第十二話 契約
「いらっしゃいあやめちゃん! ささっ、工房に来て! 良い報告があるよ〜!」
周囲に音符でも舞っているほどの上機嫌で案内された工房には既に三人分のティーカップが用意されており、机の中央には例の指輪が置かれていた。
レインの様子を見るに、あれの正体がわかったのだろうか。
いつもの席に腰掛けて注いでもらった紅茶に角砂糖を入れて一口飲む。ダージリンの華やかな香りと砂糖の甘さに体から力が抜けていく。
タコ助も机に乗ってカップに注がれたオレンジジュースを美味しそうに飲んでいる。そういえばタコにオレンジジュースって良いのだろうか。どちらにせよ本物のタコではないから関係はないのだろうけど。
「んっふふ〜。それじゃあ早速、この指輪についてわかったことをお話しようじゃないか!」
相も変わらず上機嫌で指輪をつまんだレインは、はめ込まれた石を指差した。
「この石の部分、魔物を入れる容器になっているんだ!」
「はぁ……魔物を、入れる?」
「そうそう! 例えばあやめちゃんとタコ助は今別々に行動しているだろ? 移動する時も昨日や今日みたいにカバンに入れなきゃいけない。そこでこれさ! この石の中にタコ助を入れれば重さも関係なく二人一緒に居られる、ってわけ!」
「へぇ」
「興味なさそうだね!」
「まぁ……なんとなく、タコ助を持ち運ぶのに慣れてきた頃だし」
紅茶を飲みながらそう答えれば、「それだけじゃないんだよ!」と珍しく身を乗り出してまで指輪のアピールをしてくる。
「これは僕の推測だけど、この指輪を経由することで魔物と“契約”できるんじゃないかな!」
「契約?」
「そう! そもそも魔物との契約は向こうの世界……魔界では普通のことだったんだ。魔法使い一人につき、一匹の魔物と契約してその力を貸してもらう。でもこっちの世界ではそれができない。何故だかわかるかい?」
「……魔力がないから?」
「うーん惜しい! 正解はこっちの世界には魔力が満ちていないから、魔物が形を保てないんだ! だからタコ助も本能的に人間の影に潜むことで存在が消滅しないようにしていたんじゃないかな」
なんとなく言っていることがわかるような、わからないような……。
「つまり何が言いたいかというと、このままだとタコ助はこの世界から消えちゃうよってこと!」
「えっ」
「自分消えるんですか⁉︎」
今まで自分事だと思っていなかったらしいタコ助はオレンジジュースを口の端からこぼしながら心底驚いていた。持っていたハンカチで拭ってやりながらレインに向き直る。
「じゃあわたしがタコ助とその契約? っていうのをすれば、タコ助が消えることはないの?」
「大正解!」
ばちんっとウィンクをしてキメポーズまでするレインから目を逸らして、彼のつまんでいる指輪に視線を送る。まさか、月城さんからもらった指輪にそんな力があるなんて。……待って? そういえば月城さんも同じ指輪をしていたような……。
「……ねぇレイン。この指輪って、どこで手に入るの?」
「うん? 物によるけど、これほど高い精度を持った契約容器は……魔法使いと錬金術師が協力して作ったとしか思えないね」
「魔法使いと、錬金術師が協力……」
「……そういえばあやめちゃん。この指輪、どこで手に入れたの?」
「学校の先輩からもらったの。いつか君の役に立つから、って」
「ふーん……へぇー……なるほどねぇー……」
何がなんだか受け入れきれていないわたしとは真逆に、レインは合点がいったように考え込んでしまう。しかしすぐに顔を明るくしたかと思えば、「使えるものは使っちゃおう!」とわたしに指輪を押し付けてきた。
促されるまま適当に選んだ左の中指に指輪をはめるが、契約の手順なんて知っているわけもない。
レインに聞けば「僕も知らな〜い」と返されてしまう。さっきまでの頼りになった彼はどこに行ってしまったのか。
「まあまあ、怖い顔しないで! とりあえず、どうしてあやめちゃんはタコ助と契約したいの?」
「どうしてって、だって契約しないと消えるんでしょ? 存在が」
「そういうことじゃなくて、もっと根本的なことの方だよ。何か理由があるんじゃない?」
理由。そう聞かれてパッと思いついたのは、タコ助に音楽を教えること。タコ助にはわたしの音楽が“本当の音楽”だと言い切ってしまったけれど、本来音楽は形に囚われるものではない。
ならばわたしは、どうして契約してまでタコ助を留まらせようとしているのだろうか。
静かに考え込んでしまったわたしの代わりに、タコ助が口を開く。
「……自分は、師匠に音楽を教えてもらいたいです。師匠の奏でた音色は、自分の体の奥にジーンって響いて、自分が目指す音楽はコレなんだ! って思いました」
「タコ助……」
「だから、お願いします! 師匠、自分と契約して、師匠の音楽を自分に教えてください!」
いつかのように体をぺたんと折り曲げて、深々とお辞儀をするタコ助。それを断るほど、わたしも鬼畜ではない。――それに、約束したしね。
「……もちろん。契約しよう、タコ助。わたしはあんたに音楽を教える。あんたはあの不協和音をどうにかする。約束だもんね」
「師匠……! はい!」
途端、はめていた指輪の石が強く光った。それは眩くも、暖かな光だった。
光が収まった頃、発光源である指輪を見れば、無色透明だった石は白濁色へと変わっていた。見る角度によって若干色が変化するそれはパールに近いだろうか。
「……これ、契約できた、ってこと?」
「そうだね。おめでとう、あやめちゃん、タコ助!」
拍手と共に祝ってくれることにどこかむず痒さを感じながら、タコ助と顔を見て笑い合った。
「それにしても、まさか学校の先輩が指輪の送り主だったなんてね」
「何か問題でもあるの?」
「問題……ううん、なにも問題はないよ。ただ……」
「ただ?」
「――その人も魔法使いの可能性があるって考えていただけだからさ」




