3話 生死の境界
『ほんとにあんたに告るわけないじゃん』
『いい、彼鉈。やり返していいのは映像の中だけなの』
『彼鉈くんには通信制にするのも一つの手かと』
『友達なんていらない』
これは、彼鉈の過去の記憶で──。
「おい、君。起きな」
「.......んぁ」
「ここは、、、?」
目が覚め、起き上がった。
そこには......無限の夜空とそれを囲むような無数の星々。
息を呑むほど、幻想的な景色が広がっていた。
「ここって......」
「さぁな。俺にもようわからん」
まるで水平線だった。
いや、水平線"みたいなもの"と言った方が正しい。
地面...いや水面か。足音もする。
けれど、海はないし濡れない。
空だけが、どこまでも続いていた。
星は瞬いているのに、夜風は吹かない。
まるで世界そのものが呼吸を止めているようだった。
「……夢?」
「そう思うなら夢でええ」
近くにいた男は笑う。
その笑い方は、どこか疲れていた。
二人並んで歩く。
どれだけ歩いても景色は変わらない。
それなのに、不思議と退屈ではなかった。
それとは正反対に、心地よさすら感じる。
「そういや、おじさん?」
「おじさん言うなガキんちょよ」
「……じゃあ、お兄さん」
「急に若返るな」
「いや、見た目30代くらいですし」
男は肩をすくめる。
「原理はわからんが、ここじゃ好きな姿になれるらしい」
「......好きな姿?」
「人によるんだろうな」
少しだけ空を見上げた。
「わしは30代が一番楽しかった」
「俳優になって、家内に会えた」
その声だけは、老人のものだった。
彼の横顔を見た瞬間、胸の奥に違和感が走った。
どこかで見たことがある。
テレビ、スマホ、ニュース。
──あ。
「もしかして……青凪海都さん?」
男は困ったように笑った。
「あぁ」
返事を聞いた瞬間、背筋が冷たくなる。
4日前に亡くなった俳優。
その人が、目の前を歩いている。
「じゃあ僕……」
死んだ......のか?
その言葉が喉まで出かかった。
「いや、多分死んではないと思うぜ?」
低い声が、二人の間へ落ちた。
青凪さんが別の方向に目を向けるといつの間に現れたのか、十数メートル先に一人の女性が立っていた。
その女性は、地球から溢れ出る光の星々をじーっと眺めていた。
金色と銀色。左右で色の違う長い髪が、星明かりを受けて静かに揺れる。
白いシャツに黒いジャケット。首元には縞模様のネクタイ。
片目には、透明なレンズを細いフレームで支えている。
その姿だけが、この世界に似つかわしくない。
「久しいな」
女性はこちらに目を向ける。
「生者がここまで深く来るとは」
その瞳は、人を見るというより、記録を見るようだった。
「……あなたは」
「ただの管理人だ」
どうやら名乗る気はないらしい。
レンズのアームを軽く引っ張り、僕の方をじっと見る。
「......お前は今日、自分で死ぬつもりだった」
息が止まる。
「は...?急に何を──」
「ロープかなんかで首でも吊るつもりだったんだろう」
見透かされているらしい。
「違う...!」
「違わない」
一歩、また一歩。
彼女が近付く。
「…………」
言葉が出ない。
「しかも初めてではないな」
錆びた手すり、揺れるロープ。
母さんの泣き声とサイレン。
『彼鉈!』
首を締め付ける痛み。
息ができない。
一瞬だけ映って、消えた。
「やめて……!やめろ!!」
叫んでも、女性は何も表情を変えない。
「私は見たいから見ようとしているわけではない」
「一応ここの管理人なのでな」
沈黙が続くなか、星だけが瞬く。
一拍置いてから管理人と名乗る女性は口を開いた。
「ここは、生と死の境界」
「自ら死を選び、強く願った者が時折迷い込む」
「大抵の人間は、自分に都合が良いようにできていると思わないか?」
急に女性は持論を展開した。
「嫌なことがあっても、好きな映画やアニメを見たり、音楽を聴いたり、ゲームをしたり、誰かと話したり。これで解決する」
「いわば都合の良い生き物だ」
「でも、お前のようにどこか空っぽで死にかけてるようなやつが──」
「ここに来る」
「……大抵のやつは20代以上だが、お前みたいに若いやつも過去に一人いたな」
そう言い、管理人は星を見上げる。
(生死の境界?何を言ってるんだ...?)
「生死の境界だとか、あそこに地球があることとか...意味わかんないんですけど」
「ここは宇宙...なんですか?」
「そうだな......私のことも含め、次に来れたら教えてやる」
「今日は帰れ」
管理人が額へ触れる。
指先が冷たい。
「え──」
──パチン。
世界に一本、亀裂が走る。
ガラスを叩き割ったような音。
夜空そのものが砕け散っていく。
「ちょ、待っ──」
体が前へ投げ出された。
落ちているのと同時に強い光に包まれた。
光に吸い込まれ、息ができない。
叫ぼうとしても声にならない。
夜空の裂け目を抜けた先。
そこは、青かった。
言葉を失うくらい青い地球が、静かに浮かんでいた。
「…………」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、世界が止まる。
自分は、こんな星に生きているのか。
無数の人が、ここで暮らしている。
そう思った瞬間。
「うわああああっ!!」
猛烈な風が全身を叩く。
雲を突き抜ける。
海。山。街。高速道路。
知っている景色が、信じられない速さで近付いてくる。
「ぶつかる!!」
目を閉じた。
「はぁっ!!」
肺いっぱいに空気を吸い込む。
体が汗でびっしょりだった。
夢……じゃない。
額に触れると、冷たかった。
あの管理人に触れられた場所だけ、まだ温度が残っている気がした。
咄嗟にスマホの画面を見る。
──2020年7月15日。8時49分。
「……一日経ってる」
とりあえずリビングに行こう。朝ごはんというか弁当食べよう。
「あれ、彼鉈今日は早いじゃん」
母親が驚く。
「熱でもある?」
父親は朝食を食べながらテレビの方に目を向けている。
ちょうど天気予報をやっているようだ。
キッチンからはトーストとコーヒーの香りがする。
普段は昼過ぎに起きているから、珍しい感覚だ。
だが、何か違う。
多分昨日の感覚に取り残されているんだと思う。
「......あんた、大丈夫?」
「彼鉈にも色々あるんだろ。あんま言ってやんな」
「そうだけど...」
ぼーっとしていたからか、母親と父親も心配な目を向けている。
「あっ、いや...大丈夫」
「あんま夜更かしはダメよー」
「あ、あぁ...」
「昨日ライブ行ったんでしょ?」
「どうだった?」
返事が出ない。良かった!最高だった!
そう言えば終わる話なのに。
頭の中には、あの宇宙のような場所しか残っていなかった。
──ここは生と死の境界だ。
「........」
机に目をやると、目玉焼きと白米、納豆。少量のキャベツが置いてあった。
「机に余り物置いてあるから食べてね〜」
「母さんと父さんもう仕事行くから」
「わかった」
そういうと、母さんはバッグを肩に掛けた。
「じゃ、行ってきます」
父さんもコーヒーを飲み干して玄関へ向かった。
一人になったリビングはとても静か。
昨日の出来事を否定してくれる人は誰もいない。
納豆をかき混ぜながら、スマホを開く。
癖でSNSを見ると、トレンドの欄がバグっているかのように、渋谷で埋め尽くされていた。
#渋谷
「……?」
そこには、
『昨日スクランブル交差点で変な光を見た人いますか?』
という投稿が流れていた。
箸が止まる。夢じゃなかった。
『動画撮ったけど何も映ってない』
『夢じゃないよね?』
心臓が鳴り、スクロールが止められない。
その中に、一つだけ他と雰囲気の違う投稿があった。
''私もこれに似た体験したんです。同じ人いませんか''
返信は数件だが、閲覧数は伸びている。
『何それ?』
『厨二病乙』
『アイコン可愛いね』
『怖っ』
投稿者のアイコンを見てみると、水色の髪にベレー帽。
顔はモザイクで隠されているが、昨日ライブハウスで見かけた水色髪の少女と酷似していた。
プロフィール欄には、『昨日17時〜20時頃、渋谷で不思議な体験をした方へ。DM待ってます』と書かれている。出会い厨もびっくりなプロフィールでスマホを落としかける。
スクロールして他の投稿も見てみても、不思議体験のことが多く書かれていた。
これは...自分のことではないだろうか。はっきりしすぎている気がする。
「......なんで」
画面を見つめたまま固まる。
DMを送るか?送らない?もしただの悪戯だったら。
でも本当に知っているならと、親指が送信ボタンの上で止まる。
『……昨日、あなたを見ました』
送信してしまった。
数秒固まっていると、速攻で既読が付く。
返信は、一行だった。
『今日、渋谷に来られますか』
お読みいただきありがとうございます!投稿は不定期になる可能性もありますが、なるべく頑張ります。感想もよければお願いします。




