第6話 転生者、佐藤大河のケース(下)
サトウタイガ君は、私の指差した先にいる冴えない青年を見て目を輝かせた。
「おお!!まさに一般的な冒険者!!村人Aのごとき完璧なモブフェイス!!」
失礼極まりないタイガ君の言葉に、私は内心で深く同意した。
相変わらず、初対面の相手から舐められやすい男、ダン。
冴えない見た目で、装備もくたびれた革鎧。
どこからどう見ても底辺冒険者にしか見えないが、こう見えても彼は、この町を分割統治する貴族・カイゼル家の御曹司なのだ。
毎回毎回、見事にテンプレ転生者たちから「モブ男」扱いされるダン。ふふっ、ずっと見てられるくらい面白いわ。
私はポーカーフェイスを保ちながら、彼に視線を送った。
「またかよ、クロエ。俺は今、究極に暇を持て余すという重要な任務に就いてるんだが」
「いいから。新人さんの相手、してあげて」
「……まぁ、今回はわざわざ森の奥まで死にに行く奴の案内じゃなくて、裏の訓練所で済むならいいか。よし、受けて立つよ」
ダンはやれやれと首を振りながら、腰を軽く立ち上がると、ギルドに併設された裏の訓練所へとタイガ君を誘った。
◆◆
土埃の舞う、ギルド裏の訓練所。
向かい合うタイガ君とダンは、それぞれ木製の模擬剣を握っていた。
私は暇つぶしがてら、二人の間の中央に立ち、審判役を務める。
さて、お手並み拝見と行きますか。
私は冷めた目で二人を観察する。
剣の握り方と立ち姿を見ただけで、勝負の行方は火を見るよりも明らかだった。
タイガ君は、まるで大根でも引っこ抜くかのように剣をガチガチに握りしめ、無駄な力が入っている。
対するダンは、だらりと剣を下げて隙だらけに見えるが、重心は完璧にブレておらず、いつでもステップを踏める体勢を作っていた。
「じゃ、いくよ」
私が右手を上げる。
ゴクリ、と音が鳴るほどに唾を飲み込むタイガ君。
その農作業で鍛えられた逞しい身体は、これから始まる「異世界での初バトル」への喜びに満ちて、武者震いのようにブルブルと震えている。
「はじめ」
私の合図が下りた直後、タイガ君は動いた。
「おおおおおおッ!!俺の隠されし力よォォォッ!!」
ドスッ!ドスッ!と、重い足音を立ててダンへと一直線に突進する。
農夫として毎日クワを振るっていたその肉体は、確かに元の世界の肉体よりは強いだろう。たぶん。だけど、扱う者の頭がまともならの話だが。
大上段から、力任せに振り下ろされる模擬剣。
当たれば骨が折れるであろうその一撃を、ダンはふわりとステップを踏み、紙一重で身をかわした。
「うおっ!?あ、危ねぇっ!!」
ダンはわざとらしく尻餅をつきそうになりながら、ギリギリで避けたように振る舞う。
出た。ダンのあれ、素人っぽさを出して相手に『いける!』と希望を持たせるプレイング。
本当にあいつ、心の底から性格が悪いと思う。流石はカイゼル家の人間。しっかり毒されてる。
「くそっ!ちょこまかと!ならば連続攻撃だ!!オラオラオラァッ!!」
タイガ君が乱暴に、デタラメな軌道で剣を振り回す。
それをダンは、「ひぃっ!」「おぉぉっ!?」と情けない悲鳴を上げ、わざとらしく驚きながら、全て剣の腹や最小限の動きでいなしていく。
見慣れた私からすれば、ただの極悪な『舐めプ』なのだが、それが相手に悟られないよう巧妙に演じるダンは、見事な役者だった。
……やっぱり、性格が悪い。
「ハァッ……ハァッ……ぜぇっ……!」
5分後。
無駄な大振りを繰り返し、完全に体力を使い果たしたタイガ君の足が、ついにピタリと止まった。
その瞬間。
ダンの目から、先ほどまでの「冴えないモブ男」の光がスッと消えた。
「――もらった」
トンッ、と。
一瞬の踏み込み。タイガ君が瞬きした直後には、ダンの握る模擬剣の切っ先が、タイガ君の首筋にピタリと添えられていた。
「勝負あり」
私が淡々と告げる。
ガラン、とタイガ君の手から模擬剣が滑り落ちた。
そのまま膝から崩れ落ち、深く項垂れるタイガ君。
その瞳からは、先ほどまでの「主人公としての輝き」は完全に失われ、残酷な現実を突きつけられた敗者の目をしていた。
ふふっ。意外と理解が早いみたい。自分がこの世界の主人公じゃないって、骨の髄まで分かったかな。
「悪くない。馬鹿だけど、最近の奴よりは素直だ。彼ならこの世界に馴染めるんじゃないか?」
元いた指定席(木箱の上)に戻る途中、私とすれ違い様に、ダンがボソッと囁いた。
「――俺達みたいにな」
「……まぁね」
私は周囲に聞こえない声で短く返し、ふっと微かに微笑んだ。
そう、このギルドで底辺を装う御曹司も、受付の私も、中身はこの「勘違いテンプレ男」と同じ世界から来た転生者だ。
私は仕方なく、地面で項垂れたままのタイガ君の前にしゃがみ込み、そっと手を差し伸べた。
「いきなり最強なんて都合の良い話、ないから。でも、きみなら……地道に下積みをすれば報われるよ、きっと」
少しだけ、同郷のよしみで優しい言葉をかけてやった。
すると。
「……ハッ!」
タイガ君が、バッと顔を上げた。
その瞳には、失われたはずの『あの光』が、先ほどよりもさらに強い輝きを放って宿っていた。
「そうだ!!そうだとも!!いきなり勝てるわけがない!だってこれは、チュートリアル直後の『負け確イベント』なんだからな!!」
タイガ君は私の手を両手でガッチリと握りしめ、感動に打ち震えながら叫んだ。
「ありがとう受付嬢さん!俺、負け確イベントを経て、ここから這い上がる系のスロースターター主人公として頑張るよ!!」
「…………」
――ダメだ、こりゃ。
私は唐突な頭痛に、頭を抱えたのだった。
ポジティブすぎる大河君でした。そしてダンの「舐めプ」、完全に性格が悪いですね(笑)。
【次回予告】
過去最悪のダークヒーロー気取りが登場! ギルドで暴言を吐く彼に対し、ダンが仕掛けた「致命的な〇〇〇」とは?
そして物語は少しずつ真相へと迫っていきます……。少しずつ狂い始める日常をお楽しみください。




