右足首のトゲは消えていなかった
澤村選手が右足で一塁ベースを踏んだ、たったそれだけのことなのに、僕は背中にゾクッとしたものを感じ、腋の下に冷たいものを感じ取っていた。
右の足首を故障している、ということもあるが、やはり一塁ベースは、左足で踏んだ方がいい。なぜなら、その方がベース上で相手チームの一塁手と交錯しないからだ。以前、四月一日の試合でも、右足で一塁ベースを踏み、監督から注意を受けてもいた。
しかし、澤村選手がベンチに戻る姿に、僕は驚きというより胸騒ぎを感じた。澤村選手が足を引きずっていたからだ。ベンチから僕は飛び出る。よく見ると、その足は、足首を痛めている右足ではなく、左足だった。
(なぜ、左足なんだ?)
不審に思いながらも僕は、澤村選手をトレーナー室へと導いていった。
「走っているうちに、左足の腿が攣ってしまって……」
左太腿の裏のあたりに手を置きながら、澤村選手の顔がゆがんでいる。
ともかく、早く病院に連れていくことが肝要だった。もし、太腿の肉離れを起こしているとしたら、それは筋肉繊維を何本かは切断している可能性があり、氷で冷やしたところでどうにもならない。今の段階では、電気治療器でしこった箇所を和らげて行くしかない。
タクシーで、病院に向かう。付き添うのは僕だけだった。
検査の結果は、左大腿二頭筋の肉離れの二段階だった。肉離れには、一段階から、ひどくなるにつれて三段階までのステージがある。
二段階の症状というのは、やはり何本かの筋肉の繊維間に、断裂が見られたということだ。
レントゲンなりCTの写真を僕が直接見たわけではないが、損傷していた右足首を庇うため、反って左足の方に負担を掛け過ぎ、筋肉のスジを痛めたのではないか、額に油汗が滲んでくるのを僕は感じる。
僕も医師に面談した。
スジに傷が入ったという程度ならよいが、と祈るような気持ちであったが、医師からは、明らかにスジが切れてしまった、と言われた。そして、切り離されたスジがくっつき、元の一本のきれいなスジに戻るには、四週間はかかる、と告げられた。
僕は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
まずは右足首の骨のトゲが完全には消滅していなかったということだ。僕は、酸素注入、気の注入という治療法により、それなりに三角骨に生じていたトゲの穂先は削り取られて丸くなり、しかもその長さも短く刈り取られ、神経を刺激しない程度にはなっていると見込んでいた。
だから、バッティングなりキャッチボールには支障がないと考えていた。しかし、その僕の見込みはどうやら甘かったらしい。
そういう見込みの甘さが、澤村選手がネットスローやキャッチボールをするのを特に何の危機感もなく僕は見過ごしていた、ということになる。
僕は、チーフ・トレーナーに辞表を提出しようと思った。患部への機械による酸素注入及び気功師による「気」の注入の治療法を採用すべきと主張したのは他の誰でもない、僕自身だった。明らかに僕の治療法の不手際が指摘されなくてはならない。(つづく)




