第二十一話 夏合宿と再会
雷電の誕生日パーティから二週間。期末テストも終わり、残りは終業式だけとなった。
「一学期も終わりね」
「ああ、長いようで短かったな」
「わたしにとっては充分長かったけどね……」
禍津と話しながら体育館へと向かう。今日が過ぎればあとは夏休み。さっさと課題を終わらせて音楽の練習に励もう、そう考えていた矢先。
「柿﨑さん。少しいいかな」
「えっ、月城さん? 生徒会代表挨拶で先に体育館に行ってるんじゃ……」
「急用なんだ。ごめんね禍津くん、少し借りるよ」
突然現れた月城さんに有無を言わさず連れてこられたのは三階の踊り場。ここの階段を使う生徒はほぼ居ないので、実質二人きりだ。
「あの、急用ってなんですか」
「折り入って頼みがあるんだ」
今まで見たことがないほどの真剣な表情に思わずたじろぐ。上履きが床と擦れて音を鳴らした。
頼みってなんだろう。魔法のこと? いやでもわたし、召喚術以外に使えないし……しかも魔法陣がないとダメだし、錬金術関連ならレインに頼めば……。
悶々と考えていたが、月城さんの言葉で我に返る。
「――ということなんだ。引き受けてくれるかな?」
「えっ」
すみません、聞いてませんでした。……なんて言える空気でもなく。
「このままだと綿津見ひとりが働きっぱなしになってしまって……」
「な、なぎさが?」
どうしてここでなぎさが出てくるのだろう? けれどあの月城さんがここまで言うのだ。余程の事情があるのだろう。
「……どうだろう。引き受けてくれないだろうか」
月城さんとなぎさの共通点といえば、部活動。そう、二人共サッカー部に所属していたはず。
恐らくだが、部活関連で頼み事があるのだろう。そういえばなぎさが「マネージャーがひとりしかいなくて仕事回んないよ〜」だとかで泣き言を吐いていた気がする。……とすると、夏休み中の部活の手伝い、とかだろうか。
「……わかりました。引き受けます」
すると月城さんはパッと顔を明るくして、詳しいことは綿津見から追って伝える! とだけ言い残して走り去ってしまった。
……まぁ、なぎさの力になれるなら、いいか。
深く考えることもせず、わたしは月城さんを追うように体育館へ向かったのだった。
その日の夜、タコ助と練習をしている最中だった。スマホから着信音が流れ、一度中断する。
「もしもし?」
『あ、もしもしあやめ? ありがとね、部活の件引き受けてくれて!』
「ああ、うん」
やはり部活動関連の頼みだったらしい。
大方、夏休みも学校に来てマネージャーとして手伝って欲しい、とかの内容だろうと高を括っていた。
……直後、わたしは昼間の自分を恨むことになる。
『じゃあ合宿は三日後から一週間あるから! よろしくね!』
「…………は? 合宿?」
その後レインに一週間は店に行けないことを連絡し、大急ぎで母にも合宿に行くことを伝えたのだった――。
特に待ちに待ってもいない三日後。
早朝、朝日が照らす七時に学校のグラウンドへ呼ばれたわたしは全員の前で挨拶をすることになった。
月城さん……部長の一声で全員が静かになる。さすがのカリスマというか、威圧感というか。
「今日から合宿が始まる。が、その前に助っ人として来てくれた柿﨑さんに挨拶をお願いしようと思う。よろしく、柿﨑さん」
そう言って全員の前に立たされたわたしは、遠い目をしながら自己紹介をする。
「……柿﨑あやめ、です。一年です。不束者ですがよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をすれば疎らに拍手が聞こえてくる。そそくさと下がってなぎさの隣に並んだ。
「あやめにしては控えめな挨拶だったんじゃない?」
「うるさいわよ」
あれ以上に何を言えっての。
そうこうしている間に連絡事項を伝え終えた月城さんは荷物を持ってバスに乗るよう指示を出す。
部員は十人程度しかいないのに、バスはマイクロバスだった。恐らくそれぞれの荷物の量を想定したものなのだろう。
わたしは一番前の席に腰掛け、通路を挟んでなぎさと隣になるように座る。着替えなどが詰められた荷物は自分の隣に乗せ、練習用に持ってきたフルートは傷つかないよう、大切に置く。
「改めて来てくれてありがとう〜あやめがいるだけで百人力だよ〜!」
「いやいやいや……マネージャー業務に関してはなぎさの方が先輩だから、全然力になれないと思うけど」
「私の心の支えなの!」
ふんすっ。と胸を張るなぎさ。ここまで言ってくれるのは嬉しいが、期待されすぎても困る……というのが本音である。
シートベルトを閉めてバスが発進する。行先はわたしたちの住む町・六之江から七十キロほど離れた場所・宵ヶ峰。調べたところによると合宿所は住宅街から離れているが、コンビニやスーパー、ドラッグストアが近いとのこと。人口減少の影響で子供よりも老人が多い地域らしいのだが、住宅街まで行く予定はないらしいのであまり関係はないだろう。
なぎさと他愛もない会話を交わしていると、ふと後ろの席からトントン、と肩を叩かれる。通路側から振り向けば、黒縁の眼鏡をかけたおさげの女の子がいた。
「あの……あたし、東咲綾。女の子同士、仲良くしてくれるとうれしい、な」
東と名乗った少女は恥ずかしそうに笑った。
「よろしく、東さん。えっと、あなたはプレイヤー、なの?」
なぎさの話ではマネージャーは彼女ひとりだったはずだ。
「う、うん。あっ、時間があるときはマネージャーの仕事も手伝ったりするから、もしかしたらなにか役に立てるかも……!」
「女の子でプレイヤーなんて珍しいね」
「咲綾ちゃんってばすごいんだよー! ポジションはFWなんだけどね、ボール持つと一気に――」
「わっ、わー! わ、綿津見さん! そ、それ以上は言わないでっ……恥ずかしいから……!」
「えー? ボール持った咲綾ちゃんかっこいいのにー」
「うぅ……」
顔を真っ赤にして俯いてしまった東は、恥ずかしそうに指先を弄り始めてしまう。さすがに可哀想なことをしただろうと視線をなぎさに投げかければ、なぎさは片手を後頭部に持っていって「あちゃー」と呟いた。あちゃー、じゃないでしょ。
それにしても、まさかなぎさ以外に女の子がいるとは。心強い味方ができた気持ちで少しだけ合宿への期待が高まった。
バスに揺られること三時間。着いたのは実に自然豊かな場所だった。木造建築の合宿所の目の前には大きなグラウンドが広がっており、ここでならプレイヤーたちもめいっぱい練習できるだろう。
前の席から順番に降り、芝生の上に降り立つ。深呼吸をする。都会では味わえない澄んだ空気が美味しい。
全員が降りたところで月城さんが管理人を呼んでくると言って一度ここを離れた。途端、うるさくなる一団。これをまとめ上げていた月城さんの影響力、すごいな……。あの人の場合、笑顔で鎮めそうだ。
……なんて失礼なことを考えていると、また背後から肩を叩かれる。東か? と思って振り返れば、別の少女だった。――この子、どこかで見たことがある。
記憶を掘り返そうとした瞬間、少女の口からアルトボイスが発せられた。
「柿﨑あやめさん、ですよね」
「そうだけど……あなた、どこかで」
少女は嬉しそうに微笑む。
「俺、水森玲って言います。以前、河川敷であやめさんに助けられた、元水泳部です」
あの時の光景がフラッシュバックする。手すりから身を乗り出そうとした少女。肩がダメになったのだと、泣いていた少女。
「あ……あぁー! あの時の!」
「はい。あの時の、です」
「サッカー部に入ったのね!」
「柿﨑さんの言葉に従って入部したら、意外と楽しくて……今まで続けられてます。改めて、あの時はありがとうございました」
そう言って頭を下げる水森をなんとか制し、顔を上げてもらう。
ふと、疑問が走った。
「……失礼な質問だけど、玲って……男の子みたいな名前ね」
「俺、男ですよ」
「うそッ⁉︎」
よくよく思い出してみれば、あの時もズボンを履いていた……気がする。気が動転しすぎて確認すらしていなかったけれど。
「ご、ごめんなさい。本当に失礼なことを聞いちゃった……」
「気にしないでください。よく間違えられるので」
へらりと笑った水森。男の子、と言われても……どう見ても少女にしか見えない。彼には失礼だけれど。
だって、本当に可愛らしい顔立ちをしているのだ。なぎさも可愛い部類の顔立ちをしているが、水森の場合は美麗系の可愛らしさをしている。シャープな頬にぷるんとしたピンクの唇、ぱっちりとした優しげなたれ目。片目が前髪で隠れているのがミステリアス感を醸し出してより一層――ってわたしはなにを言っているんだ。
ぶんぶんと頭を振り、邪な考えを追い出す。心配してくれる水森に大丈夫だと答えれば、ほぼ同時に月城さんが管理人を連れて戻ってきた。




