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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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選手の心の声が聞こえるトレーナーに

僕は熊沢監督の方に顔を向けていたが、監督の『心のケアが必要だ』という言葉に、ショックを受け、頭の中が混乱したのか、目の前がボーッと霞んで見えた。

(僕は、澤村選手の心の叫びにも、熊沢監督の心の声にも気が付いていなかったのかもしれない)

 と、僕は心の中でつぶやいている。でも、監督の言葉が耳に入ってくる。

「君は、五年前、トレーナーの面接試験で、『選手の皆さんの声なき声を聴きながら、がんばっていきたい』と言っていたね。ある意味、選手たちが故障した患部を治療するのは医師の方が優れている。でも、事前に選手たちの体から発する危険信号としてのサインに気づき、怪我をする前に予防策を講じることができるのは、トレーナーの方かもしれないよ」

 僕は、ようやく視線が定まった。監督の目を見ながら言った。

「その点、僕は未熟でした」

 熊沢監督は笑みを浮かべていた。でも、余裕がありそうな笑顔だった。

「野球選手のピークは、二十二歳から二十九歳くらいかもしれない。個人差はあるけれどもね。でも、トレーナーは五十代、六十代とまだまだ成長していける職種だと私は思うね。だから失敗しても、未熟だと感じても、自分にはまだまだこれから勉強しなくてはならないことがたくさんあると思って、踏ん張って欲しい。君はまだまだトレーナーとしては、若いんだから」

 僕は涙ぐみそうになった。しかし、監督は椅子から立ち上がり、僕の前まで歩み寄ってこられ、手を伸ばし、握手を求められた。思わず僕は立ち上がり、監督の手を握った。

「じゃ、よろしく頼むよ。英一も君のことを頼りにしている。お互いに英一のことを陰ながら支えていこうじゃないか」

 僕は、監督に深々と頭を下げた。監督は何もかも承知の上で、辞表したいという僕の気持ちをなだめてくださったのだ、と思った。

 熊沢監督はミーティング・ルームから立ち去って行かれた。僕は興奮した気持ちが治まらず、再び椅子に腰を降ろし、背もたれに上半身をあずけた。

(そうか、一番苦しかったのは、澤村選手なのだ)

 そんな気持ちを専属である僕が気づかず、しかも敵前逃亡までしようとしたのだ。

 恥ずかしかった。そして、何んとか名誉挽回はできないものか、と思った。

 僕は、立ち上がった。そして窓からグランドを見た。両翼100メートル、122メートル。春になって、僕の目には、芝生の緑が一層映えてきたように見えた。センター方向、スコアボードの上の旗が静かにたなびいていた。そして、その旗の横を白球が飛び去って行くのが見えた。あの、澤村選手が打者として打った時の、空高く消えていく白球を見るのが僕は好きだった。

 夢があるから人間は頑張れるのだ。そして、僕は野球が大好きだった、今も昔も。

 選手の心の叫びが聞こえるようになりたい。その選手の肉体の叫びが聞こえるようになりたい。そんなトレーナーになるんだ、何年かかったとしても、僕は。(つづく)


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