10話 古新聞
一方、その頃。
──ピピピッ。ピピピッ。
何時かにセットしたスマホのアラームが鳴る。
いつもなら止めて二度寝するところだが、不思議と目は覚めていた。
昨日歩き回ったせいだろうか。それとも。
「また会える」
その約束が、まだ胸のどこかに残っているからか。
眠い目を擦りながら階段を降りる。
「彼鉈、今日も早いわね」
母親である夏子が味噌汁をよそいながら目を丸くする。
「……僕もそう思う」
「昨日も早かったじゃない」
壁の時計を見ると、2020年7月19日8時42分、と表示されていた。
「そういえば学校から進路の紙来てるから見ときな」
「母さんたちもう仕事行くから」
「わかった」
つけっぱなしのテレビでは朝のニュース。
アナウンサーが「本日も各地で猛暑日になる見込みです」と話している。
背景の映像は昨日通ったスクランブル交差点だった。
玄関へ行き、両親を送る。
靴を履きながら父親である芳樹が振り返った。
「そうだ彼鉈」
「倉庫の古新聞、まとめといてくれ」
「明日の資源ごみの日だから」
「えぇー」
思わず声が漏れる。
「そこまで量ないだろ?」
「いやあるよ」
「高校の教科書よりある」
「それは盛ったな」
父親が笑う。
「頼んだぞ」
軽く手を振り合い、玄関のドアが閉まる。
家の中が静かになった。
ふと、ポケットのスマホを出す。
『今日はありがとう』
昨日の夜はあのまま寝てしまったので送り忘れていた。
今更感しかないよなと思いつつ、送るか迷っていた。
履歴を見ると、一昨日以前のやり取りが面白おかしく見えて少し笑ってしまった。
「……変なの」
言い終わった後に、送信ボタンを押した。
◇
朝食を食べて、サンダルで外へ出る。
まだまだ暑いなか、倉庫を開ける。
むわっと熱気が押し寄せた。
「暑っ……」
ダンボールに、壊れた扇風機。小学生の頃の工作や古びたアルバム。
懐かしいものや古くて壊れたものが転がっている。
「懐かし」
物をどかしながら奥へ進む。
「これか」
どうやら周りに散乱しており、拾い集めて十字で縛る。
「結構量あるじゃん...」
10分ほどでまとめおわった。
額についた汗を拭うと、一番上に置かれていた新聞がぱさり、と床へ滑り落ちた。
何気なく拾い上げる。
折り目を伸ばした、その瞬間だった。
そこに載っていた写真を見て、息が止まる。
《政治家・青凪海都容疑者、逮捕 姫川家殺害事件に関与》
「……....え?」
思わず声が漏れた。
青凪海都。昨日、博物館で見た人物。
そして──。
生死の境界で出会った、なぜか見た目30代の人。
いや、それだけじゃない。
「おじいちゃん……?」
昨日、看空は確かにそう言った。
『おじいちゃんのことやってると思わなくて……』
あの時は気にも留めなかった。
けれど今ならわかる。
「なんで分からなかったんだ...」
青凪海都は、青凪看空さんの祖父である。
新聞をめくる。紙はところどころ黄ばんでいて、年代を感じさせる。
内容を見ると、事件が起きたのは15年前の2005年7月未明。
姫川一家殺傷事件。被害者の両親は死亡。
幼い娘だけが重傷を負い、一命を取り留める。
記事の最後には、小さく書かれていた。
『保護及び支援は、容疑者が設立したサマーカルム・エンターテイメントが行った』
「……」
頭の中で何かが繋がる。
サマーカルム・エンターテイメント。
看空と青凪家。そして、祖父。
偶然とは思えず、彼鉈は急いでスマホを取り出す。
メッセージを開く。
さっき躊躇して送った言葉がそのまま残っている。
『今日はありがとう』
画面を見つめる。
送るべきか。送らない方がいいのか。
どんな反応されるだろう。失望させてしまうだろうか。
でもこれは過去の記事だ。
もしかしたら看空は知っているかもしれない。
いや、知らない可能性もある。もし知らなかったら......
僕が教えることで──。
親指が止まる。
画面の上を何度も行ったり来たりする。
「……」
胸がざわつく。でも知らないままの方が残酷なんじゃないか。
そう思ってしまった。
『急にごめん』
消して、入力し直す。
どんな言葉なら上手く伝えられるだろう。
『古新聞整理してたら、こんなの見つけた』
軽すぎるだろうか。
考えながらも、写真を添付する。
送信ボタンの前でもう一度止まる。
「本当に、送るのか……」
返事が返ってこなくなるかもしれない。
もしかしたら嫌われるかも。
それでも昨日、看空は言っていた。
『……昔、おじいちゃんだけは』
『好きな格好していいって言ってくれた』
あのぎこちない笑顔が頭から離れない。
「……ごめん」
送信ボタンを押した。
画面の上で、小さな紙飛行機が飛んでいく。
数秒後。
あっという間に既読がついた。
一分。二分。
五分と待っても、スマホは静かなままだった。
近くでは、夏休みに入った子どもたちの笑い声が聞こえている。
その音だけが、妙に遠かった。
「……青凪さん?」
胸の奥に、言葉では説明できない嫌な予感だけが、ゆっくりと広がっていった。
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躊躇いながらもメッセージで新聞のことを伝えた彼鉈。この後はどうなるんでしょう?




