第二十二話 驚きと初仕事
「ふぉふぉふぉ。元気な若者がたくさんで元気をもらえるのぉ」
「……………は?」
「柿﨑さん、どうしたんですか?」
「あ、いや……なんでも……」
横から声をかけてきた水森に言葉を濁して返す。
そこには、もさもさの白い髭を顎に付けたレインがいた。
「わー! ちっちゃくてもふもふのおじいちゃんだー!」
「こら、失礼だろう。うちの部員がすみません」
はしゃぐなぎさを諌めた月城さんがレインに頭を下げる。まさかみんな、本当に管理人に見えてる?
管理人の言葉でそれぞれが割り当てられた部屋に移動する。荷物を置いたら一度食堂に集まる算段だ。
六之江中学校サッカー部の部員数は男子が九人、女子が二人。そこに助っ人のわたしを加えて、計十二人だ。
さすがに男女が同じ部屋になるわけにはいかないので、三階の一人部屋を部長の月城さんとわたしでそれぞれ使うことになった。一人部屋は階層が違うらしく、階段を登りながら隣の月城さんに話しかける。
「……あの管理人って、レインですよね」
「そうだね」
「やっぱり気付いてたんですか……」
「魔力を持ってる俺ときみには彼の本来の姿が見えるけれど、他の子たちには本当に管理人に見えているはずだよ。そういう錬金物を使っているそうだ」
錬金物、と聞いて、最初にレインと出会ったときのことを思い出した。そういえばあの時に羽織っていた真っ白なローブも、魔力を持つ人間以外には見えない効果がある錬金物なんだと言っていたっけ。
「それにしても、どうしてレインがここに……」
「俺も顔合わせしたときに驚いて聞いたんだけれどね、どうやらここの本当の管理人がギックリ腰で動けなくなってしまったそうなんだ。そこで、知り合いのレインくんに白羽の矢が立った、ということらしい」
「レインくんの知り合いだから、ただの人間ではないと思うけどね」と付け加えた月城さんは、割り当てられた部屋――三〇一号室に入っていった。
わたしの部屋はその隣、三〇二号室だ。
この合宿所は一階がエントランス、休憩スペース、食堂、大浴場、管理人の部屋となっている。二階からが宿泊部屋となっており、二階は二人部屋、三階が一人部屋という構成。
また三階の宿泊部屋の反対側には露天風呂があるらしい。時間で男女が切り替わるらしいが、具体的に何時からが男子なのか女子なのかは不明だ。質問すれば答えてくれるとは思うが、それ以外に聞きたいことがありすぎて聞くとしても後回しになるだろう。
とりあえず部屋に荷物を置き、さっさと食堂へ向かう。時間は十二時少し過ぎ。きっと昼食が用意されていることだろう。……そう願っている。
驚いたことに、昼食として用意されたカルボナーラは信じられない美味しさだった。あまりの美味しさにレインの方を見れば、どことなくドヤ顔をしているように見える。
本当に信じられない。部屋を散らかす才能だけじゃなくて、料理の才能もあったなんて……。
昼食を終え、月城さんの指示の元、午後から早速練習を始めることとなった。各選手が各々ウォーミングアップや走り込みを行っている間、わたしとなぎさは合宿所にあった組み立て式のサッカーゴールをグラウンドにセット。それからバスに乗せてあったスポーツドリンクのボトルや粉末、タオルなど諸々が入ったダンボールを一緒に運び、早速ドリンクの作り方を教えてもらう。
「って言っても作り方は簡単だよ。ボトルに水とスポドリの粉を入れて混ぜて、クーラーボックスに入れれば完成!」
そう言って早々にひとつを完成させるなぎさ。
わたしは持ってきたメモ帳にポイントとなりそうな言葉をメモしながら話の続きを聞く。
「あ、でも人によって味の好みが違うからそこは注意かなー。私も最初はわかんなかったんだけど」
そう言いながら選手ひとりひとりの名前と、好みの分量を教えてくれる。必死にメモしている間も慣れた手つきでスポドリを作っていくなぎさは、もう立派なマネージャーの姿をしていた。
最初は神社の修行から逃げるために入部していたというのに、ここまで楽しそうに語るなぎさを見ていると嬉しい気持ちと少しの寂しさを感じる。
「なぎさは、サッカー部のみんなが大事なのね」
なぎさは満面の笑みで答えた。
「うん! だから、あやめと一緒に仕事ができて嬉しい!」
その言葉に、わたしも笑みを零した。
ドリンクの入ったクーラーボックスとふわふわのタオルを分担して持って、グラウンドに備え付けられているベンチまで持っていく。
なぎさが通る声で全体に声をかければ、月城さんが休憩の指示を出してグラウンドを走っていた選手たちがぞろぞろとやってくる。
何をすればいいのか、となぎさに聞こうと振り向いたところ、なぎさは笑顔で両手にドリンクとタオルを持っていた。
「今日はあやめがみんなに渡してきて! 顔と名前を覚えるチャンスだよ!」
なぎさなりの気遣いだろう。運良く選手たちの歩く速度は疎らで、これなら渡すのに手間取らない。
一番乗りでやってきたのは、髪の根元が若干黒くなりかけている金髪の人。背後から名前を教えてもらい、ドリンクとタオルを差し出す。
「お、お疲れ様です、白亜先輩」
「ん、さんきゅ! えーっと、蟹﨑ちゃん?」
「……柿﨑です」
「ああそうそう! 悪ぃ悪ぃ、名前覚えんの苦手なんだわ!」
明るく笑った白亜先輩の次に来たのは、ガタイの良い黒髪短髪の目付きの鋭い人。
「お疲れ様です、静島先輩」
「……」
「あ、あの?」
再び声をかければ、静島先輩は黙ってドリンクとタオルを受け取って言った。
「なにあの人……」
眉間に皺が寄るのを感じていれば、背後からなぎさの「静島先輩はすっごい無口なの! だからあんまり気にしないであげて」というフォローが飛んできた。だとしても礼のひとつはするのが礼儀ではないだろうか。……今回の場合は、わたしは全く作る側に回っていないから、言われる筋合いはないけれど。
次に来たのは、ピンク色の髪をツインテールにした子。
「お疲れ様、星元くん」
そう声をかければ、彼は驚いたように目を見開いた。
「びっくりした……てっきり女の子と間違えられるかと思ったのに」
「今回の合宿はわたし含めて女の子は三人ってさっき聞いたから、男の子だろうなーって思ったの。それにほら、似たような子もいるから」
頭に思い浮かんだのは、水森の顔。彼も随分と女性的な顔立ちをしていた。
「とりあえず、ありがとうございます。……間違えないでくれて」
「? どういたしまして」
最後の言葉が妙にひっかかったが、背後から回ってきたドリンクとタオルを受け取った頃にはすっかり頭から抜け落ちていた。
次に来たのは、金髪と青い目が綺麗な人。
「お疲れ様です、神風先輩」
「Thank you アヤメ!」
なぎさによると彼は帰国子女らしい。殆どを海外で過ごしたらしく、少しカタコトだ。あと、何故かクッソつまらない親父ギャグでも彼の前で言うのは禁止なんだとか。
次に来たのは、背の低い黒髪ショートヘアの少年。
「お疲れ様です、皇先輩」
「……お前、柿﨑っていうんだろ」
「え? えぇ、そうですけど……」
彼の言葉に首を傾げるもその言葉に続きはなく、スタスタと歩いていってしまった。一体何だったのだろうか。
次に来たのは水森。
「お疲れ様、水森くん」
「ありがとうございます、柿﨑さん。……ドリンクは、柿﨑さんが作られたんですか?」
「え? ううん。今日は見てただけ」
「そうですか……」
どこかしょんぼりとした様子を見せる水森だったが、すぐに顔を上げて「マネージャー業頑張ってください」と言ってくれた。わたしの中で水森は完全に癒し枠に設定された。
次に来たのは、長い白髪に赤い目をした――アルビノを彷彿とさせる、すらりと背の高い人だった。
「お……お疲れ様です、花園先輩」
「……ん、ありがと」
花園藤士郎。中学生ながらモデルとして芸能界に身を置く人。最近テレビで見ないと思っていたら、まさか部活に所属していたとは。信じられない美しさを目の当たりにして一度息が止まったが、腕を伸ばしてなんとかドリンクとタオルを受け取ってもらえた。
ある意味で一番緊張したかもしれない。
ふぅ、と息を吐いて次の人をみれば、彼女は駆け足で来てくれた。
「お疲れ様、東さん」
「うんっ、ありがとう。柿﨑さんもお疲れ様」
「え、あ、いや、わたしはまだ何もしてないから」
「ううん。ちゃんとマネージャーのお仕事してくれてる。だから、お疲れ様」
にこりと笑って言いのける東の言葉はどうにも小っ恥ずかしくて、少しだけ頬に熱が集まるのを感じながら指先で頬をぽりぽりと掻いて誤魔化した。
さて、と。残りのドリンクは二本。
前方から歩いてきているのは月城さんと……月城さんに首根っこを掴まれている誰か。
「あれは快野先輩だね。目を離すとすーぐどっか行っちゃうから、度々ああやって部長に引き摺られてくるの」
「へ、へぇ……随分特徴的だね」
なぎさに教えられた情報を脳内でメモしながら、二人がやって来るのを待った。
「お疲れ様です。月城さん、快野先輩」
「ああ、ありがとう、柿﨑」
「ありがと〜あやめちゃん」
「快野、お前はあとで説教だ」
「そんなぁ! 俺まだ何もしてないっすよぉ!」
そう言ってまたズルズルと引き摺られていく快野先輩。……どうやらこのサッカー部は、随分と個性が強いようだ。
「練習が終わったらボトルとタオルを回収して、洗浄ね。そしたら一先ずマネージャーの仕事は終わり!」
「すごい仕事量……なぎさ、あんたやればできる子だったのね」
「えっへん!」




