医療チームとも連携をして
オールスター戦のファン投票の中間発表が行われるたびに、僕も胸が痛い。
そして、大リーグのスカウト陣が、2軍のグラウンドに視察として現れる。むろん直接の接触はない。だが、それはある意味、澤村選手にとってプレッシャーになる。それも一つの球団だけではない。僕が見る限りでも、8つの球団の関係者、スカウトたちが遠くから澤村選手の練習風景を見ている。ただ、こちら側として、現段階では彼らの視線は無視してやっていかざるを得ない。
澤村選手が左腿の肉離れを起こして、戦線離脱をしたのは4月9日の日曜日からだった。僕はその日から7週間目、すなわち遅くとも5月28日の日曜日の試合からは復帰できると思っていたのに。
がしかし、徐々には回復している。投球はまだしも、バッティングは良い方向になってきている。
澤村選手は、5月31日、フリー打撃で53本打ったが、そのうち17本は柵越え。しかもその17本のうち8本は場外へ飛び出していった。遠くの飛び去って行く打球を見ながら、通常は気分爽快になるのだが、僕は澤村選手の気持ちを思うと素直に喜びの感慨にふけるわけにはいかなかった。
ついに6月に入ってしまった。6月1日は、外でのフリー打撃が終わると、室内練習場に移動し、ブルペンで短めの距離で投球練習を行った。
6月2日は都内の病院へ定期検査に出かけた。
僕も病院側には保護者扱いとして認めてもらい、澤村選手と同行した。
澤村選手がCT検査室に入って、肉離れを起こした左足の太腿の回復状況を画像を見ながら、検査している最中、僕は廊下の長椅子に腰かけて、検査の終了を待っていた。
最近、僕がマッサージをした時、左腿の筋肉の感じとしては、筋繊維で切れている箇所はないようだ。澤村選手自身も肉離れをしたところに痛みは感じない、ということだったし。ところがマッサージをしている僕の指先の感じでは、以前の筋繊維の束ほどはまだ太くなっていないような感じだった。早く丈夫な筋繊維になって欲しい、と願わざるを得ない。
「こんにちは」
その声に僕が顔を上げると、そこに作業療法士の川田さんが立っておられた。
「いつも、澤村がお世話になっています」
僕は立ち上がって挨拶をした。
「今日は、左足の患部の状況を検査しているんですよね」
「はい」
「右足首の方も、私はよくなっていると思いますよ」
「ありがとうございます」
「ところで、足首の辺りは筋肉が少ないところで、もろに外の空気に触れますからね。雨の日とか、風の強い日とか、そういういつもより寒い日はともかく足首を冷やさないよう気を付けてくださいね」
「はい。何か注意すべきことはありますか?」
「できれば、そういう時は、足首をマッサージして、暖かいタオルで巻いておくといいでしょうね」
「あと、何か注意すべきことはありますか」
「あそこね、やっぱり、たくさんの小さな骨が重なっているでしょ。楔状骨、立方骨、舟状骨と。そういう骨と骨の境界線のところは潤滑油で満たされていて、スムーズな足の動きを保証してくれているんです。ですから、そこを干からびさせないように」
「ということは、やはり酸素注入したり、栄養補給が……」
「そうです。あとは温度。適切な体温にしておかないと。それから、底屈の時に、もし痛みがあれば、反って他動的に背屈運動をするのがいいかもしれません」
「そうですか。また、澤村と相談しながら、やってみます」
「ええ。また、何かあったら、ご相談ください」
「ありがとうございます」
ここの病院でも、やはり、医師、看護師、作業療法士、理学療法士、臨床検査技師のみなさんが、横の連携をとって、総合的に対策を練っておられると聞く。僕もそこのグループに、トレーナーとしてやってきたことを伝え、ベストとはいかなくても、ベターな治療法を探りたいと思った。(つづく)




