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2話 反転

着いた。大都会渋谷である。ハチ公とスクランブル交差点が有名だろう。

よくここで、先ほどのような外国人観光客が写真を撮ったり炎上狙いの人間が歪なことをしている。


ライブハウスはスクランブル交差点を渡って、左だったかな。

土地勘は全くない。片道1000円かかる場所になぜ来たかというと、やはり珍しいから。

ライブハウスとはいえ、関東ど真ん中で開催するのは比較的珍しい。


黒い建物...白い看板...多分合っているはず。

無事に到着した。最初で最後のライブを楽しもう。

受付でチケットを見せる。


『みなさーーーん、盛り上がってますかぁ!!!!!!!』

開始時刻の17時になり、ボーカルのKanaちゃんがマイクで観客側に問いかける。

すごいなぁ、自分の4つ上なのに。


ライブは盛り上がり、外にまで音は漏れていた。

「Kanaryyard Rockle」は関西のバンドで3人で活動していて一度、小学校の校内放送でかかったことがある。給食時のリクエスト曲だ。それが「Sky Clear」という曲。

Sky Clearには僕のノスタルジーを刺激する何かがある。


ライブ後の握手会にも参加した。


「ありがとねー、君は今日初めて?」

「あっそうです。いつも聴いてます」

「ありがとー!」

「これからも頑張ってください...あ、え、はい」

「う、うん!ありがとー!!」


コミュ障全開のやり取りだったかもしれない。

ライブが終わった。終わってしまった。

最後の一曲、『Sky Clear』の余韻だけが、まだ胸の奥で鳴っていた。

ステージの照明が消え、観客が一斉に出口へ向かう。


「ありがとうございましたー!」


Kanaの声が背中から聞こえ、誰もが笑っている。

スマホで写真を見返す人や友達同士で感想を言い合う人。

次のライブの話をする人。

彼鉈だけが、その輪に入っていない。


ガラス扉を押して外へ出る。

7月の夜は、昼ほどではないが熱を残していた。


湿った風が頬を撫でる。

渋谷という街は、夜になっても昼を終わらせない。


ビルの巨大なLED。絶えず鳴り続ける広告。救急車のサイレン。

外国語に混じったたくさんの笑い声。信号機の電子音。


世界中の音を一つの箱に押し込めたみたいな街。

やはり大都会はすごいなと思いながら、イヤホンを耳につける。

さっきライブで聴いたばかりの『Sky Clear』を再生した。

同じ曲なのに、生演奏とは全然違う。

それでもこの曲は好き。

スクランブル交差点へ向かって歩く。

その途中だった。


ライブハウスの壁にもたれかかる、一人の少女が目に入る。

水色の長い髪。街灯を受けて淡く光って見えた。

ベレー帽を被り、白いシャツの袖を軽くまくっている。

瞳は夕焼けを閉じ込めたみたいな琥珀色。


(……少し黒い紐が...見ちゃいけない)


年齢は僕と同じくらいだろうか。

スマホを見つめたまま動かない。


……綺麗な人。それ以上の感想は出てこなかった。

目が合うこともなく、僕はそのまま通り過ぎる。

たぶん、もう会うこともない。そう思った。


信号が青になり、人が一斉に歩き出した。

まるで巨大な波だな。


外国人観光客がスマホを掲げる。

配信者らしき男性が大声で何かを叫ぶ。

待ち合わせをしていた女子高生が笑う。

酔っ払いのサラリーマンが肩を組んで歩く。

誰もが、それぞれの夜を生きている。


交差点の真ん中まで来た、その瞬間。

……足が止まった。


「え」


地面がない。

違う。僕の足だけが地面から離れていた。


十センチ。二十センチ。

一メートル。十メートル。


音もなく。

風船みたいに、体が浮いていく。


「……は?」

誰かが叫び、僕の方に指を刺す。


「え、浮いてる!」


周囲の人が一斉にスマホを向ける。

フラッシュ。シャッター音。

それに混じった悲鳴。ざわめき。

さっきまで都会の雑音だったものが、一瞬で僕だけに向けられる。


「CGじゃね?」

「やばいやばい!」

「撮って!」

「配信しろ!」

「合成?」

何十台ものレンズが僕を見上げる。


その中の一つ。

さっきライブハウスで見かけた水色の髪の少女だけは、こっちを見ていた。

ただ、僕を見ていた。

悲しそうでもなく。驚いているわけでもなく。


まるで。

何かを見つけた......そんな目で。


────。


次の瞬間、世界から音が消えた。

交差点の喧騒も。


信号機、車、人の声が何もかも。

彼鉈だけが、夜空へ吸い込まれていく。


下を見れば、渋谷はまだそこにある。

無数の人が、彼鉈へスマホを向け続けていた。

だがその画面には、誰一人として映っていない。白い光だけ。

まるでレンズが太陽を直視したような、真っ白な光だけが映っていたのだった。

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