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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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定期検査後の突然の一軍合流

 6月18日の夜のことだった。僕はアパートにいた。スマホが電話の着信を告げた。チーフトレーナーからだった。

「澤村選手の定期検査が無事に終了したよな」

「はい」

「それでさ、わが球団の首脳部としては、さっそく復帰に向けて動きたいらしいのだ」

「・・・」

 僕は黙っていた。球団事務所の松尾先輩からも電話で、チームの成績が悪いし、また、観客動員数も落ちているし、ファンも澤村選手の一日も早い復帰を望んでいることを聞かされていたからだった。

 僕が黙っていると、チーフの声は続いた。

「実は、わたしは心配していてね。確かに、病院の先生は、大腿二頭筋の切断した筋繊維はしっかりつながりました、とは言われた。でも、両足の筋肉量の数値はまだ、以前の数値には戻っていないからね。だから、ランニングだって、7割程度の力で抑えてやってきたわけでね。これから少しずつ、ランニングの強度を上げ、下半身の筋肉を徐々に作って行かなくてはならないんだ……」

 僕は電話ではあるけれども、その声音の真剣さから、チーフも本当にこれからのことを考えておられると感じた。実際、僕も今のところ、澤村選手がスパイクを履き、人工芝の上を全力疾走するのを見たことがないのだ。せめて、全力疾走できるまで、一軍昇格は待った方がいいのではないか、と思える。僕はスマホをしっかりと握りながら、チーフに話す。

「インターバル(間隔)を置いて、ダッシュして50メートルの全力疾走を三本、五本、七本とやっていけるようになれば、と僕も思います。打撃にしても投球にしても、基本は下半身のねばりですから……」

「わかった、君の意見は。ともかく、われわれトレーナーのグループとしては、二軍のグラウンドの芝の上において、全力疾走が心配なくできた、という段階をクリアしてから、一軍昇格をさせても遅くはない、という考えで臨むことにしたい。それていいよな」

「はい、わかりました」

 と、最終的に僕はチーフに答えた。

 スマホを切ってから、澤村選手自身は一刻も早く、一軍のマウンドやバッターボックスに立ちたいだろうな、と思った。そして、北海道のファンも復活を待ち望んでいる。

僕個人としても、澤村選手の投手としての時速165キロのフォーシーム(ストレート)や、150キロのツーシーム(揺れて落ちる変化球)を見たい。実際、大リーグにおいて、時速165キロのフォーシームと、時速150キロのツーシームを投げることのできる投手は数えるほどだろう。

 また、澤村選手は、昨年のWBCの、オランダとの強化試合において、東京ドームの天井の穴に飛び込む大飛球(結局は二塁打と判定)を放ったが、この時バットから放たれた瞬間の打球の初速は、時速223キロだった。この速度は大リーグの強打者たちの初速の速度と比べても決して遜色のないものだった。

 あくる日の6月19日のことだ。僕は二軍の寮に行った。玄関先で寮監にバッタリ出会う。

「あっ、吉原君」

「何か?」

 言い淀んでいる寮監に聞く。

「実は、澤村君がね、さっき札幌へ向かったよ。君に伝言してくれ、ってことで。どうやら、彼は熊沢監督に呼ばれてね、明日から一軍に合流するらしいんだ」

「それは、どうも……」

 僕は、伝言の礼を言い、頭を下げたのだが、頭の中は真っ白で、胸の動悸を感じていた。トレーナー組の意見は通らず、一軍の監督・コーチスタッフの考えで、澤村選手の一軍復帰が決まったらしいと僕は考えた。そして、僕は、たぶん澤村選手専属のトレーナーからは外れ、元の二軍トレーナーに戻るのだろうと思った。

 二軍のグラウンド近くの食堂で、僕は自動販売機のコーヒーを飲んでいた。スマホが鳴りメールの到着を知らせた。澤村選手からだった。

『ごめん、首脳陣に呼ばれ、今、札幌に着いたところです。詳しくはあとで連絡します』

 僕からもメールを打った。

『気にしないで。ともかく、万全ではないけど、たとえ一軍の練習であっても、ついていけると思うから、落ち着いて、じっくりと取り組んでください』

 僕はメールの返信をしてから、しばらく、放心状態であった。

(僕は、これまで、澤村選手の専属トレーナーとして、何をしてきたのだろう?)

 何もして来なかった、何もできなかったと僕は思った。これから何ができるだろうか。

 その時、僕には、今までのマッサージ・ケアの記録を英文で書けないだろうか、と思いついた。

 たぶん、いつの日か、澤村選手は大リーグへと旅立って行くだろう。その時、その所属チームのトレーナーは、現地のアメリカ在住の人の可能性が高い。これまでのケアの記録が英文で大学ノーに書かれてあれば、必ず役に立つはずだ。電子辞書の和英辞典を片手に、できるだけがんばろうと僕は思った。(つづく)



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