12話 Re:始まり
結局のところ彼鉈は眠れず、布団から出てスマートフォンを手に取った。
時計は午前2時を指している。
「……青凪海都」
デスクトップに置いてあるパソコンで検索する。
ニュース記事。古い掲示板。
まとめサイトや動画。
たくさんあるが、どれも似たような内容だった。
『元政治家』
『サマーカルム・エンターテイメント創設者』
『姫川家殺害事件』
『容疑者、青凪海都』
「……姫川?」
その名前だけ、妙に引っかかった。
もしかしてどこかで見たか...?
記事を開く。
事件の詳細は15年前とはいえ古いからか、情報がかなり断片的になっている。
家族一家が殺害され、娘が重傷を負った。
青凪海都が逮捕されたが、最終的に不起訴だったということ。
「……」
もちろん詳しくはわからないが、なぜか胸騒ぎがした。
さらに検索する。
『青凪海都 看空』
『青凪海都 孫』
『青凪看空 姫川』
ほとんど何も出てこない。
意図的に情報を隠しているようにも見えた。
「……これ」
検索結果をスクロールする。
一件だけ、古い記事が出てきた。
『待機児童問題、児童支援活動に尽力した青凪氏』
そこには、まだ若い頃の青凪海都の写真が載っていた。
その隣に映る小さな女の子。顔は当然ぼかされている。
記事には、
『青凪氏は親を失った児童の支援活動にも積極的で──』
と書かれている。
「……」
看空の頭に浮かんだが、確証はない。
ただの偶然かもしれない。そう思いたい。
「……明日、聞こう」
看空本人に。聞けるならちゃんと話したい。
新聞を見つけたことと、祖父のこと。
自分が心配していることも。
「……もうこんな時間か」
それでも検索をやめられなかった。
画面をスクロールし続けているうちに、窓の外が少しずつ白み始めた。
時計を見る。午前4時38分。
「……もう無理」
目が重くなってきた。
彼鉈はそのままベッドへ倒れ込んだ。
◇
──ピピピッ。ピピピッ。
「……ん」
スマホのアラームが鳴り、目を開ける。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
体が重い。昨日あまり眠っていなかったからだろう。
枕元のスマートフォンを手に取る。
画面を点ける。時刻は8時17分。
その下に表示された日付には、7月19日と表示されていた。
「……」
一瞬、意味が分からなかった。
「……え?」
目を擦り、もう一度見る。
何度見ても、7月19日と表示されている。
「……いやいや」
昨日が7月19日だった。
古新聞をまとめて、看空にメッセージを送り、今日中に返信が来なかった。
そして夜中まで青凪海都について調べていた。
全部覚えている。
「……待って」
ベッドから起き上がり、壁掛け時計を見る。
やはり、7月19日と表示されている。
急いで階段を降りる。
「彼鉈、今日も早いわね」
「昨日も早かったじゃない」
母である夏子が味噌汁をよそいながら目を丸くする。
「今日も...?」
「え、今日って20日じゃないの?」
「......早起きして寝ぼけてるの?」
「そうだぞ、今日は19日だ」
椅子に座ってスマホを見る父さんが訂正する。
「そういえば学校から進路の紙来てるから見ときな」
「母さんたちもう仕事行くから」
デジャヴだ。昨日の朝と完全に同じやり取りをしている。
「わかった」
反射的に返事をする。
つけているテレビではアナウンサーが、
『本日は7月19日火曜日。本日も各地で猛暑日になる見込みです』
背景の映像はスクランブル交差点。昨日と同じ画角で同じアナウンサーが喋っている。
昨日と同じく玄関まで行き、両親を送る。
「そうだ彼鉈」
「倉庫の古新聞、まとめといてくれ」
「明日の資源ごみの日だから」
芳樹が昨日と何一つ変わりないセリフを言い、彼鉈は固まる。
「…………」
「ん?聞いてるか?」
「あ、あぁうん!おっけー」
「ん、じゃあ頼むぞー」
芳樹が手を振りながらドアを閉めた。
これも昨日のやり取りと完全に一致している。
「あれっ」
昨日玄関にまとめておいた古新聞は、綺麗さっぱりなくなっていた。
「……なんで?」
昨日と同じ朝。
昨日と同じ日付。
昨日と同じ世界。
もしかして、彼鉈だけがそれを知っているのか?
「……嘘だろ」
スマートフォンを握り直す。
メッセージ欄を開き、看空との最後のメッセージを見る。
『今日はありがとう』
昨日、躊躇して送ったものが履歴に残っている。
その下には、何もない。
「……青凪さん」
名前を呟く。
その瞬間、昨日博物館で見た彼女の横顔が頭をよぎった。
そして、あの夜空と管理人。
生と死の境界。
「……まさか」
胸の奥が、また嫌な音を立てた。
昨日と同じ一日が、始まろうとしていた。
◇
朝食を終えて自室へ戻る。時計は8時43分を指していた。
急いで昨日の夜に見たニュース記事を検索する。
《青凪海都容疑者、過去の殺人事件について──》
記事は、昨日と同じ位置に表示されている。
「……なんなんだ、これ」
スマートフォンを机に置く。
一度、深呼吸する。
落ち着け。寝ぼけているだけかもしれない。
そう思って、自分の頬をつねる。
「痛っ、、、」
現実だった。
それなら。
「……青凪さん」
さっき見たDMを開く。
昨日送った新聞についてのDMは送っていないことになっている。
『昨日のことなんだけど』
そこまで打って、消した。
何を書けばいい。
《今、世界が昨日を繰り返してる》
そんなことを書いて、信じてもらえるだろうか。
そもそも彼女自身がこの世界の異変に気づいているのかすら分からない。
「……会いに行くか」
そう呟いた。口に出してから、自分でも少し驚いた。
以前の自分なら、こんな状況になっても布団の中で考え続けていただろう。
外に出たところで何が変わる。
そう思って、諦める。
けれど、一昨日の彼女の顔が浮かんだ。
博物館で見せた、あの表情。
家に帰る直前の笑顔。
そして、最後に届いた。
『今日はありがとう』
あの言葉を思い出すと、なぜか身体が動いた。
「……渋谷なら」
もしかしたら、あの場所なら。
お読みいただきありがとうございます!なぜか、また7月19日がきてしまった彼鉈。渋谷に行ってどうするのでしょうか...?感想や誤字脱字ありましたらお願いします!




