27話 終端
──ピピピッ。ピピピッ。
「……ん」
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
見慣れた天井に見慣れた自分の部屋。
「……」
彼鉈はしばらく天井を見つめていた。
そして、恐る恐るスマートフォンを手に取る。
──7月19日、8時46分。
「…………」
「……戻ったのか」
もう、何も思わなくなった。
「彼鉈、今日も早いわね」
「昨日も早かったじゃない」
母さんが味噌汁をよそいながら目を丸くする。
やはり、元の7月19日を繰り返している。
「......うん」
「そういえば学校から進路の紙来てるから見ときな」
「母さんたちもう仕事行くから」
「わかった」
何度目かわからない返事をする。
テレビからは、
『本日は7月19日火曜日。本日も各地で猛暑日になる見込みです』
背景の映像はスクランブル交差点。昨日と同じ画角で同じアナウンサーが喋っている。
少しして、玄関まで行き父さんと母さんを送る。
「そうだ彼鉈」
「倉庫の古新聞、まとめといてくれ」
「明日の資源ごみの日だから」
「わかった」
「頼むぞー」
ガシャン、と玄関のドアが閉まった。
父さんと母さんが仕事に行ったのを確認して、すぐさま準備をして外に出る。
「まず何をするべきだろう」
看空を傷つけた。この事実は変わらない。
でもDMしていいのだろうか。
誰もいない渋谷で泣き喚き、弱音しか吐いていない自分に会う資格なんてあるのだろうか。
「トレヴォさん......か」
渋谷に行こう。そう決意した。
◇
彼鉈は、そのまま渋谷まで電車に乗って向かった。
昨日誰もいなかった車内を思い返してみると、なんだか気持ち悪くなってしまった。
「ウッ......おえっ」
車内で嘔吐してしまった。吐瀉物が座席の下に飛び散る。
「ちょっ、君、大丈夫かい!?」
隣に座る60台くらいの男性が話しかけてきた。
近くにいた学生は席を離れていき、他の乗客はゴミを見るような目で彼鉈を見ている。
「しゃ、車掌さーん!」
おじさんが渡してくれたエチケット袋にもう1回嘔吐した。
「すみませんでした......」
車内で車掌さんと近くにいたおじさんに謝罪をする。
「暑いからね。体調管理気をつけて」
「車内はちゃんと清掃しておくんで」
「すみません......」
ただただ申し訳なさが勝っていた。
御茶ノ水駅のベンチで少し止まる。手元にはエチケット袋。
中央線と総武線の音が永遠と繰り返される。
「ふぅーっ」
息を大きく吸い、深呼吸する。
こんなんじゃ看空には到底会えない。
30分後、なんとか電車を乗り継ぎ、渋谷に到着した。
「疲れたな、、、」
渋谷駅前の狂騒は相変わらず変わっていない。
昨日は音だけが存在していて、空っぽのようだった。
少し歩き、スクランブル交差点に辿り着く。
青信号になった。一気に向こう側まで歩いていく。
そして。
まばゆい光が僕を包み込み、スクランブル交差点の中心地点で宙ぶらりんになった。
「おいあれっ!!」
「待って、前の超常現象ジャン!」
「CGじゃねーの?」
色んな声が聞こえる。
その光は周りの声を無視し、流星のように、僕を生死の境界へ運んで行った。
◇
『お前が悪いんだろ!』
『いい、彼鉈。やり返していいのはアニメだけなの』
『彼鉈くんには通信制にするのも一つの手かと』
『空賀、嘘に決まってんじゃーん』
『友達なんていらない』
初めて生死の境界に来た時に見えた、過去の出来事。
彼鉈の周りから光が消えると、そこは無数の夜空。数々の星々。
3度目となる、幻想的な景色が広がっていた。
その先には、青い地球が浮かんでいる。
近くに管理人であるトレヴォが立っていた。
相変わらず夜空の方を向き、地球からの光を眺めている。
「......3回目、か」
「お前、どれだけ負のエネルギーが強いんだ」
「...ほっといてください」
彼鉈は一拍置いてから、口を開いた。
「トレヴォさん......あの」
「何だ」
「僕は、7月20日に行けたんです」
「そうか」
「そうかって......」
トレヴォはまるで微塵も興味もないかのように、星々を見つめている。
「だからか」
「ん?だから?」
「...気づいているか」
「何を?」
「この世界が、以前とは違うことを」
「……?」
トレヴォは星空を見上げる。
「生死の境界が揺らぎ始めている」
「揺らぐ?」
「お前たちが時間を繰り返すたび、現実と境界の区別が薄くなっている」
「それって……」
「このまま世界が干渉し続け、生死の境界と現実世界の境目が崩れれば......」
トレヴォはそのまま黙る。
「どうなるんですか」
「......トレヴォさん!」
少し大きい声を出す。
「超新星だ」
「ん?は?超新星?」
「便宜上そう呼んでいるだけだ。お前たちの知る天文学上の超新星とは違う」
「じゃあ、何?」
「私にも分からない」
「分からないって……」
「ただ一つ。生死の境界と現世が完全に重なったとき、世界そのものが耐えられなくなる」
「その結果を、私は『超新星』と呼んでいる」
深刻そうな目で地球を見るトレヴォ。
「じゃあ何なんだよ」
「分からない」
「......要するに、世界の終端に近い現象が起こる可能性がある」
「終端……?」
「…………」
彼鉈は、しばらく意味を理解できなかった。
「あと何回か......お前らが7月19日を繰り返したら終わりだ」
「は?え?」
「何が起きるか分からないのに、もう終わりってどういうことだよ!」
声が荒くなる。
「お前らが繰り返す度に死者の数や顔ぶれが変化し」
「その影響で生死の境界と現世の距離そのものが縮まる」
「本来近づいてはいけない存在同士がぶつかれば、超新星が起こる...かもしれない」
「もし仮に起きれば、地球の人類は消え、新たに死ぬ生命もなくなる」
彼鉈の目を見つめ、トレヴォは淡々と説明していく。
「.....私の役割が途絶える」
「だからこそ、急げと言っている」
「急げって言ったって……!」
彼鉈は頭を抱えた。
「ていうかそれも全部お前のエゴじゃねえかよ!」
「ふざけんなよ!」
ブレーキが効かない。
「僕は……どうすればいいんだよ」
トレヴォは答えない。
「看空さんを助ければ終わるのか?」
「分からない」
「青凪海都の事件を止めれば?」
「分からない」
「じゃあ何をすればいいんだよ!」
「……」
沈黙。彼鉈は俯いた。
そして、小さく呟いた。
「勝手に7月19日に戻されて、勝手に世界を壊してることにされて……」
「それで世界が終わる?」
「僕が何したんだよ!」
濡れない水面を思いっきり蹴る。
「……僕はただ」
拳を握る。
「もう一回、看空さんに会いたいだけなのに」
涙が目に浮かぶ。それをじっと見るトレヴォは何も言わなかった。
ただ、その表情だけが僅かに曇った。
「……正解がない以上、私はお前にどうこう言える立場ではない」
「……」
「だが」
トレヴォは地球を見る。
「少なくとも、お前がここで泣いている間にも時間は進んでいる」
「……」
「行きたいのなら行け」
「え?」
「会いたいのだろう」
彼鉈は顔を上げる。
「……でも、どうやって」
「それを考えるのは、お前の仕事だ」
「それがわからな──」
次の瞬間、足元の星空が崩れた。
「うわっ──」
身体が落ちる。
「次にここへ来るまでに、答えを見つけろ」
「……!」
「世界が終わる前にな」
視界が白く染まり、光で溢れる。
そして──
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