23話 スタートエンド
夕方、彼鉈は自宅の倉庫にいた。
父親である芳樹に頼まれた古新聞をまとめる。新聞紙を束ねる。
紐で縛る。 一つ。また一つ。
「……多いじゃん」
父親は「そこまで量多くない」と言っていた。
確かに、一人でできる量ではある。
でも、何となく疲れた。
「じゃ、私帰るからね」
玄関のドアが開き、片手を挙げる真夏。
「うん。寂しいからまた帰ってきてね」
「彼鉈きゅんシスコンだねえ♡」
「ふざけんなバカ姉貴」
「あぁん?」
「.......いってらっしゃい」
「......うん!」
真夏の姿が見えなくなるまで、見送った。
「......続きやるか」
束ねた新聞を一つ持ち上げる。
一番上の新聞に目が留まる。
「……」
青凪海都。以前ならここで心臓が跳ねた。
けれど今日は違った。
「……」
新聞を裏返す。そのまま束ねる。
今は、それを考えたくなかった。
看空のことも。青凪海都のことも。
7月19日のことも。何も。
ただ、誰かと一緒にいたい。
その気持ちだけが残っていた。
◇
夜、看空はようやくベッドから身体を起こした。
窓の外は暗い。東京の夜景。
たくさんの光。たくさんの人間。たくさんの生活。
それぞれが誰かと生きている。
自分だけが、この部屋にいる。
「……」
スマートフォンを手に取る。
またSNSを開く。また閉じる。
そして、メッセージを開く。
『空賀彼鉈』
何度も名前を見る。
「……」
会いたい。でも、自分から謝るのは怖い。
また拒絶されたら。また喧嘩したら。
そう考えると、指が動かなかった。
◇
夜23時58分、もうすぐ日が変わるところ。
彼鉈も、自分の部屋でスマートフォンを眺めていた。
看空の名前を開く。すぐ閉じる。また開く。
「……」
会いたい。でも、今日は一人でいると決めた。
一人で過ごして、幸福とは何なのか考えてみようと思った。
その結果、分かったことは一つだけだった。
「……一人じゃ、つまらない」
言ってから、自分でも少し怖くなった。
一人でも楽しめることなんて、いくらでもあるはずだった。
映画だって見られる。音楽だって聴ける。
行きたい場所へだって、一人で行ける。
なのに、水族館で隣にいた人がいない。夏祭りで隣にいた人がいない。
夜の渋谷で、くだらない話をしていた人がいない。
それだけで、全部がつまらなく見えた。
「……これって」
救いたいってことなのか。
それとも......
「……ただ、会いたいだけなのかな」
自分でも答えが分からなかった。
それは、憧れなのか。恋なのか。
執着なのか。依存なのか。 ただの寂しさなのか。
まだ分からなかった。
ただ、昨日までとは違う。
「……明日も、7月19日なのかな」
「今日聞いたこともなかったことになるのか...」
そんなことを呟いて。 スマートフォンを枕元に置く。
眠る前、最後に思い浮かんだのは水色の髪だった。
同じ頃に、看空も眠る前に、黒い画面に映る自分の顔を見ていた。
そして、小さく呟く。
「……会いたいな」
その言葉だけが、暗い部屋の中に残った。
◇
スマホの画面には、7月19日の文字。
秒針が進む。あと少し。
「……」
23時59分55秒。
56。
57。
58。
59。
そして──。
0時00分。日付が切り替わった。
「……」
彼鉈は目を見開いた。
スマートフォンの画面を何度も確認する。
そこに表示されていたのは、
7月20日の文字。
「……え」
思わず、身体を起こした。
もう一度画面を確認する。
7月20日で間違いない。
「……は、20日?」
声が震えた。ベッドから立ち上がる。
壁に掛けられた時計を見る。
午前0時。日付を表示するデジタル時計も、20日を示している。
「……終わった」
その言葉が、口からこぼれた。
「終わった……?」
何度も繰り返した。
19日じゃない。20日だ。
当たり前の日付、たったそれだけのことなのに。
胸の奥から、急に何かが込み上げてきた。
「……やった」
笑ってしまった。
「やっと……」
ベッドに腰を下ろす。
今まで何度も繰り返した一日。
何度も同じ朝を迎えて。
何度も同じ場所へ行って。
何度も同じ人と笑って。
何度も同じ夜を迎えた。
それが、終わった。
「……明日が来るんだ」
明日、7月20日。
それだけの言葉が、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
明日がある、それだけで十分だった。
「……はは」
彼鉈はベッドに倒れ込んだ。天井を見上げる。
さっきまで重かった身体が、嘘みたいに軽い。
「……よかった」
目を閉じる。
久しぶりに、何も考えず眠れそうだった。
明日は何をしよう。
喧嘩したけど、看空に連絡して。
またどこかへ行って。
昨日までのことを話して。
それから──そんなことを考えているうちに、意識が少しずつ遠くなっていく。
最後にスマートフォンの画面を確認する。
2020年7月20日、0時14分。
「……おやすみ」
誰に言うでもなく呟いた。
そして、眠った。
お読みいただきありがとうございます!感想もお願いします!




