15話 廻廊
あの後、話終わり気づいたらスクランブル交差点に戻っていた。
今の時刻は夜の20時ごろ。
自宅のベッドに倒れ込み、天井を見る。
白い、見慣れた天井。
なのに、頭の中にはさっきまでいた星空が残っている。
「……どうすればいいんだよ」
独り言が部屋に落ちた。
管理人のトレヴォは言った。
──お前自身が彼女のそばにいるしかないだろう。
それだけ。あまりにも簡単な言葉だった。
「そばにいるって言ったって……」
スマートフォンを見る。
DM。最後に送ったメッセージは昨日のまま。
『今日はありがとう』
既読はついていない。
電話をかけることもできる。
家を知っているわけではない。
いや、豊洲のタワマンということしか知っている。
「いきなり行ったら普通に怖いよな……」
自分が女子高生の立場だったら絶対怖い。
そもそも、どうやって入るんだ。
オートロック?受付?コンシェルジュ?
「……あれ?」
こんな考えを前もしたような気がする。これもデジャヴか。
「無理だなぁ」
想像しただけで疲れた。
スマートフォンを胸の上に置く。
目を閉じる。
そもそも、何をすれば人間は幸せになるんだ。
そんなことが分かるなら、僕だってこんなことになっていない。
「……幸福って、なんなんだろうな」
自分も感じる昔からの問い。
答えは返ってこない。当たり前のことだ。
◇
同時刻、豊洲のとあるタワーマンション。
青凪家では、まだ明かりが消えていなかった。
「明日の資料についてですが──」
長い会議が終わっても、青凪看空の一日は終わらない。
母親、使用人。会社関係者。
今日は泊まり込みで来ている人間までいる。
「お嬢様、こちらを」
「……ありがとう」
資料を受け取る。
笑顔で背筋を伸ばす。
「はい。確認しておきます」
自分でも分かる。
今の自分は、完璧だ。
声、表情、姿勢。
全部、昔から教えられてきた通りになっていると思う。
──女の子なんだから、もっと笑いなさい。
──言葉遣いに気をつけなさい。
──青凪家の人間として恥ずかしくないように。
全部、覚えている。
だから。
「私は、大丈夫」
そう言える。言えるだけ。
部屋に戻り、扉を閉める。
「……」
誰もいない。静かになった。
鏡を見る。水色の髪にベレー帽。
整えられた顔。綺麗な服。
何一つ不自由がない。
「……お綺麗ですね」
鏡の中の自分に言う。いつもの癖だった。
誰かに褒められたときの返事。
写真を撮ったときの表情。
人前に出るときの顔。
全部、自分で作った。
いや、作らされた。
「……誰?」
鏡の中の自分へ問いかける。
返事はない。
ベッドに横たわり、スマートフォンを開く。
SNSを見る。知らない人間の楽しそうな写真。
友達、恋人、家族。
旅行や食事。
そして笑顔。
スクロールする。
またスクロールする。
「……いいな」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
何がいいのか分からない。
何が欲しいのかも分からない。
ただ、誰かと笑っている人たちが羨ましかった。
別のSNSを開き、昨日のメッセージを見る。
『今日はありがとう』
それだけだった。
看空はしばらく画面を見つめた。
「……会いたい」
口に出してから、慌てて口を閉じる。
「……何言ってるんだろ」
でも、一度出てしまった言葉は消えない。
時計を見る。
20時47分。
まだ家の中には人の気配がある。
廊下を歩く音。使用人の声。母親の話し声。
どう考えても逃げられない。
「……明日も、これか」
今日起きたら、なぜか7月19日と日付が表示されていた。
看空が困惑していたのをよそに、母親である花蓮は準備早くしなさい、とうるさかった。
実質的に役員会議に参加するのは2回目となってしまった。
しかも見事に役員全員の言葉が昨日参加した役員会議と全く同じだった。
仕草や母親が笑顔の訂正をすることまでも同じ。気持ち悪いくらいだった。
机の引き出しを開ける。
そこには、以前使っていた薬が残っていた。
看空はしばらく、それを見つめる。
「……」
引き出しを閉じる。
「……もう一度だけ」
◇
午前0時を過ぎた頃。彼鉈は眠れずにいた。
ベッドの上で何度も寝返りを打つ。
「水族館……とか」
デートスポットや異性と一緒に行く場所を検索する。
「......なんか違うなぁ」
別に告白するわけじゃないし。
いまいちピンと来ない。
「……まず、明日何かしたいか聞いてみよう」
そこからでいい。答えを出そうとしなくていい。
幸福なんて、最初から分かるものじゃない。
そう呟いたとき。
スマートフォンが震えた。
画面を見て、目を見開く。
『起きてる?』
送り主は青凪看空だった。
「……え?」
すぐに返信する。
『起きてる』
既読、数秒後。
『今から会えない?』
時計を見ると、午前1時10分を指していた。
真夜中も真夜中というところ。
「……今から?」
『うん』
『どうしたの?』
しばらく返信が来なかった。
そして。
『明日、会議があるの』
『家から出られない』
『だから』
『今日しかないと思って』
彼鉈は画面を見つめた。
胸の奥が嫌な感じにざわつく。
でも、それ以上に。
彼女が助けを求めているように見えた。
『ごめん、もう電車がない』
現実問題、電車がないと渋谷まで行けない。
当然僕の最寄りである五井駅の終電は過ぎている。
『じゃあ明日の朝6時、会議が始まる前の朝一番』
すぐに返信が来た。
『ハチ公前で待ってる』
「……」
『わかった』
ここから、昨日とは違う7月19日が始まろうとしていた。
それは二人にしかわからない。
お読みいただきありがとうございます!また始まった7月19日。二人はどう乗り越えるんでしょうか?感想お待ちしてます。




