第十三話 束の間の休息
その翌日からタコ助には登下校以外は指輪に入ってもらうことになった。毎度の如く授業中に邪魔されるから、指輪の存在には割と感謝している。
そしてその放課後、久しぶりに会ったなぎさはどこかやつれた様子だった。
「ど、どうしたのなぎさ。そんなゲッソリして」
「そんなに……? まぁ、土曜から四日間みっちりお父さんにしごかれたから……」
「……神社の跡取りってのも大変だね……」
この町はワタツミ様という海の神様に護られているらしい。ワタツミ様は随分と偉い立場の神様らしく、ワタツミ様を信仰する神社の跡取り娘であるなぎさには、それはもう大変な修行が毎日のようにあるのだとか。具体的にどんなものかは知らないけれど、こうして数日間会わないと大抵やつれている。一度なぎさのお父さんに会ったことがあるけれど、ザ・厳格って感じの人だったからな……。なぎさの言う修行も相当のものなのだろう。
「うえーんあやめぇ〜! 帰りたくないよぉ〜!」
「そんなこと言われても……」
「帰ったらまた修行修行修行! 一日くらいサボりたい!」
「わたしにどうこうする力はないんだけど……あ、そうだ」
パッと思いついたのは駄菓子屋の存在。なぎさの帰り道の方角だし、少しくらいの寄り道なら許されるのではないだろうか。
「じゃあさ、ちょっと寄り道しない? 良い場所知ってるんだよね」
「寄り道⁉︎ するするする!」
思った通りの食い付き具合に思わず笑みがこぼれる。
じゃあ行こうか、となぎさを促して、禍津に「また明日」と声をかけて、共に下駄箱に向かう。「いつの間にイケメンくんと仲良くなったの⁉︎ もしかして好き同士とか⁉︎ 恋人なの⁉︎」としつこく聞かれたことは言わずもがな。
必死に否定しながら歩くこと十分程度。商店街に入り、いつもの道で曲がる。
「へ〜、こんな道あったんだ」
「わたしも最近知ったの。そろそろ見えてくるよ」
裏路地を抜け、少し開けた通りに出る。そのすぐ向かいにあるのが、『駄菓子屋しゑる』だ。
「うわ〜お! ボロっ……趣のある駄菓子屋! というかこんなとこに駄菓子屋あったんだね! 商店街とかいつも通り過ぎてるのに全然知らなかった」
「せっかくだし何個か奢ってあげる」
「えっホント⁉︎ やりぃ!」
「修行がんばったんでしょ」
「うんうん! 超がんばった! 何にしよっかな〜!」
ぴょんぴょん跳ねながら入口をくぐるなぎさを追って、わたしも店内へ足を踏み入れる。
ふと首を傾げる。いつものいらっしゃいの声が聞こえず不思議に思っていたら、カウンターに突っ伏して寝ているレインの姿があった。唯一の店員がこんなんじゃ、商品を盗まれたとしてもどうしようもできないじゃん……。
店内をくるくる回って時折声を上げているなぎさを無視して、レインの肩を揺する。
「レイン、起きて」
「ぅ、ん〜……」
眠そうに何度も長い睫毛を瞬かせたあと、陽光に煌めいた海面のような爽やかな碧眼が覗く。ふらふらと視線を漂わせた後にようやく目が合った。
「あれ〜……あやめちゃん……? いまなんじ……?」
「十七時。午後五時よ」
「えっうそぉ⁉︎ あででっ、腰が……!」
前屈姿勢からいきなり起き上がった拍子に腰を痛めたらしい。わたしより若そうなくせに、なにしてんだか……。
呼吸を整えながら腰をさすっているレインの元に、カゴいっぱいに駄菓子を詰め込んできたなぎさがやってくる。
「あやめ〜! これ買って〜……ってなにこの美少年⁉︎」
絶対食いつくと思った。レインは顔だけは良いからなぁ……性格は最悪だけど。重要事項を黙ってたり、有無を言わさず魔物の素材集めという名目である種の借金返済を手伝わされたり。
一人遠い目をしていればいつの間にか仲良くなっていたらしい二人はマシンガントークを交わしていた。なぎさが非常によく喋ることは知っていたけれど、まさかレインもなぎさについていけるほどの口数だったとは。
ちなみに、なぎさの小学生の頃の渾名は『機関銃のなぎさ』だ。もちろんその口数の多さから付けられたものである。年齢を重ねるごとに徐々に減っていたが、その才能は未だに健在らしい。人間というのは変わらないものなのだなぁ。
「……ねっあやめ!」
「えっなにが?」
「まーた話聞いてなかったの〜⁉︎」
そもそも聞く気がなかった。とは決して口が裂けても言えない。言ったら最後、また最初から最後までを話されるからだ。
「だーかーら、あやめが今二人の男の子に狙われてるよねって話!」
「はッ? なんでそうなるの⁉︎」
「聞いたよ〜あやめちゃん。例の禍津くんと生徒会長の月城くんでしょ? いやぁ、意外とモテるんだねぇきみ」
「意外とは余計よ!」
によによと笑ってこちらを見てくるレインに拳を見せればふいっと視線を逸らされる。さすがになぎさに暴力を振るうわけにはいかないので、この場は口頭注意で終わらせることにした。
「禍津くんは転校生だから気にかけるのは当たり前! 生徒会長は知らない! あと、どっちも恋愛感情とか絡んでこないから! 絶対!」
「え〜うっそだぁ〜! 少なくとも生徒会長はその気があるんじゃないの? だって指輪送られたんでしょ、指輪!」
「あっあれは! あれは違くて……!」
「なにが違うのよ〜! このこの〜!」
脇腹を優しく肘で突かれながら言い訳を考えるが、まさか送られた指輪が錬金術と魔法の賜物だと説明できるわけもない。
「っと、とにかく! それ以上からかってくるならお菓子買わないからね!」
「えっそれは困る! 買って買って!」
「はーい、お買上げありがとうございま〜す!」
ここぞとばかりに声を上げたレインの姿に溜め息を吐きながら財布を取り出す。ここが駄菓子屋で良かった……。随分と安い値段を紙幣で払いお釣りをもらい、なぎさの背中を押すようにして店をあとにする。
「はい、これで今日も修行がんばれるわよね!」
「うんっがんばるがんばる!」
ビニール袋を持ったなぎさは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。この姿を見るとなにも言えなくなってしまうのだから、わたしも甘いものだ。
残念ながらなぎさとは全く別の帰り道だ。商店街を突っ切るなぎさと別れ、学校方面へと戻る。いつの間にか指輪から出てきていたタコ助がわたしの頭の上に乗って「すごい女の子でしたね」なんて言ってくる。わたしもそう思う、と同意して小声で会話を交わしていれば、不意に背後から肩を叩かれた。
振り返れば息を切らしている男の子がいる。褐色肌に明るい金髪をした彼は、手で握りしめていた何かをこちらに差し出してきた。
「はぁっはぁ……これ、落としたよ」
「あっ、ハンカチ」
ポケットをまさぐれば確かにハンカチがなくなっている。そして彼の持っているハンカチにはA.Kの刺繍がされており、わたしのイニシャルを示していた。
「あ、ありがとうございます!」
ぺこりとお辞儀をすれば頭から滑り落ちたタコ助を何とかキャッチしてハンカチと一緒にカバンに押し込む。「何するんですかー!」と抗議の声が聞こえるが今は無視するしかない。
それじゃあ、と踵を返そうとすればまた声をかけられる。
「あのっ、もし間違いだったら申し訳ないんだけど……きみって、柿﨑あやめちゃんだったり、する?」
「え……な、なんでわたしの名前……」
驚愕に固まるわたしとは対照的に、目の前の彼はぱぁっと顔を明るくして満面の笑みを浮かべた。
「俺、雷電光次郎! 昔さ、ヴァイオリンのコンクール出てたよね⁉︎」
コンクール。その言葉に頭の中が冷えきっていく感覚がした。
「親父に連れられたコンクールだったんだけどさ、そこで柿﨑あやめちゃんのヴァイオリン聞いて聞き惚れちゃって! ああ違う、聞き惚れるっていうか、なんつーか」
わたしの様子が変わったことに気がついたのか、カバンの中からタコ助が不安な表情でこちらを見上げてくる。そんなことにも気が付かず、わたしは目の前の男の話を聞いていた。――いや、聞くしかなかった。
音楽のコンクールに関する話題は、わたしが最も避けたい話題だった。
「つまりさ、あの時一目惚れしたんだよ! 俺と付き合ってください!」
「……はっ?」
商店街のど真ん中。綺麗に頭を下げながら右手を差し出してくる雷電光次郎という男。当然目立つわけで、黒歴史を掘り起こされたショックと突然の告白に脳がショートして逃げるようにその場を去ってしまったのだった。




