第十九話 雷電家の誕生日パーティ
無事にテストも終わり、一学期も終盤。
今日も変わらず同じ毎日を過ごしている。朝にランニング。放課後は呼び出しか時間があれば駄菓子屋へ。帰ったらお風呂と夕食を済ませてタコ助と楽器の練習。日付が変わる前に就寝。
毎日毎日同じ日々の繰り返しで、楽しい、と言ったら嘘になる。しかし決してつまらないわけではない。
タコ助のトランペットは次第に腕を上げているし、なぎさも修行からある程度逃げられるようになって楽しそうにサッカー部のマネージャーをしているのを見かける。
隣の席の禍津とは更に会話を重ねるようになり、教室に突撃してくる雷電の追い返し方も何となく掴んできた。
月城さんとは、すれ違うときに軽く挨拶をする程度。それ以上でも、以下でもない。
レインの元では、最近錬金術の手伝いをさせてもらえるようになった。今までは素材の収集だけだったけれど、例えば鍋をかき混ぜるだとか、液体を別のビーカーに移し替えるだとか。もちろん魔物の召喚と素材集めも変わらず行っている。
そんな日々を過ごすこと一ヶ月と少し。あともう少しで期末テスト、というところで雷電から声をかけられた。内容は、自分の誕生日パーティがあるから来て欲しい、とのこと。
いくらウザったい存在だとしても、誕生日を祝わないほどの鬼畜度合いは持ち合わせていない。
例の勉強会メンバーは全員声をかけられたようで、みんな参加の意を示しているらしい。ただひとつ問題があるとすれば、雷電が財閥の御曹司だということ。
過去にも雷電財閥に限らずパーティに参加したことはあるが、ほぼ全ての会場でドレスコードが必要とされている。
一応成長期なので、背も伸びるし膨らむ部分もある。そのため贔屓にしているデザイナーを呼んで採寸を頼んだのだが……。
「わー! レインくん久しぶりー!」
「久しぶり、なぎさちゃん」
「なんであんたがここにいるのよ!」
ビシッと指差した先はレイン。なぎさに関しては同じパーティに出席するとの
ことで母の計らいにより呼んでいたのだが、コイツに至っては何も聞かされていない。そもそも雷電との関わりもないというのに。
「え? だってあやめちゃんのお母さんから来ていいよーって言われたし」
「あんたなら自分でスーツくらい用意できるでしょ!」
「だってオーダーメイドのスーツってかっこいいじゃん」
そう言ってのけるレインには最早呆れるしかなかった。
デザイナーから名前を呼ばれて嬉しそうにタタタッと駆けていくレインの後ろ姿を見ながら、眉間に寄った皺を揉みしだく。いつか皺が標準装備になりそうで怖い。
「ねーねーあやめ」
「なに?」
「レインくんってさ、何歳なの? パーティだけだったら制服でも良いんじゃないかなーって個人的に思うんだけど」
「ああ……そのことだけど、アイツ、成人してるらしいの」
「うそぉッ⁉︎」
わたしも最初は嘘だと思った。わたしと同じくらいの身長、なんなら少し低いくらいなのに、車の免許証は持っているし、以前コンビニへ連れられて流れるようにお酒を買おうとして年齢確認をされたがちゃんと通ってしまったし。
この世界がおかしいのかレインがおかしいのか、成人済みの事実を知ったその後三日間は考えに考えすぎて発熱すらしてしまった。
隣でボソッと「合法ショタ……」と呟いているなぎさに関しては完全無視することにして、レインの採寸が終わるのを待った。
来る七月二日。雷電の誕生日パーティ当日。
黒のリムジンの後部座席に、奥からなぎさ、わたし、レインの順番に座っている。運転手はうちのお手伝いさんの一人、渡波だ。
夕暮れ時、西の空に太陽が沈みかかっているにも関わらず、雷電財閥のパーティ会場周辺は恐ろしく渋滞していた。
「申し訳ございません、お嬢様。しばらく動きがないかもしれません」
「渡波が悪いわけじゃないから気にしないで。どうせ雷電財閥の関係者が会場の目の前で降りようとして混んでるだけでしょう」
このままでは開演に間に合わないと考えたわたしたちはその場で降りることになった。紫と黄色のドレスの少女が二人とネイビーのスーツの少年が一人。目立たないわけがなく通り過ぎる人がちらちらと見てくるが、そんなに気にすることでもない。会場までは残り一キロといったところだろうか。
「なぎさ、歩けそう?」
履きなれていないヒールを時折気にしているなぎさに声をかければ、「ちゃんと靴擦れ対策はしてるから大丈夫!」とVサインと一緒に元気な言葉が返ってきた。
向暑といえど、日が暮れると少しばかし肌寒くなる。わたしは薄桃色のショールを羽織り直すと、二人と共に歩みを進めた。
遠目からでもわかるほどの、一際明るい建物。道路にずらりと並んだ高級車たちは、雷電の誕生日パーティに招待された金持ちたちだろう。
歩くこと十分と少し。ようやく見えてきた入口には大々的にレッドカーペットが敷かれ、ゆっくりとご令嬢やらご子息が降りてくる。予想通り、行列の原因はこれだろう。
「すごーい! 本当に上流階級のパーティって感じ!」
「ちょ、なぎさ! 勝手に行かないの! 走らない!」
珍しい光景に余程興奮しているのか、冷めやらないなぎさは転ばない程度に駆け足で先に会場へと入ってしまう。
最悪迷子になったらスマホで連絡が来るだろう、と追いかけることはやめにして、レインと共にゆっくり歩くことにした。
入口に近付けば近付くほどに賑やかさは増していく。眩いほどに金銀装飾を纏った煌びやかな女性がエスコートされていったところで、横から手を差し出された。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「……なんのつもり?」
「なにって、エスコートだよ。こういう場では常識だろ?」
……まあ、あるとないとでは雲泥の差ではあるけれど。
胸に手を当てて右手を前に差し出したレインの手に、左手を重ねる。
「……じゃあ、今夜は任せたわよ」
「うん、任されました」
レインが微笑むだけで周りの女性がちらちらとこちらを見てくる。そういえば顔だけは良いんだ、コイツ……。
階段を登る時は斜め後ろから支えてくれ、会場に入れば近すぎず遠すぎずの適切な距離感で、ゆっくりとわたしのペースに合わせて歩いてくれる。
なんだ、やればできるじゃん。なんて上から目線で考えていれば、先に会場入りしていたなぎさが大きく腕を振ってアピールしていた。
「まったく、元気なんだから……」
小さく手を振り返せば側に居た男性二人に声をかけてこちらに早足で寄ってくる。よくよく見れば、あの二人は禍津と月城さんだった。
「もう合流できたんだ」
「うんっ入口の近くで待っててくれたみたい!」
それにしても、と言葉を付け加えたなぎさの視線の先は、わたしたちの手元。
「レインくんにエスコートしてもらってるんだ〜? へぇ〜?」
「深い意味はないわよ」
「まぁこういう場所だとエスコートは基本中の基本だもんね〜?」
「なぎさは一人で走って行っちゃったものね」
「うっ」
痛いところを突かれた、と頬を引き攣らせるなぎさの姿に思わず笑いが込み上げる。
「ふふ。でも良いんじゃない? 雷電にもマナーとか気にしないでって言われたし」
「ま、まあね〜」
そうこう会話を交わしていると、禍津と月城さんがこちらへ歩み寄ってきた。二人共スーツを着ているが、禍津のものは若干サイズが合っていないように見える。
「やあ、柿﨑さん。綺麗なドレスだね」
「ありがとうございます。月城さんこそ、スーツがお似合いですよ」
「そうかな? 着慣れないから少し不安だったんだけど、柿﨑さんに言われたら安心したよ」
月城さんが微笑むと、また周りの女性たちの視線が集まる。ただでさえ綺麗な銀髪が目立つというのに、それでいて高身長でスーツも似合っているのだから、集中されないはずがないのだ。
「それで、そちらの方は?」
話を振られたレインはわたしから手を離し、恭しく礼をする。
「初めまして。僕はレイン・カエルレウム。きみたちのことはあやめちゃんから聞いているよ」
「……レイン・カエルレウム……ああもしかして、きみが噂の」
「おや、僕のことを知ってくれているのかい? それは光栄だね」
どことなく入り込めない空気ができあがった二人から離れて、禍津の方へ歩み寄る。禍津は緊張しているのか、視線も合わなければ体すらこちらを向いていない。
「禍津」
声をかければビクリと肩を震わせて、ようやくこちらを見た。
「っ、あ、あぁ、柿﨑か」
「学校ぶり。スーツ、似合ってるね」
「そ、そうか? 兄貴のを借りたから、少し大きいんだが……」
「そこまで気にならないわよ」
「そ、うか。……か、柿﨑も」
「うん?」
「柿﨑も……ドレス、似合ってる」
「! ふふ、ありがとう」
まさか禍津から褒め言葉が出てくるなんて雪でも降るのか、と茶化そうとしたが、せっかく素直に褒めてくれたのでこの場ではやめておいた。彼の言葉は素直に受け取ろう。
ほんのりと頬を赤らめていた禍津の視線の先にはレインがいる。そういえば初対面だったか。
「彼はレイン。駄菓子屋を経営してる、わたしの知り合い」
「あ、あぁそうか。……知り合いか」
どこかほっとした様子を見せる禍津に首を傾げていると、会場内で流れていたクラシック音楽が一度止まった。




