14話 境界線
トレヴォは続ける。
「あくまで私の推測だが、お前たち二人は一度ここへ来た」
「その中でも、彼女はまだこちら側との境界が薄い」
「……幼少期に来やがったせいだろうな」
「幼少期……?」
その言葉が引っかかったが、トレヴォは構わず続ける。
「生死の境界に来た人間は、普通なら時間とともに現世との繋がりを取り戻す」
「だが、彼女は違う」
「境界に触れたまま、こちら側との繋がりを残している」
トレヴォが空を指差す。
「つまり、精神状態が大きく揺らげば──」
その指先の先。
星空に、ほんの小さな亀裂が走った。
「世界そのものに、亀裂が入る可能性がある」
「……」
「そして、その亀裂が時間を巻き戻している」
頭の中で、昨日の出来事が繋がっていく。
青凪海都。新聞。
看空へのDM。
返事が来なかったこと。
そして、7月19日。
「じゃあ……」
口の中が乾く。
「彼女を助ければ、7月19日は終わるんですか?」
「分からない」
「……分からない?」
「私はここの管理人であって、全知全能の神ではないからな」
トレヴォは肩をすくめる。
「ただ、原因が彼女にある可能性は高い」
「……」
「だからといって、彼女を責めるなよ」
「そんなつもりは……」
「分かっている」
トレヴォは静かに言った。
「お前は今、世界を救おうとしているわけではない」
「……」
「一人の人間を助けようとしている」
胸の奥に、何かが刺さった。
「……僕は」
言葉が続かない。
まだ二日しか会っていない。
なのに、青凪看空という一人の少女のことが気になって仕方がない。
「青凪さんに、何が起きてるんですか」
「それを知るには、お前自身が彼女のそばにいるしかないだろう」
「……どうすれば」
「さあな」
「えぇ……」
トレヴォは少しだけ笑った。
「幸福というものは、人によって違う」
「……」
「私には、お前たちが何を幸福と呼ぶのか分からない」
「だからこそ──」
トレヴォは彼鉈を見る。
「お前が彼女と過ごした時間を、無駄だと思っていないのなら」
「それを続けてみればいい」
「……」
「世界が同じ日を繰り返すなら」
トレヴォは夜空へ視線を戻した。
「その一日を、お前たちで変えてみろ」
「……一日を」
「そうだ」
「昨日とは違う7月19日を作ればいい」
「私はお前たちの世界に干渉できないからな」
その言葉を聞いた瞬間。
なぜか、少しだけ笑ってしまった。
「……めちゃくちゃな話ですね」
「お前に言われたくはないな」
「僕?」
「そもそも、死ぬつもりだったんだろう?」
「……」
「なら、生きている間くらい好きに足掻け」
「気づいた時にはもう死んでいるぞ」
「……はい」
トレヴォは空を見上げる。
「それに十中八九、お前と青凪看空を除いて、世界がループしていることを知らない」
「そう……ですよね」
彼鉈と看空、二人だけが知っていること。
静かな夜空を横目に、ふと思った。
昨日と同じはずなのに。
今日は少しだけ違って見えた。
「……トレヴォさん」
「なんだ」
「青凪海都っていう人は」
その名前を口にした瞬間。
トレヴォの表情が僅かに変わった。
「……」
「5日前にここにいた人ですよね?」
「……」
「どこに行ったんですか?」
長い沈黙。
やがて、トレヴォは空を見上げたまま答えた。
「さあな」
「……それだけ?」
「ああ」
「なんか知ってるのでは?」
「知らないな」
「絶対嘘だ」
「……黙れ。強制送還するぞ」
頑なに話す気はないらしい。
けれど、その一瞬だけ。
トレヴォの瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「……まあいい」
(デコピンで僕を家に帰したり、銃撃ったり……この人何者なんだ?)
彼鉈は、それ以上追及しなかった。
今は、別のことを考えなければならないからだ。
青凪看空、彼女をどうすればいいのか。
どうすれば、この7月19日を終わらせられるのか。
そして──どうすれば、彼女にとっての幸福を見つけられるのか。
まだ、その答えは分からない。
ただ一つだけ、昨日とは違うことがある。
彼鉈はもう、一人で生きることを考えてはいなかった、ということ。
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