なぜ禁じられていた右足で一塁ベースを
会議の結果、『骨棘を手術によって切除するのは時期尚早ではないか。しばらく様子をみてはどうか。痛みがひどくなればその時は、手術という手段を取ってはどうだろうか』という結論になったと、僕は判断した。
会議のあと、僕はチーフ・トレーナーに別室に呼ばれた。
「君の、あの時の発言はまずいよ。君の意見だと、手術をしなくても良くなる、と言っているようなものだからね」
「でも、体にメスを入れるよりも、まずは自然治癒力に任せてみる、という方法が取りたかったのです、僕は……」
「君の気持ちも、わからんこともないがね。やはり、私としては早く手術をして、痛みを長引かせることは避けたかったんだ。実際のところ、手術もなしに、トゲの部分を治せるなんて、私には考えられない。早急に手術すべきだ」
僕は、チーフの意見を聞きながら、それなら先ほどの会議で、はっきりと皆さんの前で発言されればよかったのに、と思った。しかし、それは言わなかった。
「患部に酸素を注入をしたり、気功術で気功師の手で外気を入れたりすれば、外科的な処置をしなくても……」
「私は、そういうのが気に食わないのだよ。気功師なんていうのが胡散くさくてね」
「でも、結局のところ、人間は食べ物を体内において酸素で燃やし、その気体になったエネルギーでもって細胞が活発に動き、悪いところを自ら修復していくのだ、と僕は考えています」
「ふーん、胃の中で、どろどろに溶けたお米の汁が酸素で燃やされて、気体のエネルギーになる、ということか? しかし、どうも信用できないね。だって、酸素は水溶液の中では物を燃やせないよ」
「でも、酸素は通常の場合、気体なのですが、液体になることもあります。つまり液体酸素の中で、火のついた線香は燃え続けます」
「ともかく、今は平安時代なんかじゃない。平成の世の中だよ。陰陽師の安倍清明が生きている世の中ではないからね。科学的根拠に基づいた治療法を考えなくては、ね」
「お言葉ですが、気功という技術には、中国三千年という歴史があります」
「まぁ、よくはわからないね、そんな話、私には。ともかく、あの会議で、君が言ったことについては、ちゃんと責任を取ってもらうからね」
僕はチーフ・トレーナーに対し、頷きながら頭を縦に振り続けた。つまり、自分の言ったことに対し、責任は取る、という意志表示であった。
そのような経緯が二月の初めにあったことは事実だった。
しかし、事が起きた。四月八日の、公式戦の試合中のことだった。
澤村選手と僕がキャッチボールをした、明くる日のことだ。
澤村選手はこの試合も指名打者として出場していた。一回表だった。三塁ゴロを打った澤村選手は一塁ベースに駆け込んだ。その時、四角い、高さも5センチはある一塁のベース盤を右足で踏み込み、一塁側ファールグランドへと走り抜けた。
「あっ!」
僕は声にならない声を上げた。現在まだ治療中の右足首に負担を掛けないよう、内野ゴロを打って、一塁ベースを駆け抜ける際は、必ず左足で一塁ベース盤を踏むことを約束していたからだった。(つづく)




