第二十話 酔っぱらいの恋バナ
壇上へ目を向ければ、そこには明るい金髪をオールバックに硬め、煌びやかな装飾の施された白いスーツにワインレッドのシャツを着た雷電が立っていた。褐色肌に白色が映えている。
「お越しくださった皆さま。本日は私の誕生パーティに御足労いただき、誠にありがとうございます」
マイク越しに聞こえてくる雷電の言葉に、思わず衝撃を受けたのはわたしだけではなかったらしい。隣の禍津も目を見開いている。まさか雷電があんなに丁寧な言葉を使えるとは。仮にも財閥のご子息様、と言ったところか。
彼はしばらく身の上や今年の抱負などを話し終えたあと、今日はめいっぱい楽しんでほしい、との締め言葉と同時に拍手が巻き起こる。
釣られるようにわたしたちも拍手をして、再び音楽が流れ始めた。
「さすが、財閥の御曹司ね。音楽も生演奏だなんて」
口元に手を当てるふりをして指輪に向かって小声で「プロの演奏よ。しっかり聞いてなさい」とタコ助に言い聞かせる。了承の代わりに、指輪の石がキラリと光った。
「……なぁ、お前も誕生日になったらこういうパーティとか開くのか?」
ふと隣に立っている禍津から問いかけられた。顎に手をやり、我が家の誕生日パーティの様子を思い浮かべる。
「わたしの家は雷電ほど大きくないから、少人数の知り合いを集めて簡単に祝うだけよ。今年は、そうね……少なくともレインと、勉強会をしたみんなは呼ぼうかしら」
「ふうん」
「なに、不満?」
「いや、そういうわけじゃなくて……俺だけ場違いかと思って」
そう言ってスーツのネクタイを少しだけ弛める禍津。余程しっくりこないようだ。
「ふふ、そんなことないわよ。ちゃんと似合ってる」
本当よ? と付け加えれば、禍津は更に頬を赤らめてふいっとそっぽを向いてしまった。褒められ慣れていないのだろう。
「あやめ〜! 禍津く〜ん! こっちに料理あるよ〜!」
遠くからブンブンと手を振っているなぎさの無邪気さに呆れと愛おしさを覚えながら、禍津に左手を差し出す。
「あそこまでエスコート、してくださる?」
「……やり方、わかんねーけど」
「わたしの手を取って隣を歩いてくれるだけでいいから」
恐る恐るわたしの手を持った禍津は、緊張した様子でゆっくりと歩き始める。
「あははっ、左手と左足が同時に出てるわよ」
「う、うるせぇ」
ようやく辿り着いた先では、三人が談笑しながら料理を頬張っていた。……具体的には、頬張っているのはなぎさだけだったけれど。
「エスコート、ありがとう」
「……お、おう」
手を離し、なぎさの元へ向かう。
――後ろで名残惜しそうに手を見つめていた禍津には気が付かずに。
「このケーキ美味しい〜!」
「もう、口元についてるわよ」
「んぐ」
ハンカチでなぎさの口元を拭っていると、突然背後から両肩を掴まれる。
「うぎゃッ⁉︎」
「あははっ! かわいー!」
「ら、っ雷電⁉︎」
そこに居たのは本日の主役、雷電光次郎だった。
「二人共ドレス似合ってるね〜! なぎさちゃんは黄色のカクテルドレスかぁ! 膝上までのフレアスカートがいいね! 重なってるシースルーがまるで向日葵みたいだ!」
「えへへ〜!」
「あやめちゃんは大人っぽい濃い紫のAラインドレスか……うん。膝下まであるのがあやめちゃんっぽいね! スリットが入ってるけどふんわりしたレースで見えにくいし、薄ピンクのショールとの相性も抜群で最高にかわいいよ!」
「あ、ありがとう……」
妙に説明口調の雷電に引き気味になりながら、一応感謝の言葉を伝える。褒められて悪い気はしないが、ここまで詳しく言われると嬉しいよりも先に怖いが感想として来る。
「雷電も似合ってるじゃないか。孫にも衣装だね」
「月城〜? それどういう意味〜?」
意外と仲の良いこの二人。今は異なるが、一、二年の頃は同じクラスだったらしい。お調子者の雷電としっかり者の月城さんとでお互いに足りないところを補い合っている、という印象だ。
「ね、あやめちゃんどう? 似合ってる?」
矛先がこっちに向いてきた。
改めて雷電を見ると、まぁ、確かに似合ってはいる。
ワインレッドのワイシャツが褐色肌に馴染んで、それを引き立たせるように白いスーツと裾に金刺繍された模様が綺麗だ。
「……まぁ、似合ってると思うわよ。かっこいい」
最後のは思わず口から飛び出た言葉だった。大して意識もしていなかったが、目の前の男が珍しく静かになったことを不思議に思って顔を上げると、びっくりするほどに顔を真っ赤にした雷電がいた。
「……え」
「ご、ごめん。ちょっと、こっち見ないで……」
両手で自分の顔を覆い隠しているが、耳や首まで真っ赤なおかげで照れているのは丸わかりだ。
「そこまで照れることないんじゃ……」
「……す、好きな子からかっこいい、なんて言われて、嬉しくならないわけないじゃん……」
……そういえばそうだった。雷電は出会い頭に告白してくるような男だった。しかし押しには弱いのか、なるほど。
ひとりで納得していると、雷電はごほん、と咳をして調子を取り戻す。
「……それで、こっちの子は?」
雷電の視線はレインに向けられた。
レインは先程と同じように恭しく礼をしてから自己紹介をする。
「本日はお誕生日おめでとうございます。僕はレイン・カエルレウム。あやめちゃんの……知り合い? 友達?」
「知り合いで良いんじゃないの」
「そんな冷たい!」
わたしとレインのやり取りに目を細めた雷電は、へぇ、と小さく呟くとわたしの肩を抱く。
「ま、俺とあやめちゃんはいつか恋人になるからね〜。なーんも気にしてないけど!」
「ならないわよ!」
「またまた〜恥ずかしがらなくていいのに」
一つ歳を重ねても、雷電は相変わらずのようだ。
しかし突然くるりとわたしの身体を回転させた雷電は人前にも限らず、ぎゅっと抱きしめてきた。
「っは、⁉︎」
「本当にかわいいよ、あやめちゃん。今日は来てくれてありがとう」
「わ、わかった、わかったから一回離して! みんな見てるから!」
顔に熱が集まっていくのを感じながら雷電の広い胸板を必死に押し返す。すると意外とすぐに離してくれる。一体なにがしたかったのか。
「ま、みんな楽しんでってよ。俺は色々挨拶とかあるからさ!」
またね〜! と手を振って人混みに紛れていく雷電。集まった熱を冷ますように手で顔を仰いでいると、にんまりと笑ったなぎさが視界に入る。
「……なによ」
「いや〜? 本当に愛されてるんだな〜って」
「…………」
その言葉に何故か言い返せず、わたしは押し黙ってしまった。
五人で談笑しながら飲食をし、高級なワインに夢中になってほろ酔い状態になったレインにささやかなゲンコツを食らわせたところで、タイミング良くパーティはお開きになった。
禍津と月城さんとは会場の入口で別れ、入口付近に止まっていた我が家のリムジンに三人で乗り込む。
帰り道の途中で家の近所まで通りかかったなぎさを降ろし、大通りを通って商店街の入口へ向かっていた最中。
「それにしてもあやめちゃんはほんとに人気者だね〜僕びっくりしちゃったよ〜」
「はいはいどうも」
酒に酔ってふにゃふにゃ笑いながら言うレインに適当に相槌をする。しかし次の瞬間、わたしはガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
「一体誰と付き合うんだろうね〜」
「っはぁ⁉︎」
「僕のおすすめはね〜やっぱ月城くんかな〜顔良し! スタイル良し! 魔法にも錬金術にも理解がある!」
「ちょ、バカ! 渡波がいるところで何言ってんの!」
運転手の渡波は我関せず、といった様子で静かにハンドルを握っている。
「二歳差ってわるくないよ〜? しかも同じ学校の先輩後輩ってこう、くるものがあるし〜」
「黙りなさいこの酔っ払い!」
「いだぁっ!」
ゴンッと勢いよく振り下ろした拳はレインの頭頂部に当たり、ようやく静かになった。
「……渡波、聞かなかったことにして」
「もちろんです」
はぁ。と溜め息をついて横で気絶しているレインを盗み見る。
わたしの誕生日には酒は用意しないでおこう。そう心に決めながら。




