第10話 転生者、白江廻のケース
黒猫軒。
香ばしい肉の匂いと喧騒に包まれた店内で、私は温かいスープの入った木製マグカップを両手で包み込んでいた。
けれど、指先の微かな震えはどうしても止まらなかった。
「ねぇ。今日来た、アイツ……昨日夜に見た夢で、地球にいた私を殺そうとしてきた男なんだけど」
向かいの席でいつものように串焼きを頬張っていたダンが、ピタリと動きを止めた。
「トラックに轢かれて死んだから、転生してきたのかな」
私は努めて平静を装って答えた。
ダンと夕食を共にし、こうして明るい場所にいるからなんとか正気を保てているけれど、今日は流石に怖かった。
夢と、現実。
姿形は違えど、私は同じ狂気から2回も殺されかけたのだ。目の前でその男の死体が、黒い煤になって消えるという異常な光景のおまけ付きで。
そんな日に、独り身の女が、暗い夜道を歩いて独り家に帰り、静かなベッドで眠るなんて、余りにも心細すぎる。
店を出て、冷たい夜風が頬を撫でた瞬間。
「……ちょっと!今日、無理かも。一人で眠るの怖すぎるから。またあの夢も見たくないし」
気づいたら、私はそそくさと自分のねぐらへ帰ろうとするダンの腕を、両手でガッチリと握りしめていた。
「……仕方ないな。家まで送るよ」
ダンは困ったように頭を掻いて頷いた。
けれど、私の要求は『送ってもらうこと』などでは毛頭なく。
◆◆
「おい、クロエ。引っ張るなって」
夜道。街灯の魔石ランプがポツリポツリと道を照らす中、私は逃げるように去ろうとするダンの腕を掴み、半ば強引に自分の家へと引きずり込んだ。
私の家。
今は亡き、この世界の育ての親であるオバァちゃんと暮らしていた、小さくて古いけれど可愛らしい一軒家。
暖炉の薪の匂いと、ハーブを干した香りが染み付いた、私の唯一の安全地帯だ。
「俺がここにいることがバレると、色々と面倒なことになるんだが」
ダンは玄関の土間でブーツを脱ぐことすら躊躇いながら、深くため息をついた。
無理もない。ここは、数日前の転生者が乗っ取った肉体の実家・ダスクマン家が治める領地。
もう一つの有力貴族であるカイゼル家の御曹司が、夜にダスクマン家の領地の若い娘の家に上がり込んでいるとなれば、余計な騒ぎを起こしかねない。
「じゃあ、昼に来た殺人鬼みたいなのに私が殺されてもいいってわけ?私の代わりの受付嬢は、きみみたいな生臭で怠惰な冒険者、速攻でギルドから追い出すかもよ」
「あぁ、もう。分かったよ。悪かった」
私の脅し文句に、ダンは観念したようにブーツを脱ぎ、きしむ木の床へ上がってくれた。
「じゃあ、俺は居間で本でも読んでるから。何でもいいから早く寝てくれ」
「ダメ。お風呂も入らずに寝られないから。私たち、日本人じゃん。ついてきて」
「……は?いや、ここに俺がいるんんだから大丈夫だろうが」
明らかに動揺し、数歩後ずさるダン。私はその背中を容赦なく押し、脱衣所の前まで歩かせる。
「お風呂って、映画とかでだいたいヒロインが襲われて殺される現場になるんだよ。シャワーカーテン開けたらバーン!って」
「いつの時代のB級ホラー映画だ」
ダンは呆れたようにツッコミを入れながらも、結局は脱衣所のドアの外、廊下の冷たい板の間にドカリと胡座をかいて座り込んでくれた。
◆◆
ちゃぷん、と。
温かいお湯に肩まで浸かり、ようやく自分が生きていると実感して、少しだけ涙が出た。
ドア一枚隔てたすぐ外には、この理不尽な世界で私を確実に守ってくれる男が座っている。その事実が、何よりも心を安らかにしてくれた。
「……そういえばさぁ」
湯船で膝を抱えながら、私はドア越しにポツリと声をかけた。
「ん?」
「私、前世で配信者やってたんだよね」
「……そ、そうなのか」
ドアの向こうから、少しだけぎこちない声が返ってくる。
「ダン、配信者って文化は知ってるんだ」
「そりゃ、クロエと同じくらいの時代に生きてたし⋯⋯」
「ふーん、初めて話してくれたね。ダンの前世の話」
「⋯⋯⋯⋯」
沈黙するダン。
私はお湯で顔をパシャパシャと洗いながら、ふふっと笑った。
「それでね。こう見えて、結構いろんな人が私の配信を見てくれてたんだよ」
「……それは、良かったじゃないか」
「うん。良かった。昨日もね、嫌な夢の話だけど、夢の中でも私、配信者しててさ。そこで、前世でよくコメントくれた人が、即コメで『後ろ!』って危険を教えてくれたの」
「そうなのか。……なんて人だ?」
ダンの声が、ほんの少しだけ低くなったような気がした。
「私さ、これでも本気で配信者やってたから。画面の向こうのリスナーさんが、どんな人で、どんな生活をしてるか想像して楽しむの、結構好きだった」
「……」
ダンは、音も立てずに私の次の言葉を待っている。
「そんな、即コメくれるリスナーさんは、『止まる』さん。いつも空気みたいに、気楽な感じで、でも凄く私のこと理解してて。ずっと応援してくれてるんだ」
私は湯船に浸かり、耳を澄ませた。
ワタルの前世の名前は、『次元航』。
そして……リスナー『止まる』
「——ねぇ。ワタルって」
ドアの向こうで、ダンの息を呑む気配がした。
ついに二人の前世が繋がりました。ダンの耳が真っ赤になるシーン、エモさを感じていただけたら嬉しいです。
【次回予告】
ついに最終話! なぜ痛い転生者たちはこのギルドに引き寄せられていたのか?ダンが昼間いつも居眠りしていた「本当の理由」とは? 全ての謎が繋がり、不器用すぎる二人が辿り着く感動の結末。 次元を超えた終着点。どうか最後まで見届けてください!
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