寒くて雨の降る日に投げた
僕はトレーナーとして責任を取るつもりで辞表を差し出した。でも山口チーフには受け取ってもらえなかった。
その日から一週間が経つ。チーフからスマホに連絡があった。東京都心から東へ、直線距離で言えば、約30キロほどのところに、われら球団の二軍の練習場があるが、そこで一軍の熊沢監督と会うように告げられた。
練習場といってもスタジアムと言ってよく、ここではファーム(二軍)、すなわちイースタン・リーグの公式戦も行われる。
今日は、四月十九日で試合のない日だ。明日は東京ドームでの公式戦がある。熊沢監督は二軍選手の状態も視察される予定だと聞いていた。
約束の時間より早めにスタジアムに着いた。バックネット裏側から、二階のミーティング室に上がる。ここには大きな窓があり、バックネットのフェンスを通してだが、セカンドベース、センターの守備位置の芝、バック・スクリーン、スコアボードなどが見える。スコアボードの上で旗がたなびいている。風があるのだろう。もう春たけなわ。そこには、さわやかな風が吹いているにちがいない。あのさわやかな風の下で、澤村選手も自由にフリー打撃をしたいだろうなと思う。
澤村選手は打者としても非凡だ。フリー打撃では、あのスコアボードを超え、場外に飛んでいく打球を放つ。
ところで、4月18日現在、わが球団は16戦して4勝12敗。8つの借金を抱える。まだシーズンは始まったばかりとはいえ、6連敗のあと、2つ勝ったものの、さらに4連敗中。今、チームの状態は決してよくはなかった。その不調の原因のひとつは、澤村選手が左大腿二頭筋の肉離れで、一軍の戦列を離れていることだと僕は思う。チームが負けるたびに、僕がつらい気持ちになっていることは確かなことだった。たぶん僕が察するに、澤村選手や熊沢監督もきっとつらい思いをしておられるにちがいない。
僕には、誰かが責任を取らなくてはという思いが強く、その責任の大半は自分にある、と思っていた。
そうだろう、思い起こせば、昨年の日本シリーズの初戦のことだ。
試合前からずっと雨が降り続いていた。雨だけならよかったかもしれないが。時は10月22日の下旬であり、しかも試合開始は夕刻だ。ドーム球場でもなかったので、その日、気温はかなり下がっていた。
僕は、ベンチの一番後ろで、雨で濡れた土がスパイクの歯にからみつき、思うような蹴りができず、体重のすべてをボールに乗せていけないのか、いつものダイナミックなピッチングができていない澤村選手を心配しながら見ていた。
2回の裏のことだ。ある投球の時、プレート板に置いた澤村投手の右の軸足がズルっとすべったのを僕は見て取っていた。そして、結果、その相手打者にファー・ボールを与えてしまう。
続く4回の裏には、相手チームの2人の打者に対し、続けざまに、ホームランを2本も喫してしまっていた。4回裏、スリーアウトを取って、マウンドからベンチへと引き下がってくるとき、僕は澤村投手が右足を気にしている様子を見て、心配になった。それで言葉を掛けた。
「右足、大丈夫ですか?」
「うまく蹴られないんだ。ここのマウンドは、これまで立ったような気がしない」
僕は、その時、右足首の異変のせいではなく、雨を含んで柔らかくなったマウンドの土のせいだと思った、いや、そう思おうとした。
その日は午前中から雨だった。ドーム球場ではない、屋根のない球場だ。僕は澤村選手が先発投手として登板することはわかっていたから、ひたすら雨天中止を望んでいた。雨空ばかりを見上げていて、澤村投手の足元をしっかりと見ていなかったのだ。
そして、その後10月26日、日本シリーズの4戦目のことだった。
指名打者として出場した澤村選手は、3回裏に、三塁ゴロを放って一塁ベースへ駆け込んだ。その時一塁ベース盤を右足で踏み込み、一塁側ファール・グラウンドへと駆け抜けた。審判の手を見ると、三塁ゴロアウトだった。澤村選手が一塁ベースからベンチへ戻ってくるとき、僕は、澤村選手が右足をやや引きずっているのに気が付いた。
「右足、大丈夫ですか」
僕は声を掛けた。
「右足で一塁ベースを踏んでしまった。まずかったね」
澤村選手は僕にちょっと苦笑いした顔を向け、すぐに視線を地面に落としていた。僕は、その時、あの四日前の、雨が激しかった日、投手として投げていた時、右足の不具合になぜ早く気づいてあげ、右足首に温湿布をし、テーピングをすることを勧めなかったのかを悔いていた。
むろん、向こうは年俸何億円という大選手であり、一方、僕はと言えば年収三百万円を切る、小者のトレーナーでしかない。
あの日本シリーズの初戦。澤村選手は6回でマウンドを降り、ベンチ裏に引き上げたはずだった。その時、僕は、澤村選手に対して、
「右足首を見せてください。カカトの下辺りに、痛みはありませんか。もし、少しでもそこに痛みがあれば、温湿布をして、念のためテーピングをしておきましょう」
と、はっきり言うべきだったのだ。(つづく)




