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23話 スタートエンド

夕方、彼鉈は自宅の倉庫にいた。


父親である芳樹に頼まれた古新聞をまとめる。新聞紙を束ねる。

紐で縛る。 一つ。また一つ。


「……多いじゃん」


父親は「そこまで量多くない」と言っていた。


確かに、一人でできる量ではある。

でも、何となく疲れた。


「じゃ、私帰るからね」

玄関のドアが開き、片手を挙げる真夏。


「うん。寂しいからまた帰ってきてね」


「彼鉈きゅんシスコンだねえ♡」


「ふざけんなバカ姉貴」


「あぁん?」


「.......いってらっしゃい」


「......うん!」

真夏の姿が見えなくなるまで、見送った。


「......続きやるか」


束ねた新聞を一つ持ち上げる。

一番上の新聞に目が留まる。


「……」


青凪海都。以前ならここで心臓が跳ねた。

けれど今日は違った。


「……」


新聞を裏返す。そのまま束ねる。

今は、それを考えたくなかった。


看空のことも。青凪海都のことも。

7月19日のことも。何も。


ただ、誰かと一緒にいたい。

その気持ちだけが残っていた。



夜、看空はようやくベッドから身体を起こした。


窓の外は暗い。東京の夜景。

たくさんの光。たくさんの人間。たくさんの生活。

それぞれが誰かと生きている。


自分だけが、この部屋にいる。


「……」


スマートフォンを手に取る。

またSNSを開く。また閉じる。

そして、メッセージを開く。


『空賀彼鉈』

何度も名前を見る。


「……」


会いたい。でも、自分から謝るのは怖い。

また拒絶されたら。また喧嘩したら。

そう考えると、指が動かなかった。



夜23時58分、もうすぐ日が変わるところ。


彼鉈も、自分の部屋でスマートフォンを眺めていた。

看空の名前を開く。すぐ閉じる。また開く。


「……」


会いたい。でも、今日は一人でいると決めた。

一人で過ごして、幸福とは何なのか考えてみようと思った。


その結果、分かったことは一つだけだった。


「……一人じゃ、つまらない」


言ってから、自分でも少し怖くなった。

一人でも楽しめることなんて、いくらでもあるはずだった。


映画だって見られる。音楽だって聴ける。

行きたい場所へだって、一人で行ける。


なのに、水族館で隣にいた人がいない。夏祭りで隣にいた人がいない。

夜の渋谷で、くだらない話をしていた人がいない。


それだけで、全部がつまらなく見えた。


「……これって」


救いたいってことなのか。

それとも......


「……ただ、会いたいだけなのかな」


自分でも答えが分からなかった。


それは、憧れなのか。恋なのか。

執着なのか。依存なのか。 ただの寂しさなのか。


まだ分からなかった。

ただ、昨日までとは違う。


「……明日も、7月19日なのかな」


「今日聞いたこともなかったことになるのか...」


そんなことを呟いて。 スマートフォンを枕元に置く。

眠る前、最後に思い浮かんだのは水色の髪だった。



同じ頃に、看空も眠る前に、黒い画面に映る自分の顔を見ていた。

そして、小さく呟く。


「……会いたいな」


その言葉だけが、暗い部屋の中に残った。



スマホの画面には、7月19日の文字。

秒針が進む。あと少し。


「……」

23時59分55秒。


56。

57。

58。

59。


そして──。

0時00分。日付が切り替わった。


「……」


彼鉈は目を見開いた。

スマートフォンの画面を何度も確認する。

そこに表示されていたのは、




7()()2()0()()の文字。




「……え」


思わず、身体を起こした。

もう一度画面を確認する。


7月20日で間違いない。


「……は、20日?」


声が震えた。ベッドから立ち上がる。

壁に掛けられた時計を見る。


午前0時。日付を表示するデジタル時計も、20日を示している。


「……終わった」

その言葉が、口からこぼれた。


「終わった……?」


何度も繰り返した。

19日じゃない。20日だ。


当たり前の日付、たったそれだけのことなのに。

胸の奥から、急に何かが込み上げてきた。


「……やった」

笑ってしまった。


「やっと……」


ベッドに腰を下ろす。

今まで何度も繰り返した一日。


何度も同じ朝を迎えて。

何度も同じ場所へ行って。

何度も同じ人と笑って。

何度も同じ夜を迎えた。


それが、終わった。


「……明日が来るんだ」


明日、7月20日。

それだけの言葉が、こんなにも嬉しいとは思わなかった。


明日がある、それだけで十分だった。


「……はは」


彼鉈はベッドに倒れ込んだ。天井を見上げる。

さっきまで重かった身体が、嘘みたいに軽い。


「……よかった」


目を閉じる。

久しぶりに、何も考えず眠れそうだった。


明日は何をしよう。

喧嘩したけど、看空に連絡して。

またどこかへ行って。


昨日までのことを話して。


それから──そんなことを考えているうちに、意識が少しずつ遠くなっていく。

最後にスマートフォンの画面を確認する。


2020年7月20日、0時14分。


「……おやすみ」


誰に言うでもなく呟いた。

そして、眠った。

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