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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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沖田気功師も外科医の重正先生の腕を信頼

澤村選手の専属を解かれ、二軍のトレーナーに戻ってからも、僕は忙しかった。

 二軍にいる選手の中には、椎間板ヘルニアに悩む人、膝の半月板を損傷した人、右足首の靭帯を痛めた人など、さまざまな治療とスポーツマッサージを必要とする者がいた。多少は、澤村選手の専属をはずされたというような意識があって、ショックはショックであった。しかし、僕は宮仕えの身であり、球団から給料を受けている。球団の指示に従うことはあたりまえのことだった。

 僕は、午前中のトレーナーの仕事が終わって、二軍のグラウンド近くにある食堂で昼食を執っていた。スマホが鳴る。気功治療の店を開いておられる沖田先生からだった。

「どう、元気でやっていますか?」

 沖田先生の声はいつもと変わらず元気そうで、僕はホッとした。沖田先生も、6月23日に澤田選手が一軍昇格をした段階で、彼の選手の気功施術から退かれている。

「このたびも、先生にはご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 スマホながら、僕は深々と頭を下げた。

「いやいや、そんなこと、気にしなくていいよ。それよりさ、千葉市内のあたりで、一度、飯でも食おうよ」

 沖田先生の元気な顔が想像される。僕も先生に会いたかった。

「はい、いいですよ。わたしがそちらの方にまいります」

「いや、いいよ。来週の月曜日、千葉市で用事があるんだ。その日、君、開いているかな」「はい、午後六時以降なら大丈夫です」

「じゃ、そういうことで、月曜日に会いましょうかね。その日は電車でそちらに行くから、JRの南口で、六時にということでいいかな」

「はい、いいです。よろしくお願いします」

 僕は沖田先生と、駅の南口にある居酒屋に入った。

 久しぶりに先生に会ったせいか、気持ちが高ぶり、僕は生ビールのおかわりをしていた。

「しかし、心配だよね、澤村選手のこと」

 先生が、ふとつぶやかれる。鶏の串焼きを頬張っていた僕は、思わず食べるのを止める。

「僕も気になりまして、よくスポーツ・ナビで、うちのチームの試合を見ているのですが。

打撃はまずまずでも、ピッチングの方はまだまだという感じです」

「そうか。わたしも、スポーツ新聞では澤村選手の動向を見ているのだが。やはり、右足首の骨と骨の間にあった、小さな骨片が完全には消滅していないようだね。投球のとき、軸足である右足を蹴って、球を投げるのが澤村投手の特徴なんだが。右足にまだ痛みが残っていて、力一杯、蹴られないのかもしれない」

「そうですか? それでその骨片というものは、気功で消えないものなのでしょうか」

「うーん、むずかしいところだね。確かに、わたしは澤村投手の右足首の気功治療を中断せざるを得なくなった。むろん、その打ち切りの方針に不満はないのだが。やはり、彼の選手の一ファンとしては、何としても、その骨片を駆除したい。だから、遠隔気功によって、遠くからでも澤村選手の右足首に気を送り、骨片が小さくなり、やがては無くなるようにと、一種の施術というものは継続しているんだがね」

「そうでしたか」

 僕は驚いた。遠隔気功というのがあって、気は遠く離れていても、クライアント(患者)に送り、その患部を治療することができるということを改めて考えさせられた。かつて針灸マッサージの専門学校に通っていた時、沖田先生の授業で、遠隔気功の話は聞いたことがある。その授業において、専門の気功師が、遠く離れたがん患者に気を送り、その気の力によって、患者のがん細胞を消し去ったという事例を紹介してもらったことを僕は覚えていた。

 僕は先生に臆さずはっきりと言った。

「でも、それって、とてもすごいことですよね。全くの無報酬なのですから」

「いや、そうでもない。かの選手がグラウンドで活躍してくれることで、わたしの方が、彼の選手から元気をもらっているんだからね。投打の二刀流なんて、これは日本プロ野球史においても初めてのことだからね」

 先生は何でもないような顔で、言われた。でも、よく見ると、まるで少年のように、キラキラとした目をされていて、それでいて、少し照れたような顔つきをされていた。僕は、無心こそが力なのか、と思った。

「それはともかく、わたしは彼の選手の右足首に向かって気を送らせてもらってはいるが、なかなか、足関節の骨と骨の間の骨片が消せない。弁解めくが、澤村選手は一日中、何もしないで、ベッドで寝ているわけではない。ランニングやバッティング練習で足首を使っている。それに、精神的ストレスも抱えている。だから、気を送っても、なかなか、それが効果をもたらしてくれない」

 沖田先生は苦しそうに話されている。

「どうしたらいいのでしょうか?」

「わたしとしては、完全休養を取ってもらいたいのだ。もっともプロの世界ではそうも行かないだろうが。それと、骨と骨の間には、クッションとしての関節軟膏があるのだが、その関節軟膏ならば、何とか、気功で消せる。関節軟膏というのは、骨にくっついていても、骨から栄養をもらうわけではない。関節液から栄養をもらい、そして老廃物を受け取ってもらう。つまり、関節軟膏というのは、固体というより液状に近いから、関節軟膏の破片ならば、関節液内に溶かせて除去できる。でもね、肉体疲労によって関節軟膏が剥げ落ち、骨と骨とが直接ぶつかり合って、骨の表面がギザギザに傷付いたり、亀裂が入ったりして、骨棘の突端部の一部が、骨片としてポロリと関節内に剥げ落ちるとやっかいなことになる。つまり、関節軟膏に比べ、骨というやつは固いからね。なかなか、関節液の中に溶けない。むしろ、溶けずに、関節液内を泳ぎ回っていく。それがつまりは、遊離体などと西洋医学では表現されるのだが」

 沖田先生は、とんでもない、ありえない話をされているわけではない。僕は、沖田先生の授業を受けたことがあるので、先生の言葉が何となく理解できる。

 それに、大相撲の力士たちの中にも、足首の関節や、膝の関節を故障している人は多くいて、その中でも、足首・膝関節の炎症や痛みが激しい人は、関節の骨と骨の間に挟まった遊離体(骨片)を内視鏡による手術で除去することもある。

「関節軟骨でなく、骨であれば、手術によって取るしかないのでしょうか?」

 僕は、沖田先生に聞く。

「わたしより優れた気功師なら、骨片とて消せるのかもしれないが。残念ながら、わたしの今の力では無理だ」

「そうですか……」

「いや、落胆することはないよ。君も知っているでしょ。都内の病院の重正泰治先生を」

「ええ、それは」

「あの先生の手術の腕前はすばらしい。どんな狭い場所の、どんな小さな遊離体でも、その周辺にある皮膚、筋肉、血管、リンパ腺をあまり傷つけずに除去できる」

 沖田先生の目を見た。とても明るい。本当に、沖田先生は、整形外科医である重正先生の腕を信じておられるのだと僕は思った。(つづく)


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