22話 ムスカリ
一方その頃、青凪看空は自室のベッドに横たわっていた。
カーテンは閉めたままで部屋の中は薄暗い。
スマートフォンだけが、白い光を放っている。
「……」
2020年7月19日は、役員会議の日。
母親とともに会社へ行き、何時間も大人たちに混じって話を聞く。
将来の会社、経営、利益。
児童支援施設。芸能事業。テーマパーク事業。
青凪家の後継者。
全部、分かっている。
でも。
「今日、体調悪くて......」
朝、母親である花蓮にそう告げた。
「……そう」
花蓮はしばらく看空を見た。
「本当に?」
「うん」
「昨日も遊びに出ていたでしょう」
「……だから疲れたのかも」
「遊び疲れ?」
少しだけ冷たい声。看空は布団を握った。
「……そうかも」
「仕方ないわね」
花蓮はそう言った。
「ただし、明日は必ず資料に目を通しなさい」
「はい」
扉が閉まる。それだけだった。
思ったより、何も起こらなかった。
もっと怒られると思っていた。
もっと責められると思っていた。
でも、何も起こらなかった。
「……」
天井を見つめる。自由になった。
今日は会社へ行かなくていい。母親の隣に座らなくてもいい。
今までの7月19日のループは家族よりも早く起きて、何も連絡をせず、夜に自宅へ戻ってくる、ということを繰り返していた。
「……じゃあ」
何をすればいい?
ベッドから起き上がる。クローゼットを見る。
服が並んでいる。バッグもある。帽子もある。財布もある。
スマートフォンもある。
何でもある。
「……」
なのに、なぜか何もしたくない。
外へ出ようとも思わない。
動画を見ようとしても、数分で飽きる。
音楽を流しても、頭に入ってこない。
SNSを開けば、楽しそうな投稿で溢れかえる。
旅行、友達、恋人、家族。
誰かの誕生日、誰かの記念日。
誰かの幸せ。
──スクロール。
──スクロール。
──スクロール。
「……」
スマートフォンを伏せる。
天井を見る。
静かだった。
あまりにも静かだった。
「……私、何がしたいんだろう」
答えは出ない。
昼を過ぎても、看空はベッドから出なかった。
使用人である黒木が昼食を持ってきた。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
「……そこに置いて」
「召し上がられますか?」
「後で」
「承知いたしました」
「ていうか黒木さん、今日はもう帰っていいよ」
「いや、しかし私も仕事が...」
「帰って、い・い・よ?」
「......」
「承知いたしました……何かございましたらすぐにお呼びください」
扉が閉まった。
しばらくすると、また静かになった。
スマートフォンを手に取る。
メッセージを開く。
空賀彼鉈の欄を見る。
最後のメッセージには......何もない。
「……」
昨日、あれだけ言った。
『放っておいてよ』
本当に放っておかれた。
当然だ。自分で言ったのだから。
「……」
指が勝手に入力画面を開く。
『昨日はごめん』
打つ。消す。
『今何してる?』
打つ。消す。
『会いたい』
そこまで打って。
全部消した。
「……何やってるんだろ」
スマートフォンをベッドに投げる。
天井を見る。
「一人でいられるじゃん」
誰に言っているのか分からない。
「一人でも、大丈夫じゃん」
言葉にする。
「私は……大丈夫」
その言葉は、いつもなら自分を守ってくれるはずだった。
でも今日はどうしても、空っぽに聞こえた。
気付かぬ間に看空と彼鉈は互いに依存しあっていた。
お読みいただきありがとうございます!感想もお願いします!




