ助が指輪に戻ったのを確認し、その場を後にする。
きらきらと輝く星空の下、ひとつの人影がわたしを見ていたことに気付かずに。




