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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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僕の信念が揺らいでいる

僕は辞表を書き、それを手にして、トレーナー執務室に入った。部屋の奥にチーフ・トレーナーの机がある。

 山口チーフはこちらに背を向け、窓の外を見ておられるようだった。

「失礼します」

チーフが回転を回すようにして振り向かれた。

「ああ、この間は、ごくろうさんだったね。わたしらもびっくりしたよ。まさか澤村君が左足の腿を負傷するとはね。何しろ、一塁ベースは右足で踏んだんだからね。負傷するのは、むしろ以前に痛めた右足の足首か、あるいは、右足のどこかだろうと、思うからね」

「はい。ただ澤村選手は右の足首の状態が100%ではなかったのです。だからそれを庇いながら、ネットスローやキャッチボールをしていたことになります。当然、ピッチングの軸足である右足の蹴りの不足を補うため、上体の重さを、踏み出した左足の方に掛け過ぎたかもしれません。やはり、左足の太腿やふくらはぎに疲労が蓄積したものと考えられます」

「確かに、そういう面は考えられるかもしれないな。いずれにしても、左打者としても軸足である左足には体重を残すことだってあるだろう。また、右投手としても、踏み出した左足の方に体重を掛けるだろう。打者と投手、この二つの活動をこなすには、やはりたくさんの負担がどちらの足にも掛かるということなんだろうな」

「すみません。そのような基本的なことに私が気が付かなくて。それで、本日は職務遂行上、怠慢や遺漏があったということで、辞表を書いてきました。是非、お受け取りください」

 山口チーフは驚いたように、大きく眼を開け、僕の顔を見つめられた。

「いや、しかし、それは……」

 チーフは非常に戸惑われているように見えた。以前、澤村選手の治療法について、あれほど僕の提案を非難しておられたのに。

 右足首かかとの部分にある、三角骨の骨棘こっきょくは完全には消滅していなかったのだろう。骨棘が神経を刺激して起きる、右足首の痛みを軽減するため、反って左足の太腿やふくらはぎを酷使し過ぎた結果、左大腿二頭筋の肉離れと、左ふくらはぎ皮下内出血を引き起こしてしまった。その責任は間近で澤村選手の練習を見てきた僕にある。

 僕は、手を伸ばし、机の上に置いていた辞表を、さらにチーフの方に押していた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。実は、熊沢監督から先ほど、私のスマホに連絡があってね。

監督は、『トレーナーの吉村君は、今回のこと、ひどく気にしていると思うよ。だから、あなたからも、吉村君にあまり気に病むなと言っておいてください』と私に言っておられたんだよ。だから、この辞表の扱いは、私だけの一存では決められない。最低でも熊沢監督の意見もうかがった上でないとね」

 結局のところ、山口チーフ・トレーナーには辞表を受け取ってもらえなかった。

 チーフは、「また連絡するから今日のところは黙って、これを持って帰ってくれ」と僕に言われた。

 僕は、電車に乗り、マンションに向かっていた。

 澤村選手は今頃、入院・治療をしていた大阪市内の病院を出て、今は球団の、選手専用の寮に向かっているはずだった。当分、寮から近い、これまで通っていた都内の病院に通うことになるだろう。

 僕は、澤村選手の方が僕よりもっとショックを受けているだろうと思った。残念だった。僕の選択した治療法が間違っていたのだ。電車の、握っていた吊り輪から手がすべり落ちるほど、体が下へ下へと落ち込んでいくように感じられた。その時、ズボンの後ろポケットに入れていたスマホがバイブした。見ると、澤村選手からのメールだった。

『外気を当ててもらうと、何だか、右足首の患部が気持ちよかったです。どうしてなんですか?』

 僕は急いで返信した。

『科学実験によれば、気功師が指先から発する外気には、遠赤外線、電磁波などが含まれています。だから、電気治療器と同じような効果が得られるということです』

 僕は、メールを打ちながら、自らが治療法に疑問を持つなんて、それはあまりにもプロとして情けないではないか、と思った。本当に澤村選手の右足首の骨棘や、左大腿二頭筋の肉離れを直そうとするなら、もっと自分自身のやり方に自信を持つべきではなかろうか。そうでなければ澤村選手をさらに追い詰めることになりはしないだろうか。僕は自分の信念の弱さを嘆かざるを得なかった。(つづく)






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