1話 ライブハウスに行こう
2020年7月14日。スマホのアラームが鳴り響き、空賀彼鉈は目を覚ました。
カーテンを開ければ、体にお天道様の光が与えられる。
階段を下って、リビングに行く。
リビングには誰もいない。当然だ。
今はもう昼の11時すぎで、両親はとっくに仕事に行ってしまっている。
両親は共働き。このご時世では当たり前のことだろう。
物価は年々上がるし、普段通りの生活をすることが年々難しくなっている。
自分もアルバイトをして、家族に貢献してはいるが微々たるもの。
今日は夕方の17時から、渋谷のライブハウスで僕の好きなアーティスト「Kanaryyard Rockle」のイベントがある。これを楽しみにしていた。
僕の最寄駅である内房線の五井駅から渋谷までは約1000円。
高校生の僕にとっては、それだけで一週間分の昼飯代になる。
リモコンを探し、テレビをつける。
テレビの音を聞きながら、母親が作ってくれた弁当を冷蔵庫から取り出し、レンジで温める。
『7月10日、元政治家でサマーカルム・エンターテイメントの創立者である、青凪海都さんが亡くなっていたことがわかりました。76歳でした』
『青凪氏は15年前の事件で記憶のある方も多く──』
サマーカルム・エンターテイメント。創立者が政治家で、他にも俳優業やらテーマパーク業やら、色んなところに手を出している有名な日本の企業である。名前がダサいことを除けば良い企業だと聞く。
タッパーの蓋を開け、口に食べ物を放り込む。
近くにスマホを置き、ツイッターで情報を見る。
自分の使っているアカウントは鍵垢。フォロワーはもちろん0人、見る専というやつだ。
アーティストとか、映画とか、そこらへんの情報を見るだけのアカウント。
音楽は、唯一と言っていいくらい自分に刺さるもの。
映画とかアニメは、人を選ぶ。もちろん合う作品も合うだろう。僕が出会ってないだけかもしれないけど。
◇
14時30分。家の鍵を閉め、歩き出す。
あ、忘れてた。倉庫にロープがあるか確認しなきゃ。
にしても暑い。人を殺しかねない暑さだ...サングラスをつけよう。
いちいち取り出すのが面倒なため、スマホは首から掛けている。
ライブハウスでは撮影が可能なため、そういう意味合いもある。
駅までは歩いて15分ほど。そこまで遠くはないが、歩いてて知り合いに遭遇するとちょっとだるい。
「......ん?」
駅に着き、右の壁に大きく指名手配のポスターがあり目に入る。
前来たときはこんな1人の女性が大々的には出ていなかった気がする。
《赤原紫遠──身長164cm、赤い髪が特徴的。現在40歳前後と推定。2005年7月20日に豊洲で当時29歳の女性を殺害。その他、ストーカー被害を受けた男性が複数おり──》
「怖いな......」
事件が起きて今年でちょうど15年経つからか。
当時は話題になったらしいが、自分はまだ2歳で何にも覚えていない。
指名手配のポスターを凝視していたことに恥ずかしくなり、すぐ改札へ向かう。
「おっと──あっ」
下を向いた反動で服にかけていたサングラスが落ちてしまった。
近くにいた人が取ろうとしてくれたのか、人差し指と人差し指が触れ合ってしまう。
「「あっ」」
しまった。気まずい。
「ご、ごめんなさい!」
「いやいや...拾ってもらいありがとうございます」
拾おうとした柚子色の髪と白衣が特徴的なお姉さんは律儀に礼をした。
「じゃあ...失礼します」
バイトを終えてあがるかのように挨拶をした。
その後、目の前のコンビニで水とグミを購入。支払いはICカード。
「空賀くん、今日はどこかいくんだ?」
レジでひそひそ声で声をかける男性はここのコンビニの店長である近藤さん。
僕は普段、ここでアルバイトをしている。
「今日はライブなんです」
「おっ、いいねぇ」
「なんのライブ──」
「わわっ、電車いっちゃいそう失礼します」
足早にコンビニを出る。そこまで知名度がないアーティストかつ、あのおじさんは話が長いからあまり会話したくないんだよな。申し訳ないけど。
発車メロディーが鳴り響く中、イヤホンをして音楽を聴く。
『1番線の電車、ドアーが閉まります。ご注意ください』
ドアが閉まり、電車が発車する。
渋谷までは乗り換えを3回しなきゃいけない。田舎以上都会未満の嫌な点である。
「──♪」
乗り換えをし、御茶ノ水あたり。
僕のノイキャンを貫通するくらいの比較的でかい音量で音楽が流れている。
おそらく近くの外国人観光客のヘッドホンだろう。
誰一人注意しようとはしない。多少、車内は混み合っているというのに。
かといって僕も席を立って注意しに行こうとすれば、せっかく座れたのに、となってしまう。
同じ料金を払っているのに、座れる人間と立っている人間。
なんだか何かの構造と重なる気がする。
......僕は英語を喋れないから、翻訳機を使って注意するか?
気づいたらその場から立って、翻訳機の画面をその外国人に見せていた。
『Could you please turn the volume down a little? The sound is leaking out.』
「Oh, Sorry sorry.」
「Yeah, thanks.」
あの時もこんな感じで言っていれば、嫌な思いをせずに済んだのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は号車を移動し吊り革を掴んだ。
渋谷まであと20分くらいだろうか。
読んでいただきありがとうございます。本編スタートです。プロローグで出てきた子はこの後出てきます。




