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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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大切なのは心のケアだと告げられて

4月19日、今日は、公式戦のない日だ。

 熊沢監督は、青のブレザーコートを着てミーティング室に現れた。

「お待たせ」

 にこやかな顔を僕に見せてくれる。僕は深々と頭を下げた。

「ちょっと、室内練習場ものぞいてみたよ」

「そうでしたか」

「まぁ、座りなさい。これでもどうかな?」

 監督は、ポケットから缶コーヒーを出し、テーブルの上に置かれた。監督が椅子に腰を降ろされる。僕も椅子に座った。

「英一のネットスローを見たよ。投げるときはそうでもないんだが。やはり、歩く時はまだ、左足を気にしている様子だったね」

 監督は、澤村英一選手のことをまるで自分の息子が怪我をしたかのように、痛まし気な顔つきをしながら語られる。

「はい、そうですね。今年の一月末のことですが、捕手を立たせてのキャッチボールでも、左足の腿の裏辺りに手をやって気にするしぐさが何回か見られたのですが。その時、そうした太腿の筋肉の張りというものが、昨年の日本シリーズの時に痛めた右足首のせいだと、早く僕が気が付けばよかったと反省しています」

「いや、そうはいってもね。あの頃は、私もそして英一も、WBCワールド・ベースボール・クラシックに出たいという一心だったからね。少々のことは我慢しようとしたんだ。君のせいではない」

 僕は、なかなか缶コーヒーに手が伸ばせない。そして、言葉も出て来ない。早く監督に僕がチーフトレーナーに、辞表を提出したことを告げなくてはならないのに。

「英一は、うちのチームの宝なんだ。いや、将来の日本チームを支えて立つ、中心の柱なのかもしれない……」

 缶コーヒーのプルタブが引き抜かれる音がして、僕は顔を挙げた。

「君は、どう思う?」

 僕は面食らっている。しかし、当然、澤村選手の今後のことだろう。二軍のトレーナーから澤村選手専属トレーナーにしてもらえたのは、目の前の熊沢監督なのだ。熊沢監督と僕との話題といえば、澤村選手の体の怪我に関することしかない。

 僕は、覚悟を決めた。もう球団の職員を辞める人間なのだ。自分の思うことを素直に告げるしかない。

「これからは、無理をさせてはならないと思います。投手としての起用は、中六日を開けて週一回のみとすべきだと思います。そして指名打者としての起用も週に一試合のみです」

「そうか。君もやはり、英一には二刀流を続けてやってもらいたいんだね。私は、今回の肉離れの件で、英一は投手のみに専念させるべきではないか、と考えるようになってね。だが、君はやはり今後も二刀流で行くべきだと主張するわけだね」

「はい。普通のピッチャーなら時速145キロのボールは投げられるでしょうが、時速165キロはどう逆立ちしても投げられません。普通のバッターなら飛距離120メートルのホームランは打てるでしょう。しかし、飛距離150メートルのホームランは、どうあがいても、たとえフリー・バッティングであってさえも打てないでしょう」

「確かに、そうかもしれないが……」

 監督は苦しそうな顔をして言葉を継がれた。

「英一の選手生命はどうなるんだ?。もし今のまま、投手と指名打者の二刀流をやり続けたなら、両足首の捻挫、太腿やふくらはぎの肉離れ、下半身がボロボロになってしまうんじゃないだろうか。そういう怪我はいつやって来るか予測もつかず、チーム全体の構想にも響く。そして、個人として、怪我の繰り返しをやっていたら、あと何年持つか。ひょっとしたら、プロの一軍で活躍できるのは、あと二、三年かもしれない……」

 監督は苦しそうに、口を閉じられた。

 僕は、監督にも澤村選手にも、もうこれ以上、迷惑はかけたくなかった。ここのトレーナーを辞めたら、ともかく整骨院やマッサージ店など、職探しにあちこちを回ろう。僕は、監督に向かって言葉を発しようと、上体を起こし、ちょっと胸を張った。

「あいつに必要なのは、心のケアだ。そして、むろん、それは、私にも必要なことだ」

 大事なことを発しようとした僕は、熊沢監督の絞り出すような声に胸を突かれた。『僕は責任を取って、球団のトレーナーを辞めます』という言葉が喉元から出なくなっていた。(つづく)

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