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転生したら『異世界』だった件 ——勘違いしたイタ転生者が秒で自滅する特異点ギルドの日常とモブ達の物語  作者: セキド烏雲


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第11話 転生者、次元航のケース

 ザバッ……ガラッ。


 私は入浴を終え、脱衣所と廊下を隔てていた引き戸を開け放った。


「うおっ!?」


 廊下で壁にもたれて座っていたダンは、湯気を纏って現れた私を見るなり、弾かれたように顔を背け、両手で顔を覆って固く目を閉じた。


 ギュッと目を閉じて震える彼の姿を見て、胸の奥が締め付けられるように痛くなった。


 昼間、冒険者ギルドで。


 あの恐ろしい殺人鬼を瞬き一つせずに斬り捨てた冷酷さも持つ彼。


 それなのに、私の尊厳を絶対に侵すまいと、必死に自分を律して震えている。


 私は濡れた足で一歩踏み出し、身を屈めて、目を閉じたままの彼の前でしゃがみ込んだ。


「……私ね。こんな性格だから、前世で友達がいなくて。ずっと、独りぼっちだった。だから配信やってたの」


 ポツリとこぼした私の本音に、ダンの肩がピクッと動いた。


「でもね。配信をつければ、いつも一番に声をかけてくれる人がいた。『おはよ』『大丈夫?』『今日も元気だね』って」


 ダンの耳が赤く染まっていく。


「他の人から見れば、何でもないコメントなんだけど、あのリスナーさんの文字だけが、私が世界と繋がっている唯一の証で……唯一の、居場所だったんだよ」


 そっと手を伸ばし、目を覆っているダンの大きな手に、自分の手を重ね、ゆっくりとどけた。


「……いつも即コメありがとう。『止まる』さん」


 ビクンッ!!と、ダンの全身が大きく跳ねた。


「目を開けて、私を……見て」


 私の心臓は、張り裂けないばかりに脈打つ。


 ゆっくりと目を開けるダン。その瞳は、ひどく揺れていた。


「……安直、だよな。『止まる』だなんて」


 震える声で強がるダンの頬に、両手をそっと添えた。


「画面越しじゃなくて。初めて繋がれたね」


 その瞬間、ダンの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれおちた。


 彼は声にならない嗚咽を漏らしながら、私を傷つけないように、でも二度と離さないように、震える腕で私の背中を強く、強く抱きしめた。


 ◆◆


 十分後。


 夜着に着替えた私は、居間の暖炉に火をくべ、ハーブティーを二つのマグカップに淹れた。


 小さな丸テーブルを挟んで、私とダンは向かい合う。


「……俺のいた世界で、めぐりん。いや、白江廻は死んだ。あの交差点で、配信中に」


 ぽつり、と。ダンが重い口を開く。


「その時、俺は絶望して、でも何もできなかった。……ただ、廻に死んでほしくなかったっていう念が強すぎたんだろうな。俺の意識は、あの交差点という座標に地縛霊のように張り付いた」


 マグカップを握るダンの手に、ギュッと力が入る。


「その日から、俺が眠りにつくと、どういうわけか、意識があの交差点に強制アクセスされるようになった。他の並行世界パラレルワールドで起きた現実を、観測できるんだ」


 ダンの声が、苦痛に震え始める。


「何十回、何百回……別の世界の廻が、トラックに轢かれる瞬間を見た。リスナーの悲鳴が流れる中、俺は必死に手を伸ばしたけど……俺はただの観測者。一番近くで見守っていたはずなのに、一番遠くにいたんだ」


 ドクン、と私の心臓は悲痛に鳴った。


「だが、ある日。次元の壁がバグったのか、俺の念が届いたのか。ただの『観測者』に過ぎなかった俺の身体がその場に現れた。……俺は歓喜したよ。そして、お前を突き飛ばして、代わりに轢かれた。晴れて廻を守ることができた『死者第一号』になったってわけだ」


 ダンは自嘲気味に笑い、ハーブティーに視線を落とした。


「だが、廻を助けたはずの世界は、無常にも分岐しやがった。あの場所におけるお前の死は、確定だと言わんばかりに」


 ダンはマグカップの中身をじっと見つめた。


「ならば、と。死が確定している世界が消せないなら、その運命は受け入れよう。だが、魂は救い出す」


「そう考えて、死んでこの世界に転生していた俺は、なおもあの現場に残った思念の残滓を通して、死の運命にあったお前の魂を、この異世界へと引きずり込んだ。……俺はお前を、自分の手の届く安全な箱庭に閉じ込めたんだ。気持ち悪いほどの執着だな」


「全然気持ち悪くない!」


 私の握るマグカップは揺れ、ハーブティーが少しこぼれる。


「止まるさんは、コメントからイメージしたとおり……こんな私を分かってくれてる人だって。最初から信じてたよ」


 私の目から、静かに涙が一粒こぼれた。ずっと探していた私の『居場所』が、こんなにも近くにあったのだから。


「そう……思ってくれるのか」


 私は、彼の不安げな表情を見て強く頷いた。


「ありがとう、廻」


 私は、彼が作っていた距離を再び壊す。

 彼の隣に移動し、そのマグカップを握る震える手を上から優しく包み込んだ。


「ううん。それは、私が言うべき言葉。ありがとう。航」


 暖炉の音だけの、静かな時が流れる。

 私は目を閉じ、ダンに寄り添って彼の心地よい心音に耳を傾けた。


 地球から遠く離れた。同じ次元ですらないであろうこの異世界で。

 彼によって引き寄せられた運命の輪の上にいる奇跡と幸福を、しっかりと噛みしめて。


 ◆◆


 静かで、平和で、心地よい時間。


 パチン!


 暖炉の火が大きく鳴ったと同時に、ふと気になることが頭をよぎった。


「そういえば、あのギルドに次々やって来る転生者たちは?あれもダンが?」


 静かにハーブティーを飲んでいたダンは、「あぁ」と困ったように微笑む。


「あいつらは、他の平行世界のあの交差点で、お前を逆恨みして死んだ勘違い野郎どもだ。しかも死んだあと、交差点に残った俺の念を『転生の神』だと勘違いして懇願してくる。だからなのか知らないが、強い思念を向けられた俺は、大して興味もない奴らを、俺の意思に関係なくこの世界に呼び込まなければならなくなった」


 ダンはそこでふっと深く息を吐き、パチパチと爆ぜる暖炉の炎へと視線を落とした。

 赤く揺らめく光が、彼の横顔に落ちる深い疲労の影を照らし出している。


「全てが理解不能だが、もしかしたら。お前の魂をこの世界に引き抜いたことがきっかけで、俺は世界の謎システムに組み込まれたのかもしれない」


 彼は自嘲するように小さく息を吐き、私を包み込んでいる手に、ほんの少しだけ力を込めた。


「音や光や引力といった物理的な力は、次元の壁を越えられない。だが、人の『念』だけは別。俺の強すぎる念が、次元を貫く特大の磁場のように働いて、結果的にそこにへばりついてくる奴らの魂まで、この世界に吸い寄せているんだろう」


 あまりにもスケールの大きい、そして理不尽な話。

 それでも、胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じながら、私は不安げに彼を見上げた。


「……つまり、私がここに来たせいで、ダンはその面倒なシステムに巻き込まれちゃったってこと?」


 私は申し訳なさに眉を下げるが、ダンは微笑み、「お前のせいじゃない」と、ゆっくりと首を振った。


「ただ、クロエも知ってのとおり、奴等は困ったことに勝手にイキって死ぬ。さらに悪いことに、死んだあとにまた、俺を呼ぶんだよ。『スキルがほしい』『能力がほしい』ってな。俺は単に魂を器に紐付けることしか出来ないってのに」


「うわ、迷惑な人たち」


「あぁ。だから、俺は仕方なく、奴らが望む能力のある器を探して、紐付けてやるんだ。もちろん、奴等は性懲りもなく『異世界転生』を望むからな。この世界にとっての異世界『地球』に転生させてやる。望みの能力を持つ生命体の器に変えて」 


 ダンはやれやれと肩をすくめ、疲れたように自分の首の後ろを揉みほぐした。


「これ、全部夢の中でやってるんだぜ?馬鹿みたいな話だろ……まぁ、あいつらを安全に処理できるくらい俺自身が強くなるまで、ずっと暗闇で保留にしてたツケが回ってきてるんだけどな」


 だから、ダンはいつも昼間、眠そうにギルドの木箱で怠惰に過ごしていたのだ。


 そして。きっと彼は。


 この世界に転生させざるを得なかった、平行世界の地球で私に恨みを持って死んだ勘違いどもを、私の一番近く。そして空気みたいな距離感で、さりげなく監視してくれてたんだと思う。


 私に危害を与えないように。


 それが、さりげなく出来ないほど危険な転生者が現れたのが、今日の昼。


「でも……今日来たアイツは、ダメだった。改心している可能性に賭けてギリギリまで様子を見たが、ダメだった」


 ダンの声が、スッと冷たくなる。


「だから殺した。そして、その望みすら聞かず、地球の塵に付着する細菌に転生させてやったんだ」


「これが、配信者『めぐりん』に粘着するリスナー、『止まる』の全貌だよ。はは。どうかしてるだろ」


 自嘲気味に笑った彼の声のあと。

 再び、暖炉のパチパチという音だけが、部屋に響く。


 彼は、私の言葉を待っていた。ストーカーだと、気持ち悪いと、拒絶されることを。


「……ねぇ、ダン」

「ん?」

「なんで、私だったの?配信者なんて、星の数ほどいたのに。どうしてそこまでして、私を見守ってくれたの?」


 私の問いに、ダンはマグカップを見つめたまま、ポツリとこぼした。


「……俺の現実も、空っぽだったからだよ」


 ダンの横顔に、暖炉の赤い火が揺れる。


「毎日、ただ息をして、死んだように生きてるだけだった。そんな時、たまたまお前の配信を見た。……画面越しでも分かったよ。お前が、必死に虚勢を張って、本当はずっと独りぼっちで寂しそうにしてる、不器用な奴だってことが」

「……っ」

「そんなお前が、毎日『おはよ』って笑ってくれる。俺の何気ないコメントに、嬉しそうに答えてくれる。……俺こそ、お前に救われてたんだ。お前が世界と繋がろうとするその声が、俺がその世界で生きるための、唯一のいかりだったんだ」


 ダンは顔を上げ、自嘲を捨てた、真っ直ぐな瞳で私を見た。


「だから、恩返しがしたかった。俺に生きる意味をくれたお前が、理不尽に怯えることなく、ただ笑って生きられる世界を……俺の全てを懸けて、守りたかったんだ」

「……ダン」


 私は彼の身体に両腕を回し、両手でしっかりと抱きついた。


「ありがと。私のこと、見つけてくれて」


 ダンの目が、わずかに見開かれる。


「……怖いとか、キモいとか、思わないのか?」

「思うわけないじゃん。ずっと独りだった私を、次元を超えてまで見守ってくれたきみを」


 私の目から、さっきよりもずっと熱い涙がポロポロこぼれおちた。


「世界で一番私のこと理解してくれる。優しいリスナーさんが、異世界で、私の専属ナイトしてくれてるんでしょ?……これ以上最高で、幸せなことなんてないよ」


 私が泣き笑いの顔で見つめると、ダンは息を呑み、やがて、心の底から救われたような、優しい顔で微笑んだ。


「……『キモいよ』って、突っ込んでほしかったんだけどな」

「はは、そこまで私はメスガキしてないから」


 私たちは、繋いだ手から伝わる確かな温もりを感じながら、静かに笑い合った。


 退屈で平穏な田舎町。勘違い転生者たちを吸い寄せる特異点。


 だけど、もう何も怖くない。


 私の隣には、少し怠惰で、最強で、最高に不器用な彼がいるのだから。

これにて『転生したら異世界だった件 ——勘違いした痛い転生者が秒で自滅する特異点ギルドの日常とモブ達の物語』は完結となります!


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


不器用な二人の結末に少しでも心動かされるものがありましたら、最後に【★で称える】から評価をポチッと押していただけると、作者にとって何よりの救いになります!作品フォロー(ブックマーク)や♡(応援)もよろしくお願いいたします!

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