少年のような純粋な心をいつまでも
6月2日(金)に澤村選手は、都内の病院に定期検査に出かけたのだが、その結果を見ると、左足太腿裏の筋肉量はまだ元通りにはなっていなかった。あそこががっちりと固まっていないと、今度また、一塁ベースに駆け込んだときなどに、肉離れを起こすかもしれない。
右足首の捻挫しやすいところ、そして、左足太ももの筋肉の肉離れしたところ、それらの箇所がいつ爆発するのか、僕にとっても気が気ではない。
6月4日(日)の公式戦のことだが、我が球団は延長12回まで戦ったが、3対4で負けてしまった。この試合においては、「中継ぎ」、「抑え」で、30歳を超えた投手陣が投げていた。
澤村選手は22歳。10歳以上も年上の先輩たちが必死の投球を行っている。きっと澤村選手も居たたまれない気持ちであろうと思う。
このところ、僕は調子が悪い。胃がシクシクするのだ。もろん、時々はチクチクと痛む。
ひょっとしたら、胃潰瘍か胃がんではなかろうかと心配になる。僕はまだ34歳だ。例えばの話だが、胃がんなどに罹って死にたくはなかった。結婚だってやはり100%あきらめたわけでもないし……。
僕は2軍のグラウンドの近くにある食堂に向かった。コーヒーを飲もうと思った。これでもし胃腸がチクチクと痛んだなら、総合病院の消化器内科ではなくても、個人病院の胃腸内科へ行こうと思った。
コーヒーを啜る。胃は何ともない。痛みは15分後だろうかと考えている。
「どうした? そんなに深刻そうな顔をしてさ」
見上げると、気功師の沖田さんだった。そうか、今日は澤村選手の右足首への施術の日だったなと思い出した。僕は自分の胃腸の具合が悪くて、そういう大事な日程のことすら忘れてしまっていた。
沖田さんは、座って、ここの日替わり定食を食べられようとしていた。
しかし、僕は食事中、失礼とは思いながらも尋ねていた。
「どうでしたでしょうか?」
「いいね、良くなっているよ。三角骨の周辺部に潤滑油があるね。あれが枯れない限り大丈夫だよ。筋肉疲労などであの潤滑由が干からびて来ると、小さな骨のトゲが発生しやすくなるからね」
「あのぉ、申し訳ありませんが、左太腿裏の大腿二頭筋の方は?」
「うーん、あそこもコリコリと盛り上がってきた。筋肉が元気になって来た証拠だよね。あそこも順調だね」
「大丈夫でしょうか、例えば、内野ゴロを打って一塁ベースに駆け込んだとしても」
「吉原君は心配症だね。ピアノ線だって何重にも細かいワイヤーが編み込まれて、あの強さが生れている。あとは、運動と栄養、これを持続的にやっていけばいいことだから」
「やはり、これからも、ですか?」
僕は溜息をついた。やはり努力を続けなければ、また肉離れはいつ再発するかわからないと思ったからだ。
「吉原君、人間のからだは生きているんだ。一刻の休みもなく動いている。明日の心配をするより、今を一生懸命生きなくては。生きることを止めてしまったら、そこで終わりになってしまうんだ」
「生きていくこと、故障なく野球をやっていけること、両方とも厳しいですね」
「そうだね。でもそれが現実なんだ。それをしっかり受け止め、今日を精一杯生きることが大切なんだ」
「僕は間違っているんでしょうか?」
「いや、間違ってなんかいないよ。君は一生懸命やろうとしている。その一生懸命さが大切なんだ。例えばさ、人間は死んだらどうなるか誰にもわからない。そして、それと同じように、明日のことは誰にもわからない。そんなわからないことをくよくよと悩んでいるより、今を一生懸命生きることが大切ではないかと私は思っているんだよ」
「はい」
「そう、その笑顔だよ。君が微笑んだ顔は、沈んだ時の顔よりずっといい」
僕は、笑っていた。そして、沖田さんの食欲の旺盛ぶりに驚いてもいた。
「ねぇ、吉原君、ここの食堂のご飯、おいしくなったね」
「えっ?」
僕には、食事の味が変わったなんて、わからない。
「やはり、ここはいい食材を使っておられるし、調理長や調理のおばちゃんたちも生き生きと働いておられるものね。それに何か、栄養士のような女の人が調理場におられたりして……」
僕は、沖田さんの顔をボーッと眺めていた。沖田さんはもう五十の坂を超えられたはずなのに、その笑顔はまるで少年みたいに無邪気な感じだった。(つづく)




