↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/29

7話 幸福を探して

初めて入る白い建物の博物館。

ガラス張りの天井から夏の日差しが差し込み、館内は静かだった。

木の床は磨き上げられ、ほんのり木材と紙の匂いが混ざっている。


受付で入館料を払い、よくある紙のパンフレットを受け取る。


「ありがとうございます」

スタッフが微笑む。


彼鉈はふと横を見ると、看空は展示室の入口を見つめたまま、少しだけ表情を曇らせていた。


「どうしたの?」


「……ううん」


笑ったが、その笑顔は昨日より少しだけ作ったものに見えた。

自動ドアが静かに開く。


最初の展示室には、壁いっぱいに大きな文字が刻まれていた。


《サマーカルム・エンターテイメント設立者の生涯を振り返る》


「……」


展示室の中央に、一枚の巨大な写真。

穏やかな笑顔で子どもたちに囲まれる、一人の男性。


説明文にはこう書かれている。


──青凪海都(あおなぎ かいと)(1944-2020)

元政治家。待機児童問題及び福祉活動に尽力し、後にサマーカルム・エンターテイメントを設立。

全国各地に児童支援施設を設立し、多くの子どもたちを支援した。

現在のサマーカルム・エンターテイメントは、より成長し非常に有名な企業となっている。


「すごい人だったんだね」


「うん……」

看空は小さく返事をした。でも視線は写真から離れない。


(この人、昨日会ったんだけどな)

写真の笑顔と、生死の境界で見た笑顔が重なる。


展示をすらすらと歩いていく。

そこには、政治家時代の写真があった。

当時の選挙ポスターや子どもたちとの写真もあり、どれも優しそうだった。


「政治家やってたんだ」


「今の会社しか知らなかった」


「私も...すでに引退してたから」


少し歩いた先に、年表があった。


1994年──姫川児童支援基金 設立


「姫川……」


聞き覚えは全くない。

そのまま歩き出そうとした。


「空賀さん」


「ん?」

「どうしたの?」


「いや……」


「何でもない」

何か気になる資料でもあるのだろうか。

この時の彼鉈は、そう考えるしかなかった。


さらに奥へ進むと、古い映像が流れていた。

インタビュー映像には、若い頃の青凪海都。


『幸福というものは、人に与えるものではありません』

『人が、自分で見つけるものです』


足が止まる。


「……幸福」


その言葉だけが妙に耳へ残った。

青凪さんも同じ映像を見つめていた。


「……」


「……」


"幸福"

その言葉だけが、僕と青凪さんの間に残った気がした。


その後、児童施設で子どもと遊んでいる映像が流れる。


『子どもの笑顔を見ることが、私の幸福です』


『ぶっちゃけ利益はそのあとでいい』


映像のなかの観衆が拍手を繰り返している。


『────』


インタビュー映像が静かに終わる。

スクリーンが暗転し、照明だけが展示室を照らしていた。

僕はパンフレットを閉じ、バッグへしまう。


しばらく、お互い何も話さなかった。


さっきまで流れていた『幸福』という言葉だけが、妙に耳の奥へ残っている。

展示室を出ると、館内の静けさが少しだけ現実に戻してくれた。


「なんか」

思わず口を開く。


「いい人そうだったね」


「……うん」


看空は頷いた。その横顔はどこか遠くを見ているようだった。

少し間を置いて、小さく笑う。


「ごめんね」


「私から気分転換しようって言ったのに」


「おじいちゃんの展示をやってるなんて知らなかった」


「いや、いいよ」

彼鉈は首を横に振った。


そのまま出口に向かい、自動ドアが開く。

夏の熱気が、一気に流れ込んでくる。


「暑っ」


「東京ってほんと蒸すね」


「ね」


「...次、どうする?」

青凪さんがスマホで地図を開く。


「せっかくだし」


「神社でも寄っていこっか」


「神社?」


「うん」


「渋谷から近いよ」


「東京って都会なのに神社近いんだ」


「そこが面白いところ」


そう言うと看空は歩き出した。

彼鉈も、その後ろを追いかける。


◇


再び地下鉄に乗り、明治神宮前で降りる。

鳥居をくぐった瞬間だった。

渋谷駅前で耳にしていた喧騒が、まるで誰かに音量を下げられたみたいに遠ざかっていく。


蝉の声や風に揺れる木々。

砂利を踏みしめる音だけが、一定のリズムを刻んでいた。


「……わー」

思わず声が漏れる。


「ここだけ時間の流れが違うみたい」


見上げると、木漏れ日が看空の長い水色の髪に降り注いでいた。

ライブハウスで初めて見かけた時とも、渋谷で待ち合わせた時とも違う。

自然の中にいる看空は、どこか現実離れしているように見えた。


「東京って不思議だね」


「都会ばっかりだと思ってた」


「私も昔はそう思ってた」


「東京の人なのに?」


「あはは...」

肩をすくめる。


「意外と知らない場所、多いよ」


二人で参道を歩く。

汗ばむほど暑いのに、木陰へ入るだけで少しだけ空気が柔らかくなった。


途中、前から若い夫婦が歩いてくる。


お父さんはベビーカーを押し、お母さんはその横を歩いていた。

ベビーカーの中で揺られていた3歳くらいの女の子が、ふと看空を見る。


「あっ!」

女の子の小さな指が、まっすぐ看空を指した。


「ママ!」


「おねえちゃん、かわいい!」

その声に、お母さんが少し慌てる。


「こらこら、大きな声で言わないの」


「すみませんね」


「いえいえ」

青凪さんは笑って手を振った。


「ありがとうございます」


親子は軽く会釈をして、そのまま参道の奥へ歩いていく。

少しの間だけ沈黙が流れた。


「……」

歩く速度が少しだけ遅くなる。


「青凪さん?」


「……やっぱり」

ぽつりと呟く。


「嫌だった?」


「......んー、ちょっとね」


「昔、おじいちゃんだけは、好きな格好していいって言ってくれたんだけど」


その笑顔はどこかぎこちなかった。

なぜかわからないけど、理由は聞いちゃいけない気がした。


「せっかくだからさ、写真撮ってよ」


「え?いいけど」


急にスマホを渡してきた。

鳥居の前で思いっきりピースをする看空。


「大抵の女子はこうやって承認欲求を満たすらしいよ」


「......」


皮肉とも取れる言葉を受け取った彼鉈はどう返答しようかと考え、結局黙ってしまった。

そのまま境内へ向かい、手水舎で手を清め、静かに参拝を済ませる。


「お願い事した?」

歩きながら聞く。


「してない」

即答だった。


「え?」


「何かにお願いするより、自分で何とかしたいから」


「……そっか」


参拝が目的じゃないんかいとツッコミつつ、心の中で笑う。


「なんか青凪さんらしいかも」


「そうかな」


「うん」


「でも、お願いしたいこともあるにはあるよ」


「例えば?」


「秘密」


「えぇ...」


いたずらっぽく笑うが、さっきまでの表情とは違っていた。

その笑顔を見て、彼鉈もつられて笑ってしまった。


参道を出る頃には、時刻は15時を回っていた。


「ちょっと休憩しよっか」


「賛成」


暑さもあって、お互い少し疲れていた。


明治神宮を出て数分。

路地裏にある小さな喫茶店が目に入る。

チェーン店ではなく、昔ながらの木造の店。

入口には色あせた看板。窓際には観葉植物が置いてある。


「こういうお店、好きなんだ」

看空が観葉植物を見て呟く。


「...入ってみる?」


「うん」


カランカラン、とドアベルが小さく鳴った。

店内にはレコードから流れる穏やかなピアノ曲。

壁一面には古い本が並び、木製の棚には年月を感じる擦り傷が残っている。


「ご自由に読んどくれ〜」


カウンターの奥から、穏やかな声が聞こえた。

年配の女性店長が、本棚の方を指差して微笑んでいる。

そう言われ、何気なく棚へ近づく。


一冊の古びた本が、少しだけ斜めに差し込まれていた。

背表紙には、かすれた文字。


『境界を歩いた自分』


「……え」


思わず手が止まる。


青凪さんも隣へ来て、本のタイトルを見つめた。


無言で顔を見合わせる。


店内には、静かなピアノだけが流れていた。

お読みいただきありがとうございます!今回はデート回…ではなく調査回です。たぶん。

最後の本、なんか怪しいですね。次回もよろしくお願いします!感想や誤字脱字もお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。