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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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支えられて人は生きる

熊沢監督と面談してからすでに5日が経った。4月24日の月曜日、澤村選手とトレーナーである僕は、外に出てグラウンドの外野の芝生の上を歩いた。二人の間に会話はなかった。何とか僕は言葉を掛けようとしたのだが、結局、何もしゃべることができなかった。

 原因は二つばかりある。一つは、われらのチームが昨日の公式戦で8連敗を喫したことだった。借金は12になる。そして二つ目、僕は熊沢監督に、『英一だって心の中では苦しい思いをしていると思うよ。だから、英一のよき相談相手になってやってくれ』と頼まれたにもかかわらず、その大役に僕自身の心が重くなっていたことだった。

 グラウンドでの歩行訓練のあと、室内練習場に戻り、二人でキャッチボールをした。午後3時、澤村選手は単身寮に戻り、寮内にあるトレーニング室において、気功師の沖田さんから施術を受けることになった。

 午後4時過ぎ、僕は単身寮の玄関の前に立っていた。

「やぁ、吉原さん。僕を待っていてくれたの?」

「いえ、まぁ」

「何か話でもあるのかな。だったら、ちょっと歩きながら話そうかな。僕の車、グラウンドの右中間側に置いているし」

「ありがとうございます」

 僕が気功師の沖田さんに会ったのは、僕が鍼、灸の専門学校に通っていた頃だった。沖田さんの『気功学』の授業を受けて以来、付き合いをさせてもらっている。僕は授業中、時々沖田先生に質問をした。とてもていねいに答えてくださった。勉強家、努力家というのが僕の沖田さんに対する評価だった。

 かつて、念力でスプーンを曲げるというテレビ番組があったりして、超能力などというものが世間にもてはやされた時期があったりして、気功師というのは、とかく超能力者というようなイメージがあるが、沖田氏はごくごく普通の人だった。つまり、できないことはできないと言われるし、クライアントの患部に外から「気」を入れて、多少の効果が現われても非常に謙虚な姿勢を貫かれている。

 以前、澤村選手の右足首に「気」を入れられた時、澤村選手から、『とても、温かくなりました。歩いても、右の足首のあたりに、チクチクとか、シクシクとかいった痛みを感じないようになりました』と、お礼の言葉をかけられたことがあったが、沖田氏は照れながら頬を赤らめ、『いやいや、澤村さんが素直な心で私の施術を受けてくださったからですよ』と答えておられた。

 僕は、沖田氏と並んで歩いた。清々しい風が僕の体の中を通り抜けていくような気がした。

「澤村君の左の太腿ね、よくなっているよ。明日は都内の病院に行って、検査をしてもらうことになっているね」

「はい」

「大丈夫だよ。あまり心配をしないで。左太腿の筋肉ね、切断した箇所なんだけど、かなりくっつきはじめたよね。あとはキューティクル・ケアをしっかりやっていきたいよね」

「何だか、毛髪のケアと似ていますね」

「そうだよ。みんな同じ人間の細胞からできているんだもの、構造的にはよく似ているさ」

 沖田氏が僕の方を見て、にっこりと笑われた。

「キューティクルというのは、毛髪の最も外側にある、薄い膜みたいなものなんだが。でも、その髪の表面というのは、魚のうろこみたいに、小さくて四角い型をした細胞が折り重なり合っているんだ。そのおかげで、髪の中から液体や栄養素といったものが逃げにくくなっているといっても過言じゃない」

「そうなんですか。髪の毛と、筋肉の繊維とは似たところがあるんですね」

「まあ、繊維といっても細い糸の集まりだからね。切れた糸は紡ぎ直して一本の強い糸として、つなげてやらなくてはね。でも、つながっただけではいけない。今度はその繊維の表面が、筋肉特有の液体でもって覆われてこなくてはね。今は、筋肉を覆う液状物質が湧出するようにと施術を行っているところだよ。ああいう筋肉繊維をコーティング(上塗り)する液体があってこそ、繊維を強く柔らかくし、切れなくなるようになる」

「どうか、よろしくお願いします」

 沖田氏の車は、国産の軽自動車だった。あまり着る物とか、自動車にはこだわらない人らしい。

 ともかく、以前、沖田氏は『あまり商売の手を広げ過ぎると、僕の気が薄まってしまってね。クライアントの人数は増やさないようにしているんだ』と、僕に話しておられた。沖田氏はこれから約22キロ離れた佐倉市に帰っていかれる。シートベルトを締められた沖田氏に、僕は深々と頭を下げた。沖田氏は手をちょっと挙げて、車を発進された。僕は自分の及ぶ力が弱いことを再認識した。たくさんの人に支えてもらうしかないのだと思った。グレーの軽自動車が小さくなっていくのを眺めながら、大切なのは人間力ではなかろうか、と僕は思った。(つづく)

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