第十一話 生徒会長と指輪
今日もなぎさは休みだ。どうやら今回の家の用事は随分重要なものらしい。彼女は神社の跡取りだし、色々と大変なのだろう。
タコ助は今日もカバンに潜んでの登校だ。どうやらわたしからあまり離れたくないらしい。誰にも見向きされなかった過去があるから不安になるのだとか。
というか、わざわざカバンに潜む意味はないのではないだろうか。普通の人間に見えないのならカバンから出ても問題はないのでは? そう伝えてみればタコ助はハッとしていた。
そうと決まれば! とわたしの頭によじ登ってきたタコ助。カバンに入られるよりは重さを感じないからこれがベストの選択、だろう。多分。そもそも、そこまで重いわけではないのだが。
「師匠の頭は居心地が良いですね!」だなんて笑っているタコ助。生憎わたしは誰かの頭に登ったことがないので共感はできないが、タコ助が良いなら良いのだろう。
教室に入れば既に自席に座っている禍津が目に入る。
「おはよう、禍津くん」
「……おはよう」
まさか挨拶が返ってくるとは。驚きを隠しながら席につけば、禍津の影を見ながらうずうずとしているタコ助が視界に入る。
「……タコ助」
小声で声をかければ、タコ助はびくりと震えてえへへと笑った。曰く、禍津の影の中は非常に居心地が良かったらしい。
『転校生の彼、君の隣の席のようだね。どうか彼のことをよく見てあげてくれ』
ふと、月城さんの言葉が脳裏を過ぎった。同時に嫌な想像も。
魔物であるタコ助にとって非常に居心地の良い場所。もしかしたら、それは他の魔物にも当てはまるのではないだろうか。
「……まさか、ね」
口から漏れ出ていた独り言を聞いたタコ助は、訳がわからないというように首を傾げていた。
真新しいものに興味津々のタコ助に散々授業を邪魔されながら一日を終える。さて帰ろうか、とタコ助を頭に乗せて廊下に出た途端、今一番会いたいようで会いたくない人と顔を合わせてしまった。
「うわっ」
「やあ柿﨑さん。驚かせてしまったかな?」
運が良いのか悪いのか、教室の扉を開けた途端に出会ってしまったおかげでわたしの言葉は彼の中で“驚いた”ということになっているらしい。内心ほっとしながら用事があるので、と立ち去ろうとするも引き止められてしまう。
「柿﨑さん、指輪はどうしたんだい?」
……こんな不特定多数のいるところで聞くだろうか、普通。以前なぎさに聞いたところによると、月城さんは相当な有名人かつ学校で一番のモテ男、とも呼ばれているらしい。そんな人物から「指輪」という言葉が出てみろ。刺されるぞ。わたしが。ほらもう、教室の中や廊下の向こうから女子たちの悲鳴が聞こえてくる。
「ゆ、指輪、指輪ですね。えーっと、今知り合いに預けてて……」
「どうしてかな。俺は柿﨑さんに指輪を送ったのだけれど」
指輪という言葉を強調して言う月城さんの声に、遠くの女子が倒れた。違う、決して違うから。プロポーズとかそういうのじゃないから。頼むから変な勘違いだけはしないでくれ。
「ど、どうしてって……その、使い道がわからなかったので、そこら辺に詳しい人に調べてもらって……」
「なら俺に聞けばよかったじゃないか」
「押し付けてきた張本人に聞けるわけないでしょ! ……あ」
思わず本音が出てしまった。ごほん、と咳払いをしてなんとか誤魔化すことに専念する。
「じゃ、じゃあ月城さんに聞きますけど、あの指輪、どうやって使うんですか?」
月城さんは軽く首を傾げて「もう使っているんじゃないのかい?」と言う。……どうしてそうなった?
「だってほら」と月城さんが指差すのはわたしの頭――つまり、タコ助。
咄嗟にタコ助の頭を引っ掴んでカバンにぶち込む。「えっ師匠⁉︎」とタコ助の困惑した悲鳴が聞こえたが、そんなことを気にしている場合ではない。
「……月城さん、見えてるんですか」
「ああ、“視えて”いるよ」
途端、わたしの中で月城さんへの警戒度が一気に跳ね上がった。意味のわからない指輪を押し付けてきて、まさかタコ助まで見えるだなんて。まさか、以前の会話で禍津を気にかけろって言ってたのもタコ助の存在を知っていたから?
思わず後退りをすると、月城さんはすぅと目を細めて言った。
「安心してくれていい。君たちに危害を与えるつもりはないさ」
「……信用できません」
「困ったな。……じゃああの指輪の使い方を教えてあげよう」
今、最も欲しかった情報だ。
あの指輪がなんなのか、どうして月城さんはわたしにあの指輪を押し付けてきたのか、それがわかれば……。
「おい、なにしてんだ」
しかしそこに第三者の声が入る。
声のした方を向けば、教室の出入口で仁王立ちをした禍津だった。
「ま、禍津……」
「行くぞ、柿﨑」
「えっ、あ、ちょっと!」
腕を引かれて廊下を歩かされる。つんのめりそうになりながらも背後を振り向けば、月城さんは相変わらずの底が読めない笑顔でわたしたちを見送っていた。
「うーん、少しは彼女のことを知れると思ったんだけどなぁ」
生徒会室に向かいながら、月城は独り言を呟く。――否、それは独り言ではない。月城は傍聴者がいることを知っていたのだ。
「……何故あの娘に執着する」
地を這うような低い声。背筋がゾッとするような声にも怖気づかず、月城は言葉を交わす。
「執着しているつもりはないよ。ただ気になるだけさ」
生徒会室の扉を開き、生徒会長用の椅子に腰掛ける。目の前に溜まった書類に目を通しながら、不意に窓の外を眺めた。その目には禍津に腕を引かれながら歩いている柿﨑の姿が映っている。
「彼女は自分でも気付いていない、強大な力を持っている。それが吉と出るか凶と出るか、“その時”に俺に味方をしてくれるか――見定めているだけだからね」
三日月型に歪められた双眸は、確実に一人の少女を捉えていた。
校門まで連れられ、ようやくその手を離された。
「はぁッ……はぁッ……もうっ、なんなのよ……!」
膝に手をついて出し切った二酸化炭素の代わりに酸素を吸う。このくらい距離を走っただけで息が上がるなんて、やっぱり体力足りないのかな。なんて考えながら顎まで伝ってきた汗を手の甲で拭う。
禍津はといえば多少肩を上下させるだけで、大した汗もかいていない。本人もどこか困惑した様子で、自分の手を――しかもさっきまでわたしの腕を掴んでいた方の――見て呆然としている。
「ちょっと、聞いてんの!」
少し大きな声を出せば禍津はハッとしてようやくこっちを見た。
「あ、あぁ……なんだよ」
「なんだよ、じゃないわ! もうっ、急に引っ張るかと思えばこんなとこまでっ……はぁ……疲れた……」
思わずしゃがみそうになるのを堪えてレンガ造りの塀に寄りかかる。
禍津はキョロキョロと視線を泳がせながら、小さな声で言った。
「……これは、前の借りを返しただけだ」
「は? 借り?」
脳裏をよぎるのはタコ助が禍津の影に入って彼が崩れた時のこと。まだ一週間も経っていないというのに、随分昔のことのように感じる。
「……邪魔だったか」
どこか弱々しく聞いてくる禍津に調子を狂わされる。
「別に、邪魔とかそんなんじゃ……むしろ助かった。ありがとう」
真っ直ぐに気持ちを伝えれば、禍津は緊張の糸が切れたように小さく笑った。
「……あんた、笑えたのね」
「は?」
「教室でもいっつもぶすっとしてるから、てっきり表情筋が死んでるかと思ってたんだけど」
「……お前は豊かすぎるんだよ、ブス」
「だぁれがブスですってぇ⁉︎」
反射的に拳を握り締めると禍津はぼそりと「暴力女」と呟いた。その後禍津の頭頂部にタンコブができたことは言うまでもない。
「じゃあわたしこっちだから」
「……帰るんじゃないのか」
「寄り道よ。行く場所があるの」
「……ふーん」
「なによ」
「なんでもねぇよ、ブス。じゃあな」
「だからブスじゃないって言ってるでしょ! じゃあね!」
少しでも良い奴だと思ったわたしがバカみたい。
心配そうにカバンから覗き込んでくるタコ助の頭を軽く撫でてやって、その足で駄菓子屋へと向かった。
それにしても月城さんはやっぱりあの指輪の使い方を知っていたようだった。……一応、レインに言っておこうかな。




